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第22話 再会

「ん? ……待て。畑の方で何か光ったぞ?」


 地底湖で獲れた脂の乗ったクリスタルサーモンの石窯焼きピザを堪能し、心地よい満腹感と余韻に浸りながら後片付けをしていたテオが、ふと手を止めて顔を上げた。

 夜の帳に包まれたはずのダンジョン農場。その一角、ちょうど実験的にカボチャを植えているエリアから、無数の蛍が舞っているような、穏やかで淡い白銀の光が、呼吸をするように明滅していた。


 ポチが鋭く鼻をひくつかせ、「ワフッ!」と短く警戒するような、だがどこか懐かしんでいるような鳴き声を上げたかと思うと、脱兎のごとく畑へ向かって駆け出した。


 ただ事ではない気配。

 テオとティアも洗っていた食器を放り出し、松明を手にその後を追った。


「何じゃ、侵入者か!? 我に断りもなく我が領土、しかも一番美味しいカボチャ畑に足を踏み入れる不届き者は誰だ! 丸焼きにしてやる!」


 ティアがいざとなれば極大魔術を解き放てるよう杖を構え、臨戦態勢に入る。

 だが。

 たどり着いた先にあったのは、恐ろしい魔物でも、略奪を目的とした盗賊団でもなかった。


 畑のど真ん中。

 テオが日々の愛情を注いで育て、巨大な実をつけ始めていたカボチャの大きな葉の上に、一人の女性が、糸が切れた操り人形のように力なく倒れていた。

 高貴な純白を誇っていたはずの聖衣ローブは、赤黒い返り血と泥に汚れ、裾は至るところがズタズタに引き裂かれている。その姿は、長い苦難の旅路を物語っていた。

 ヒカリゴケの星霜に照らされたその横顔。青白く、血の気の失せたその美しすぎる表情を、テオが見間違えるはずもなかった。

 時が止まった気がした。


「エリナ様……ッ!?」


 テオの心臓が、耳裏で早鐘のように激しく鳴り響いた。

 脳が理解を拒絶する。

 なぜ、彼女がここに? 

 光溢れる安全な地上で、英雄アレクの隣で、聖女として華やかな日々を送っているはずの彼女が。

 なぜこれほどまでに無惨に傷つき、こんな地の底の、僕の目の前にいるのか。


 テオは混乱し、ぐちゃぐちゃになった思考を強引に振り払い、もつれる足で全力で駆け寄った。

 震える手で、彼女の華奢な肩を抱き起こす。

 触れた身体は、地下40階層の冷気にあてられたのか、氷のように冷たく硬直していた。

 だが、胸元に耳を当てると、微かに、本当に今にも途絶えそうなほど弱々しいが、確かな鼓動が刻まれていた。


 生きている。


「どうして……どうしてこんなところに、こんな姿になるまで……!」


 テオは、彼女の泥まみれになった右手に、一つの小さな巾着が、指が白くなるほど強く握りしめられていることに気づいた。

 それは、テオが追放される際、別れのしるしとして彼女に手渡した、あの『カボチャの種』が入っていた袋だ。

 不思議なことに、その袋から零れ落ちた一粒の種から、不自然なほど急速に成長したツルが伸び、倒れた彼女を地面の冷気や怪我から守るように、クッションとなって優しく包み込んでいた。


(この種が……彼女が深層を彷徨う中、僕の魔力を追って、ここまで導いてくれたというのか?)


 テオの目から涙がこぼれ落ち、エリナの頬を濡らした。


「おい、テオ。ぼさっとしておるな。その女は誰だ? お主の古い知り合いか?」


 ティアが不機嫌そうに、しかしその紫色の瞳には隠しきれない警戒と、倒れた少女への微かな憐憫を浮かべて尋ねてきた。

 テオには、彼女に今までの経緯を詳しく、順序立てて説明している余裕など1ミリもなかった。

 今はただ、この命を繋ぎ止めることだけがすべてだ。


「僕の……僕にとって、命の恩人であり、最高に大切な友人です!! ティア、ポチ、お願いだ! 彼女を家まで運ぶのを手伝ってくれ! 魔力欠乏と外傷がひどい、今すぐに処置しないと取り返しがつかなくなる!」


 テオの悲痛な叫びに、ティアの目が丸くなった。いつも穏やかなテオが、これほど取り乱す姿を見たことがなかったからだ。

 彼女は短く舌打ちし、杖を振った。


「……チッ。わかったわい。我が領地で客人を死なせるのは、マスターとしての名折れじゃからな。特別だぞ! ロボ! 要救助者を収容せよ!」

 

 林の陰で待機していたロボが、ズシンズシンと近づいてくる。

 「了解。生体反応、微弱。最大級の愛護プロトコルを適用。丁寧ニ搬送シマス」

 ロボはそう言い残し、エリナをその強力な機械の腕で、まるで壊れやすいガラス細工を扱うように慎重に抱き上げた。


 テオは走りながら、ロボの腕から垂れ下がったエリナの冷たく白い指先を、自分のあかぎれだらけの両手で包み込み、必死に温め続けた。

 彼女が、あの安全な立場を捨て、ボロボロになりながら、たった一人でこの死地へと辿り着いた理由。

 それを考えただけで、テオの胸は張り裂けそうなほどの感謝と、申し訳なさと、そして言葉にならない愛おしさで満たされた。


(死なせない。この農場の恵みをすべて注ぎ込んででも、君を絶対に助けてみせる)


 かつて弱かった自分を守ってくれた彼女。

 今度は、僕がこの農場で手にした力と、この最高に温かい場所で、彼女を全力で守る番だ。

 テオの瞳に、農夫としての、そして一人の男としての強い決意の炎が宿った。


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