第14話 湯浴みの時間
農作業をすると汗をかく。
ポチと取っ組み合いをして遊ぶと、土埃にまみれて泥だらけになる。
清潔さを保つことは、健康管理の基本だ。
特に、いつ未知の病原菌や魔物と遭遇するかわからないダンジョン生活において、皮膚病や感染症は命取りになる可能性がある。
なにより、単純に気持ち悪い。
「お風呂に入りたいなぁ……」
「フロ? また変なことを言い出したな」
トマトの収穫を手伝ってくれていたティア(実際はつまみ食いをしていただけだが)が、不思議そうに首を傾げた。
精霊である彼女は、魔法で体の汚れを一瞬で浄化できるらしい。『クリーン』という生活魔法だ。
汗も泥も、一瞬で綺麗さっぱり消え去り、爽やかな香りに包まれる。非常に便利だ。
羨ましいが、僕は人間だ。魔法適性もない。
やはりお湯と石鹸(代わりの植物性の灰汁)で、ゴシゴシと物理的に洗わないと気が済まないのだ。
「人間は水で洗わないとダメなんだよ。お湯に浸かって血行も良くしないと、疲れが取れないし」
僕はダンジョン散歩で見つけた、かつて冒険者が物資運搬か何かに使っていたであろう錆びたドラム缶を再利用することにした。
【板金加工】スキルで頑固な赤錆を綺麗に落とし、側面の手入れをする。歪んでいた部分を叩いて直し、縁の部分は鋭利で危ないので、丁寧に研磨して滑らかにする。
底には、熱くなりすぎないように平らな石を敷き詰め、さらにスノコ代わりの木の板を置く。
これを、岩場を利用して作った、かまどの上にドカッと設置する。
いわゆる五右衛門風呂スタイルだ。
近くの水源から桶で水を運び入れ、たっぷりと張る。
下から薪(ダンジョンで拾った枯れた鉄樹の枝。火力が強くて長持ちする)で火を焚く。
【燃焼管理】スキルで火加減を調整し、じっくりとお湯を沸かす。
しばらくして、ドラム缶から真っ白な湯気が立ち上ってきた。
「よし、湯加減ヨシ!」
僕は誰も見ていないことを確認し、服を脱ぎ捨てて全裸になった。
冷たい空気の中で肌を晒すのは少し寒いが、それもお湯の温かさを際立たせるスパイスだ。
桶でお湯をすくい、掛け湯をする。
「あっつ!」と声を上げながらも、その熱さが心地よい。
体を軽く洗ってから、ザブンとお湯に浸かった。
「はぁぁ~~……極楽、極楽……」
思わずおじいちゃんみたいな声が出た。
全身の毛穴という毛穴が開き、溜まっていた疲労が溶け出していく感覚。
じわじわと体の芯まで熱が伝わり、凝り固まった筋肉がほぐれていく。
やはり日本人の魂には風呂が必要だ。
前世の記憶なのか、DNAに刻まれた本能なのか、魂が歓喜しているのがわかる。
頭上に広がるのは、満天の星空――ではなく、ヒカリゴケが点在する薄暗い岩の天井だが、湯気の向こうに見えるその景色さえも風流に見えてくる。
「……気持ちよさそうだな」
不意に声がした。
油断しきっていた僕は、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
「うわぁっ!?」
バシャーン! と盛大にお湯を跳ね飛ばす。
慌てて周囲を見回すと、少し離れた岩の陰から、ティアがじっとこちらを見ていた。
岩陰から顔の上半分だけ出して、赤い瞳で僕(というか風呂)を凝視している。
「ティア!? 覗かないでよ! 乙女じゃないんだから!」
「誰が乙女だ。我は数百歳だぞ。子供の裸など見てもなんともないわ」
「そういう問題じゃないって! あっち行っててよ!」
僕は慌ててお湯の中に深く沈んだ。肩までしっかり浸かって防御姿勢をとる。
あ、やばい。タオルを持ってくるのを忘れた。完全な全裸だ。出られない。
「減るもんじゃないだろ! それに、そんな狭い鉄の筒に入って何が楽しいのだ? 煮込まれているようにしか見えんぞ。そろそろ茹で上がるのではないか?」
「煮込み料理じゃないよ! 入ればわかるよ! 体の芯まで温まるし、リラックスできるんだ!」
「ふん……」
ティアは少し考え込み、岩陰から出て堂々と近づいてきた。
興味深そうにドラム缶の下の火を見たり、水面から立ち上る湯気の温かさを手で確かめたりしている。
「なら、試してやらんでもない」
「えっ、今!? 僕が入ってるのに!?」
「一緒に入れば狭くないだろ? ポチも呼ぶか? ほら、背中を流してやるぞ」
「ダメダメダメ! 混浴はレベルが高すぎるよ! ポチが入ったらお湯が全部溢れちゃうし!」
僕は顔を真っ赤にして必死で抵抗した。
ティアは「ちぇっ、心が狭い奴め」と不満げだったが、しぶしぶ諦めてくれた。
結局、その日は僕が上がった後でお湯を入れ替え、沸かし直した。
ティアには足湯だけ体験してもらうことにした。
ドラム缶の縁に腰掛け、素足をちゃぷんとお湯につける。
「……む」
「どう?」
「……あったかい……」
ティアの表情がとろけた。
普段の強気な態度はどこへやら、目を細めてうっとりとしている。
お湯の温かさが気に入ったようだ。
「ふふ、また沸かしてあげるよ」
「うむ。……悪くないぞ、この『フロ』という文化は」
結局、ティアはのぼせる寸前まで足湯を堪能していた。
僕はというと、全裸を見られた恥ずかしさで、お風呂から上がった後も湯冷めするどころか、しばらく顔の熱が引かなかったのだった。




