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第19話 孤独な探索行

「はぁ……っ、はぁ……っ、うあぁぁぁッ!!」


 エリナは、乾ききった喉の奥から絞り出すような絶叫と共に、聖なる光の弾丸【ホーリー・バレット】を連射した。

 指先から放たれた数条の眩い閃光が、背後から音もなく忍び寄っていたアンデッドの軍勢を白く焼き払う。だが、霧散していく腐肉の残骸を眺める彼女の瞳に、安堵の色は微塵もなかった。

 次がいる。気配が消えない。


 ここは地下40階層。中層と深層を分かつ境界の地であり、通称「死者の回廊」と呼ばれるエリアだ。

 かつてエリートパーティの一員として足を踏み入れたことはあるが、一人でここまで降りてきた今、体感する難易度は当時とは比較にならないほど跳ね上がっていた。

 目の前に立ちはだかるのは、漆黒の錆びついた鎧に際限のない怨念を宿したスケルトンナイト、生者の温もりを求めて徘徊する霧状の吸血ゴースト、そして壁をカサカサと這い回り、触れるだけで神経を麻痺させる即死級の猛毒を滴らせる大蜘蛛ポイズンスパイダーの群れ。

 本来なら、頑丈な盾を持つ前衛が敵を食い止め、素早いスカウトが急所を突き、その後方で安全を確保された魔導師と自分(聖女)が強力な魔法を撃ち込む……。そんな「完璧な連携」が大前提となる相手だ。

 しかし今、彼女の隣には誰もいない。背中を守る盾も、道を切り開く剣もない。


「【聖なるセイント・シールド】! 私を拒むすべての悪意を、光の壁で跳ね返せッ!」


 エリナは自分自身の周囲に、物理・魔法両対応の防御魔法を無理やり多重展開した。聖女としての品格や優雅さなど、もはやどこにもない。

 彼女は、本来は祈りの媒介であるはずの、繊細な意匠が施された豪奢な魔導杖スタッフを、無骨な戦棍メイスのように両手で握りしめた。

 そして、「ふんっ!」という掛け声と共に、襲いかかるスケルトンの頭蓋を力任せに粉砕していった。鈍い音を立てて骨が砕ける。


 実は彼女、実家の商会で「自分の身は自分で守れ」という過剰なまでの教育を受けており、護身術として修道院仕込みの上級棒術を徹底的に叩き込まれていたのだ。

 殴る、若き聖女。

 舞うように攻撃を避ける、泥まみれの聖女。

 そして、組み付いてきた死霊に対し、至近距離から極大浄化魔法【エクス・ターンアンデッド】を、爆発させるように零距離で叩き込む、修羅のような聖女。

 そのなりふり構わない、あまりにも泥臭い戦い方は、教会関係者が見れば卒倒するほどの異端な光景だった。だが、この極限の孤独の中、たった一人で「彼」に会うために生き残るには、この手段を選んでなどいられなかった。


「痛っ……! あ、うぅ……っ!」


 不意に、背後の影から飛び出した毒蜘蛛の鋭い針が、エリナの左腕を深々とかすめた。

 一瞬の油断。

 焼け付くような痛みが走り、瞬時に紫色の斑点が広がり始める。

 彼女は震える手ですぐに自己解毒魔法【キュア・ポイズン】をかけるが、短期間に魔法を使いすぎた身体は限界に近く、魔力の枯渇(MPキレ)を示す頭痛と吐き気がすぐそこまで迫っていた。

 持参した高品質なポーションも、残るは最後の一本。保存食も昨夜のぶんで底をつき、胃袋はキリキリと痛み、不快な音を立てて空腹を訴えている。

 疲労と栄養不足による目眩が、彼女の視界を歪ませ、足元の岩肌が波打つように動いて見える。


(テオさんの、あの……不器用だけど、心まで温かくなるような野菜スープ……また飲みたいなぁ……)


 意識が朦朧とする中で、脳裏に浮かぶのは、英雄アレクの武勇伝でも、王都の大聖堂で行われる華やかな儀式でもなく。

 ただ、キャンプの夜、テオが焚き火の傍らで「お疲れ様」と言って優しく差し出してくれた、湯気の立つ一皿のスープの温もりと、彼の素朴な笑顔だけ。

 それが、折れかけた彼女の心を支え、鉛のように重くなった足を前へと進ませる唯一の、そして最強の燃料だった。

 パーティの他のメンバーが「地味だ」「貧乏臭い」と誰も見向きもしなかった、彼の「何の役にも立たない」はずの日常の輝きこそが、今の彼女にとっては世界で最も価値のある、魂の救いだったのである。


「まだ……ここで、倒れるわけにはいきません。テオさんの、あの馬鹿正直な笑顔を見るまでは……絶対に……!」


 霞む視界の先に、深層へと真っ逆さまに続く巨大な大階段の入口が見えた、

 あと少し。あと10階層だけ降りれば、テオさんの魔力反応が最も強く感じられる、本当の深淵へと辿り着けるはずだ。

 テオが生きているという確証なんて、実はどこにもない。

 でも、ここで立ち止まれば、「彼を見捨てた私」という罪悪感に一生縛られ、私は私ではなくなってしまう。

 エリナは血の滲む唇をぎゅっと噛み締め、震える足に【光の加護ライト・エンチャント】を無理やり上乗せして肉体的な負荷を限界突破させ、亡霊たちが嘲笑う暗闇の中へと、再び決然と歩き出した。


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