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第11話 偏食精霊の矯正

「テオ! 朝ごはんの時間だ! トマトを出せ! 真っ赤でつやつやの、あの宝石のようなトマトだ!」

「もうすぐ準備できるから、ちょっと待って……」

「お昼だぞ! トマトはまだか! 今日は丸かじりではなく、薄く切って塩を振ったやつがいい! いや、やっぱり丸かじりだ!」

「はいはい、わかったから」

「夜食にもトマトを頼む! 夢でもトマトが見たい!」


 ティアとの奇妙な、しかし賑やかな共同生活が始まって数日が経った。

 この深層の支配者(自称)であり、高位精霊でもある彼女だが、その食生活は極端の一言に尽きた。

 来る日も来る日もトマト。トマト。トマト。

 三食トマト、おやつもトマト。

 ポチですら時々ダンジョンの奥へ行って魔物(ジャイアントバットや巨大ミミズなど)を狩って食べているのに、ティアは僕のトマトしか口にしようとしないのだ。


 確かに僕の作る【完熟トマト】はスキル補正によって、一個で一食分の栄養と魔力を補給できるスーパーフードに進化している。味も地上では味わえないほど濃厚で甘い。

 だが、さすがにそれだけでは栄養バランスが偏るし、なにより見ているこっちが飽きてくる。


 料理人(兼農家)としての血が騒いだ。

 「素材の味」を活かすのは大事だが、偏食は矯正しなければならない。


「ねえティア、たまには他の野菜も食べない?」

「他の? いらぬ。トマトこそ至高。トマトこそ真理。あの赤い輝きに勝るものなど、この世には存在しない。我の血はトマト果汁でできていると言っても過言ではない」

「いや、過言にも程があるよ。……実はね、ナスとか美味しいよ? もうすぐ収穫できるんだけど」

「ナス……? なんだそれは。聞いたことのない名だ」


 ティアは小首を傾げた。

 僕は彼女の手を引き、畑の少し奥まった一角へと案内した。

 そこには、黒々と光り輝く、立派な長ナスがたわわに実っていた。地下の魔力を吸って、大きさも通常の二倍はある。


「これだよ」

「ヒッ!?」


 実物を見た瞬間、ティアが露骨に後ずさった。

 美しい顔を引きつらせて、ナスを指差す指が震えている。


「な、なんだその毒々しい紫色の物体は!? 邪悪なオーラを感じるぞ! これは……闇の魔力か!? もしや呪いのアイテムか!?」

「えぇ……ただの色だよ。アントシアニンって言ってね、目にいいし、体にもいいんだよ」

「騙されんぞ! 魔界の禁書『暗黒植物図鑑』にもある! 紫色は『猛毒』か『即死』か『永劫の呪い』の色だと! そのような禍々しいものを食べるなど、正気か!?」


 どうやら魔界や精霊界では、紫色は危険信号らしい。偏見が激しい。

 だが、ここで引下がるわけにはいかない。日本の食卓にナスは欠かせないのだ。

 こうなったら実食でわからせるしかない。農家のプライドに懸けて、この食わず嫌いを治してやる。


「わかった。じゃあ僕が一番美味しい方法で料理するから、一口だけでも食べてみてよ。どうしても不味かったり、呪われたりしたら、一生トマトだけでもいいから」

「む……一口だけだな? 本当に呪われないな? ……約束だぞ?」


 ティアはポチの背中に隠れながら、おっかなびっくり頷いた。


 僕は採れたてのナスを洗い、ナイフでヘタの周りに切れ込みを入れる。

 そして、焚き火の上に金網(ダンジョンで拾った錆を落としたもの)を置き、ナスを丸ごと乗せた。

 じゅー、ぱちぱち。

 皮が焦げ、内側の水分が沸騰して水蒸気が漏れ出し、香ばしい匂いが立ち上る。

 ナス自身の水分で蒸し焼きにするのだ。

 全体がくたっとなり、焦げ目がついたところで火から下ろす。熱いうちに冷水に浸け、手早く皮を剥く。

 すると、真っ黒な皮の下から、湯気と共に透き通るような美しい翡翠ひすい色の果肉が現れた。


「おお……中身は綺麗だな……」

「でしょ? ここに、岩塩を少々振って……と」


 僕はさらに、風味付けに搾り取ったワイルドハーブの汁を数滴垂らした。本当は醤油と鰹節、おろし生姜があれば最高なのだが、今は贅沢は言えない。


「はい、焼きナスの塩焼き。熱いから気をつけて」

「むむむ……匂いは悪くないが……」


 ティアは僕が削って作った箸をおぼつかない手つきで持ち、恐る恐るナスをつまみ上げた。

 プルプルと震える箸先。

 彼女はまるで爆発物を扱うように、ちろっと舌を出して表面を舐めてみた。


「…………ん?」


 塩味と、ナスの甘みが舌に乗る。

 味が気に入ったのか、警戒心が少し薄れたようだ。

 次は意を決して、大きくかじりついた。


「…………ッ!?」


 ティアの動きが完全に止まった。

 目を見開いたままフリーズしている。


「どう?」

 僕が心配になって尋ねると、彼女は震える声で呟いた。


「……とろける」

「え?」

「口の中で溶けたぞ!? なんだこれは、飲み物か!? いや、クリームか!?」


 ティアが叫んだ。

 そして猛スピードで二口目、三口目を口に運ぶ。

 ハフハフと熱さを堪能しながら、顔を綻ばせる。


「甘い……そして香ばしい……! トマトの酸味とは違う、大地そのもののような芳醇で深い甘みが口いっぱいに……! これが『ナス』の実力か……!」

「でしょ? ナスも美味しいんだよ」

「うぬぬ……認める! ナスは毒ではない! むしろ極上のご馳走だ! 誰だ、紫色は毒だなどとデマを広めたのは!」


 それは君だ、と言いかけたが飲み込んだ。

 ティアはあっという間に完食し、空になった皿を突き出した。


「おかわり! 今度はもっと大きいのを頼む!」


 チョロい、いや、素直でよろしい。

 こうして、ティアの献立にめでたくナスが追加された。

 次はピーマンあたりで攻めてみようと思うが、あれは苦味があるから難易度が高いかもしれない。

 それでも、彼女の「美味しい」という笑顔を見るためなら、どんな料理法でも編み出してみせる。そう思う僕だった。


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