第12話 ダンジョン散歩
「テオ、暇なのだ。仕事ばかりしていないで、散歩に行こう」
お昼ご飯(焼きナス定食・トマトサラダ付き)を平らげ、満足げにお腹をさすっていたティアが、不意にそう言い出した。
お腹がいっぱいになると活動的になるタイプらしい。猫のような性格だ。
「えー、午後は畑の畝作りをしたいんだけど。新しい種も植えたいし」
「ふん、たまには息抜きも必要だ。働きすぎは体に毒だぞ? それに、見ろ。ポチが運動不足で太りそうだぞ?」
「ワン?(え、僕? そんなことないよ!)」
ポチが心外そうに「キャンッ」と抗議したが、ティアは無視して僕の手を強引に引いた。
まあ、言われてみれば、ここに来てからというもの、畑と寝床の半径数十メートル以内でしか生活していない。引きこもり生活も嫌いではないが、今後ここで暮らすなら、周辺環境くらいは把握しておいた方がいいかもしれない。
「わかったよ、負けたよ。でも、遠出は危なくない? 僕には戦闘力がないから、守れないよ」
「何を言う。我を誰だと思っている。この階層の主だぞ? 我が歩けば魔物は道を譲る。それに、ポチの背中に乗れば楽ちんだ。な、ポチ?」
「ワフゥ!(任せて!)」
というわけで、初めてのダンジョン散歩に出かけることになった。
フェンリルであるポチの背中は広くてフカフカだ。見た目は剛毛だが、触り心地は高級なウールの絨毯に近い。
ティアを前に、僕を後ろに乗せ、二人が跨ると、ポチは嬉しそうに走り出した。
「出発進行ー! 全速力だポチ!」
「あ、あんまり飛ばさないでね!」
風を切る感覚が気持ちいい。
ポチの足は驚くほど速いが、上下動が少なく、背中はまるで高級馬車のように安定していた。
地下50階層は広大だった。
僕たちが拠点にしている乾燥した岩場エリア以外にも、光るキノコが生い茂る幻想的な「発光菌の森」や、澄んだ水を湛えた巨大な「地底湖」、複雑な鍾乳洞が続く「白の迷宮」など、様々な景色が広がっていた。
もちろん、凶悪な魔物も生息している。
巨大な百足や、岩に擬態したロックゴーレムなどがいたが、ポチが「ヴゥーッ!」と低く唸りながら近づくだけで、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。最強の移動手段だ。これならピクニック気分で楽しめる。
「あ、テオ。あれを見ろ」
地底湖のほとりで、ティアが何かを指差した。
黒く焦げた跡がある。
焚き火の跡だ。しかも、まだ新しい。数ヶ月以内だろうか。
「……誰か、ここまで来たのかな?」
「いや、これは迷い込んだ冒険者の成れの果ての跡だな。恐らく、上層の『落とし穴』の罠にかかって、地下水脈を通ってここまで流されてきたのだろう」
ティアが酷薄な事実を淡々と分析する。
近づいて見てみると、ボロボロに錆びついた剣や、半分腐りかけた革袋、千切れた地図などが散乱していた。
遺体はないが、ここで何があったのか想像するのは容易かった。
食料が尽き、希望を失い、魔物に襲われたのか。あるいは、絶望の中で力尽きたのか。
かつての仲間たちが僕を捨てたとき、彼らも僕がこうなることを望んでいたのかもしれない。
「地上への出口はないの?」
「一応あるが、ここから地上まで登るのは至難の業だ。普通の人間なら、体力も食料も持たず、途中で野垂れ死ぬのがオチだ」
冷徹な事実を告げるティア。
だが、彼女はふと僕を見上げ、少し躊躇いながら付け加えた。
「だが、例外もある。……私の『転移権限』を使えば、一瞬で地上へ送ることも不可能ではないぞ」
「えっ、本当に?」
「ダンジョンコアの正式な管理者だからな。空間を繋ぐことくらい造作もない。まあ、魔力を大量に使うから頻繁には無理だが……」
ティアは少し自慢げに胸を張ったが、すぐに不安そうな表情になった。
「へえ、すごいじゃん。……じゃあ、僕もいつでも帰れるってこと?」
「なっ……!?」
ティアの顔が強張った。
慌てて僕の袖をギュッと掴み、涙目で見上げてくる。
「か、帰るのか? もうここで暮らすのがイヤになったのか? トマト作り、やめるのか? 我を置いていくのか?」
「え?」
「嫌だ! 帰すものか! まだナスの次も食べておらぬし、それに……!」
必死に引き止めようとする彼女の姿を見て、僕は心が温かくなるのを感じた。
地上には僕の帰りを待つ人はいない。でも、ここにはこんなにも必死に僕を必要としてくれる少女がいる。
僕は彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。
「いやいや、帰らないよ。僕はここに住むって決めたし」
「ほ、本当か? 嘘ではないな? 絶対だな?」
「うん。地上には僕を必要としてくれる人はいないけど、ここには食べてくれる人(?)がいるからね。それに、僕はここの生活が気に入ってるんだ」
僕の言葉に、ティアは安堵したように大きく息を吐き、また少し頬を赤く染めた。
「な、ならばよい! お主は一生ここで我のためにトマトを作るのだ! これは命令である!」
「はいはい、了解です。女王様」
地上との繋がり。それは魅力的だが、今の僕には追放された記憶の方が新しいし、戻りたいとも思わない。
この穏やかで、美味しくて、少し騒がしい日々のほうが、僕には合っている気がした。
「そろそろ帰ろうか。夕飯の準備もしなきゃ」
「うむ。今日のメニューは何だ? まさかトマト無しではないだろうな?」
「焼きナスの味噌汁を試作してみようかなって思ってるんだ。味噌っぽい味の実を見つけたから」
「ミソ? よくわからんが期待しておこう!」
僕たちは夕暮れ(といっても時間はわからないが、お腹時計で夕方だとわかる)のダンジョンを、鼻歌交じりで帰っていった。
ポチの背中で揺られながら、僕は心から「ここが僕の家だ」と感じていた。




