五話
「もうすぐ着くわよ」
「分かってる……けどおかしい、前来た時みたいな違和感が無い」
「……この悪魔、相当自信家のようね。迷宮なんかに隠れると考えていないわ」
「なら、出たとこ勝負と行こうか!」
そこは以前のように知らない場所ではない、俺が覚えている普通の裏路地。
けれどそこには一つだけ”異常”があった。
「どちら様でしょうか?わたくし、まだ何もしていないはずなのですが」
そこにはこの世のものではない美しい美貌を持った美女が立っていた。服装とその姿は普通の人間に見えるだろう。だが、その差している黒い傘は全てが黒かった。
傘の色がという話ではなく、全てが黒く、まるで光を受けていないかのように輝きを持っていない。何もかもを飲み込んでしまうほどの黒。
「初めまして、上級ーーいえ、最上級悪魔の方。私は貴女にとってはあまり興味のない人間ですよ」
俺は自己紹介をしようとは思わなかったのだが、目の前の悪魔ーー彼女を目にした瞬間、他の悪魔とは格が違うと感じてしまった。
今この場で、この人と争う訳にはいかないと本能が叫ぶ。
「あら?気配を人間に合わせたというのに、バレてしまいましたか?」
「気配を消しているのは確かなのですが、そこらの中途半端に思える術師だと貴女のことを上級悪魔と勘違いしてしまうでしょう。もし、お忍びだというのなら周囲の気配に同化させるのがいいでしょう」
「へー、珍しいわね。前見破った人間は問答無用で襲ってきたというのに、貴方はわたくしを退治しようとしないの?」
彼女は心底不思議そうに俺を見る。まるで珍動物を発見した人間のような目でだ。
「私も最初はそう考えていました」
「なら、そうすればいいじゃない」
「しかし、貴女はこの世界を荒らしに来たのではなく、観光しに来たみたいですので」
「……面白いことを言うのね人間、まるでわたくしを知っているような口調で話すのね」
「私は貴女のことを知りません。けれど、目の前にある情報から推測することは出来ます」
「ふふふ、それじゃあ先ほど言ったことも推測かしら?」
「いいえ、それは確信を持って言えます」
「さっきと言っていることが違うのではなくて?」
彼女は表情が笑顔のままだが、揶揄われたと思ったのか、その眉を一瞬跳ねさせる。
「まず、私たちが知っている悪魔たちは皆一様に人間を喰らうことを優先します」
「わたくしもその悪魔だと思うのですが」
「けれど、貴女は会話を優先させた」
「……だから何だと?」
「私は先ほど皆一様にと言いました。つまりはその行動から逸脱している貴女は少なからず、人間に興味がある。人間に化けてまでしてこちらの世界に来るほどに」
そこまで伝えてから、彼女はこちらをじっと見つめる。まるで俺の心のうちを覗こうとしているのではと思うほどに。
暫くして諦めたのか、目蓋を閉じてため息を吐く。人間と言われても可笑しくないほど人間味が出ている。
「参りました……その通りですよ」
「貴女と争わなくてよかったと思います」
「わたくしも無駄な手間が省けてよかったわ、それと先ほど言っていた気配について説明してくださる?」
「ああ、貴女方悪魔は人間の過大評価しているのか、それとも雑かはわかりませんが、気配を偽っても普通の人間より大きい気配をしているのですよ」
「……そうなの?気配が小さいから調整が難しいと思ったけど、まだ高かったのですか」
「貴女は人間に一番近いのですが、それでも一般人の気配より大きいのです」
「たまに早く見つかってしまうのはそれが理由なのですね」
この言動から、彼女は何回か人間の世界に観光に来ているようだ。
けれど、擬態が雑すぎて特魔の奴らに見つかり、満足に観光もしできていないのだろう。
「貴女さえよければ私の気配を真似てください、この世界の人間の平均値がこの位です」
「……小さすぎないかしら?」
「普段貴女方に接している人間は、人間たちの中では大きい気配の持ち主たちなのですよ」
「……それは気付いて当然ということね」
彼女は納得したのか、気配を徐々に小さくしていき、そこらの人間と変わらない気配となった。
「これで問題ないかしら人間」
「ええ、問題ありません。その状態で何もしなければ特魔の奴らも気付かないでしょう」
「なるほど……ところで、先ほどから仰っているトクマと言うのは何でしょうか?」
「これは申し訳ない、特魔と言うのは特別悪魔対策局と言う人間の組織の略称で、人間に危害を加える悪魔を討伐する組織のことです」
「なるほど、わたくしたちでいう派閥のようなものですか」
「そちらの事情は分かりませんがそんなところです」
「そうであれば貴方もそのトクマと言うものではないのですか?」
「私は違います。むしろ奴らに敵認定されているんですよ」
俺がそう伝えると、彼女は驚いた表情を見せてから、満面の笑みを浮かべてくる。
「教えていただきありがとうございます。これで人間界を見て回ることが出来ます」
「お待ちください」
お礼を言って立ち去ろうとする目の前の悪魔を呼び止め、俺は彼女に近づいていく。
「私もそんなに持っていないのですが、これを渡しておきます」
「これは?」
「一万円札と言う人間の通貨、お金というものです。人間はこれを使って娯楽になるもの、食事をやり取りし、生活しています」
「……奪えばいいのでは?」
「そちらではそうでも、こちらでは奪うことは犯罪としています」
「ハンザイ?」
「やってはいけないこと、と言う意味です」
「やってはいけないことなんてあるのですか?」
この発言で悪魔の世界では力がものをいう原始的な世界ということを理解した。こういった相手にわかりやすく言うのであれば、
「犯罪を犯すと、先ほど言った特魔があなたを特定し、こっちの世界に更に来づらくなってしまいます」
「そんなことはしません。ここで宣言しましょう」
この説明で本当に分かってくれたかはわからないが、彼女は真剣な顔をして顔を縦に振った。
そこで俺はこちらに近づいてくる気配を感じて溜息を吐く。
「どうかしましたか?」
「どうやら、先ほどの少ない時間でこちらを補足したものがいるようです。ここは私が対応しますので、貴女はここから離れてください」
「確かに近づいていますが、問題が?」
「悪魔が人間そっくりに擬態できるとわかればこっちに来てもすぐに見つかりますよ」
「わたくしはここで失礼しようと思います」
彼女は現金な性格のようで、すぐさまこの場を離れようとします。その背中を見た俺は、面倒臭いと感じながらも、先ほど彼女が出した気配まで、自分の気配を上げる。
結局、彼女の名前については何も聞けなかったと思いながら、急激に近づいてくる気配の方に体を向ける。
「見つけたぞ!”鮮血”!」
「あまり騒ぐなよ」
近づいてきた気配は宗助ともう一つ、けれど宗助は真っ直ぐに俺に向かってきて刀を振り下ろしてくる。
だが、俺も斬られたくないので振り下ろされたその刀を、左手で折らないように強く握る。




