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第10話 快適な寝床作り

 ティアとの契約も無事に済み、この場所を正式に「僕の畑」として使えることになった。

 大家公認というのは精神的にも大きい。もう、いつ追い出されるかとビクビクする必要はないのだ。

 となれば、次にやるべきは住環境の抜本的な改善だ。

 これまで数泊した横穴式住居は、風は防げるし、このダンジョン内には雨も降らないので最低限の機能は果たしている。

 しかし、いかんせん地面が硬い。

 土を柔らかくしているとはいえ、やはり芯は岩盤だ。寝返りを打つたびに背中がゴリゴリするし、朝起きると腰がバキバキに痛い。

 睡眠の質は、日中の農作業のパフォーマンスに直結する。

 やはり人間には、安眠できるきちんとしたベッドが必要だ。


「よし、最高のベッドを作ろう」


 僕はダンジョンの隅から、手頃な大きさの平らな岩を見つけてきた。

 畳一畳分、シングルベッドくらいの大きさだ。これをベッドの土台にする。

 まずは【加工】スキルで表面のザラザラした凹凸を削り、水平にする。角も丸く整えて、怪我をしないようにする。

 ここまでは、ただの綺麗な石の寝床だ。これにそのまま寝れば、間違いなく背中が青アザだらけになるだろう。


「ここからが本番だ。……今の僕ならできるはず。……スキル発動、【柔軟化ソフニング】!」


 僕はクワの背(金属部分)で石板をコンコンとリズミカルに叩いた。

 本来、【柔軟化】は雨が降らずに乾燥してカチカチに固まってしまった土壌をほぐし、空気を含ませて柔らかくするためのスキルだ。

 だが、対象を「これも母なる大地の一部、つまり土の一種だ」と強引に拡大解釈して認識することで、ただの石材にも応用できるはずだ。


 コンコンコン……。

 心地よい音と共に、僕の魔力が波紋のように石板に浸透していく。

 すると、どうだろう。

 徐々に、カチカチだった青白い岩の表面が、指で押すと「むにゅっ」と沈み込むような質感に変わっていく。

 まるで焼きたてのパンか、高級な低反発ウレタンのような感触だ。


「すごい……! 本当に柔らかくなった!」


 表面だけでなく、深さ5センチほどまでが弾力のある素材に変質している。

 石の冷たさは残しつつ、硬さだけを取り除く。夏はひんやりと涼しく、冬は毛布をかければ保温性も抜群だろう。


「よし、名付けて『石スポンジ』の完成!」


 さらに、その上に【除草】で刈り取って天日干し(ヒカリゴケの光で乾燥させた)しておいた大量の枯れ草を、丁寧に敷き詰める。

 枯れ草の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

 即席の「低反発ストーンベッド・特製干草マットレス付き」の出来上がりだ。

 僕は靴を脱いで、恐る恐る寝転がってみた。


「おお……ふかふかだ……」


 体が沈み込みすぎず、かといって反発しすぎない。適度な弾力で背骨のS字カーブが支えられる。

 これなら一晩寝ても疲れが残るどころか、魔力の回復効率も上がりそうだ。


「ほう、器用なことをするな。人間というのは、寝る場所一つにもそこまでこだわるのか?」


 ふと声がして見上げると、いつの間にかティアが見に来ていた。

 手には食べかけのトマトを持っている。どうやら3時のおやつの時間らしい。

 彼女は興味津々な様子で、僕の作ったベッドを覗き込んでいる。「ふん」とすました顔をしているが、尻尾ないけどが揺れているのが見えるようだ。なんにでも興味を持つ年頃なのだろう。


「ティアも寝てみる? すごく気持ちいいよ」

「ふん。馬鹿を言うな。我は高位精霊だからな、人間のように睡眠など必要ないのだ。魔力さえあれば活動し続けられる」

「へぇ、そうなんだ。でも、休憩は必要でしょ?」

「む……まあ、それは否定しないが……。そこまで言うなら、寝心地の判定くらいはしてやらんでもないぞ」


 思いっきり上から目線だが、目は「早く代われ」と訴えている。

 僕は苦笑しながら場所を譲った。

 ティアは可愛らしいブーツを脱いで、ベッドにごろんと大の字に転がった。


「……む」


 ティアの動きがピタりと止まった。

 そして、手足をバタバタさせて感触を確かめ、顔を干草に埋めた。


「……悪くない。いや、むしろ良い。岩なのに柔らかいとは、どんな高度な付与魔法だ? それに、この草の匂い……落ち着く……」

「ただの農家の知恵だよ。気に入った?」

「ふぇぇ……うむ、認めよう……これは、至高の……寝床……」


 ティアの目がとろんとしてきた。

 必死にあくびを噛み殺そうとしているが、まぶたが重力に逆らえていない。


「あの、睡眠必要ないんじゃ?」

「う、うるさい! これは瞑想だ! 高位存在に必要な、精神統一の時間なのだ……むにゃ……」


 3分後。

 スヤスヤという穏やかな寝息が聞こえてきた。

 完全に寝ている。しかも、僕が枕代わりにしていた丸めた葉っぱを抱きしめて。

 警戒心ゼロの、無防備な子供の寝顔そのものだ。

 この少女が、このダンジョン最強の支配者にして、あの大狼フェンリルの主人だなんて、言われても信じられないだろう。


「……風邪ひくよ」


 僕は着ていた上着をそっと脱いで、ティアにかけてやった。

 自分は地面(一応、土魔法で少しだけ柔らかくしてある)にもう一度寝転がることにする。

 大家さんには敬意を払わないといけないし、何よりこの可愛い寝顔を見られただけで、家賃分くらいの価値はある気がした。


「おやすみ、ティア」


 明日起きたら、ティア用にもう一つ、さらに上等なベッドを作ってあげよう。

 僕はそう心に誓い、静かな寝息をBGMに、再び作業に戻ったのだった。


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