第10話:アイドルの眠りは、プロデューサーが守る
合宿三日目の夜。
日中の猛特訓で疲れ果てたリナリアたちは、カズマが調合した「疲労回復効果のあるアロマ」が漂う部屋で、泥のように眠りについていた。
モニター越しに五人の安らかな寝顔を確認し、カズマは満足げに口角を上げる。
「よし、レム睡眠への移行を確認。……さて、ここからは『裏方』の時間だ」
カズマは上着を羽織ると、音もなく部屋を出た。
合宿所の外、月明かりに照らされた湖畔の森には、不穏な影がいくつも動いている。
暗殺者ギルドの残党。魔術師ギルドが放った工作員。そして、クロエを連れ戻そうとする没落貴族の私兵たち。
総勢三十名を超える「刺客」の連合軍だ。
「……標的を確認。あの建物の中に、女たちが――」
「悪いが、そこから先は『関係者以外立ち入り禁止』だ」
暗闇から響いたカズマの声に、刺客たちが凍りつく。
彼らが気づいた時には、周囲はカズマが仕掛けた魔導結界『完全遮音空間』に覆われていた。
「なにっ!? レアルート家の出来損ないか!」
「出来損ないで結構。だが、今の俺は世界一過保護なプロデューサーなんだ。……あの子たちの明日の喉のコンディションに響くような『雑音』は、一デシベルたりとも許さない」
カズマの左目、プロデューサーアイが深紅に輝く。
【敵個体数:32】
【排除推奨度:S】
【作戦条件:合宿所内に音を漏らさず、一分以内に完封すること】
「……行くぞ」
カズマが地を蹴った。
転生の際に身につけたもうひとつのスキル「身体強化」を限界まで引き上げたその動きは、もはや人の目では追えない。
先頭の男が声を上げる暇もなく、カズマの掌底がその鳩尾を貫いた。
ドッ、という鈍い音さえ、結界が吸い取っていく。
「ぎっ……がはっ……!」
「静かにしろと言っただろう。あの子たちは今、大事な成長期なんだ。睡眠不足は肌荒れの原因になる」
次々に襲いかかる刺客たちを、カズマは「ダンス」のステップで翻弄しながら、急所を的確に突いて無力化していく。
暗殺者のナイフは指先で受け流し、魔術師の詠唱は喉を突いて強制中断させる。
「怪物め……! たかが女五人のために、なぜそこまで……!」
「たかが? ……笑わせるな」
カズマは最後の一人の首を掴み、至近距離で冷酷に言い放った。
「あの子たちは、この世界の醜い価値観をすべて塗り替える『光』なんだよ。お前らみたいな、才能を使い潰すことしか考えないゴミ共が触れていい存在じゃない」
ミシッ、と骨が軋む音が響く。
一分。
宣言通り、合宿所の外には沈黙だけが戻っていた。
【プロデューサーによる防衛任務:完了】
【アイドルの睡眠の質:維持(100%)】
カズマは手袋についた汚れを嫌そうに捨てると、何事もなかったかのように合宿所へ戻った。
厨房へ向かい、あの子たちが明日目覚めた時に飲む「喉に優しい特製スムージー」の仕込みを始める。
「……ふう。さて、明日のレッスンは、フォーメーションの確認だな」
その時、パタパタとスリッパの音がして、目をこすりながらリナリアがキッチンに現れた。
「……あれ? カズマ様、まだ起きてたんですか?」
「ああ。明日の朝食の仕込みだ。……どうした、喉が渇いたか?」
「……ううん。なんだか、外がすごく静かだなって思って。……カズマ様が守ってくれてると思うと、すごく安心して眠れるんです」
リナリアは、カズマがさっきまで「掃除」をしていたことなど露知らず、幸せそうに微笑んだ。
「……そうか。なら、もっと安心していいぞ。……俺がプロデューサーである限り、お前の夢を邪魔するものは、この世に一つも存在させないからな」
カズマはリナリアの頭をやさしく撫で、温かいホットミルクを差し出した。
「さあ、あと三時間は眠れる。……最高の笑顔で明日を迎えてくれ、リナリア」
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