十七話
廊下をしばらく歩いて、周りに誰もいないことを確認した際に俺は隠れている奴に声をかける。
「……アドラ、いるんだろ」
「いつから気付いてたのよ?」
先ほどまで感じなかったアドラの気配が背後から現れる。
「どれに対して言っているんだ?」
「その様子だと購買部から分かってたわね」
「……俺を試したな」
「吾輩は君が選ぶ道についていくけど、君が吾輩に道を聞くのが嫌なの」
「つまりは彼女に協力するかは自分で決めろということだろ」
「その通りよ」
そう言ったアドラの顔はどこか誇らしげな顔だったので、この言葉が出るのは当然のことだったのかもしれない。
「今日のアイスは無しだからな」
「どうして!?」
驚いているアドラを尻目に、教室に向かう。
心なしか、自分の心の中がこいつで安らぐのがくすぐったかった。
☆☆☆
誠が去った屋上には、いまだに黒いパラソルの下でパンを頬張っているダンダリアンの姿があった。
「……断られると思っていたのだけど、あんな返事を貰えるとは思いませんでした」
半年前とダンダリアンの口から出た瞬間、誠の視線がダンダリアンに向いていなかった。
否、目線はダンダリアンには向いていたのだろうが、その視線は何か別のものを見つめおり、その場の気温が下がったのではないかと勘違いさせるほどに”私たち”に殺意を向けていた。
「(先ほどの殺意に対して、その場ではバレないようにするので精一杯でしたが……)」
ダンダリアンは食べるのを中断し、自分の右手を見つめる。
見つめたその手は、先ほどの恐怖がまだ取れていないのか、はたまたその場で発露できなかった反動で、今までにないほどに震えている。
「これでも最上級の十人の中でも上位の方だと思っていたのですが……いやはや、世界は広いですね」
思わず呟いてしまったようだが、当の本人は呟いていることを自覚していないようだ。
「けれど、だからこそあの人の力を借りなければならないのです。
危険だと判断したからこそ置いてきたあの子たちが、無事に向こうに帰れるように」
「(半年前から現れ始めたイレギュラー……あの強さは私たち十魔と同等、いえ、それ以上の可能性もあるのですから)」
ダンダリアンの世界では異様に強くなり、理性を失ってしまうものたちが現れるようになっており、その被害はどの派閥も関係なく追っていた。
ダンダリアンを含めその世界での最強の十人は十魔と呼ばれ、十魔はそれぞれの派閥を作って好き勝手しているのだが、ダンダリアンの派閥は少数精鋭であり、本人の実力も序列三位と高いということで他派閥からの襲撃を受けることは少ない。
ダンダリアン自身も自分の力が強いと自覚はしているものの、相性の悪い相手が下位の中に存在していることを知っている為、油断はしていない。
「(それに問題はイレギュラーだけでなく序列一位と二位のこともありますし、なるべく早めに対処したいですね)」
序列一位と二位は今のところ実力はほぼ互角、現在二位にいるものは、ダンダリアンと同じ派閥のメンバーであることから、問題視はしていない……だが、上位二人とそれ以外の実力が離れすぎており、序列が二位から上は他の者と変わった記憶も記録もない。
「序列一位ベリアル……あいつさえ始末すれば人間界への干渉も弱くなるというのに」
しかし、ダンダリアンはそこで思考をリセットし、誠をどうやって仲間に引き入れるかを考えながらパンを頬張るのだった。
☆☆☆
昼休みから放課後までは午前中と全く同じように平和に終わり、帰り支度をしている時だった。
朝は誰も寄り付か無かったというのに、それ以降は人気者となり、俺の隣の席では壇ノ浦莉愛を人混みが囲んで姿が全く見えない状況だった。
宗助と同じくらい人気が出ているようなので、極力目立たないように教室を出た。
下駄箱まで問題なく到着し、靴を履き替えようというところでアドラが話しかけてくる。
「よかったの?昼休みの時に放課後に話を聞くって言ってたじゃない」
「どうせしばらく待てばやってくるだろ。校門前で待っていればいい」
「そんなものかな?」
「あの人ゴミの相手を少ししたら魔法でも使うだろ」
「……それが心配にならないの?」
「心配……するほどじゃないのはお前も分かっているだろ?それにその心配事は自分から来てくれたようだ」
「あ、本当だ」
靴を履き替え、校門で待っている人物に向かって歩き出す。
校門で待っている人物は、どう見ても学校関係者には見えず、タバコを吸っている。
「ようやくお出ましか」
俺に気付いたそいつは吸っていたタバコを地面に落とし、タバコの火を踏み消してこちらを見る。
周りの人間はそんな俺と怪しげな男のことなど見えていないと言わんばかりに、通り過ぎていく。
「特魔の局長が何の用だ?」
「言わなくても分かってんだろ、昨日の件について話を聞かせろ」
「……ああ、昨日の件か?」
「惚けんなよ?誰のおかげで普通に過ごせてると思ってんだ、ああ?」
「その前に人に中二病みたいな二つ名付けるのやめてくれませんか、ああ?」
特魔の局長は俺とデコを合わせてメンチを切ってくる。
俺も思ったことを吐き出して、睨み返す。
「うっせ!そんな昔の事気にしてんじゃねぇよ!」
「テメェこそ、何かあるたびに俺の身分を隠してることを脅してくんじゃねぇよ!」
「これでも俺はお前より年上だからな!?年上を敬うって言葉知ってるか!?」
「敬うって言葉の意味をきちんと理解してんのか?テメェのどこに敬う場所があるって言うんだよ!」
特魔の局長ーー喜島蒼月、こいつは一番初めに普段の俺に接触してきた人間であり、拘束と結界の魔術に関してはこの世界の人間の中で上位に扱える人間だ。
「ぐぐっ……!まぁいい、今はそんなことより昨日の件だ」
「……逃げやがったか」
「逃げてねぇ!……昨日敵対した件はどういうことだ?」
「どういうことも何も、お前は一番知ってるだろ」
「……あのバカか」
「それもあるんだが、宗助と最近組んだ奴いるだろ」
「ああ、木原桜か」
「上級たちの気配に気を取られてたら、姿を見られたんだよ」
俺が姿を見られたというと、蒼月はその顔を間抜けに歪める。
震える手でどうにかタバコを取り出し、咥えて火をつける。
「ーーふぅ、それで?その後どうしたんだ?」
「目の前で変装術式を解除するように変装術式を使った」
「……頭が痛くなる話だが今回はそれで誤魔化せるかもしれないな、それとあの現れた五体に関しては」
「心当たりがあるが、俺は無関係だ」
「心当たりがあるんならその情報を吐いてくれないか?これ以上仕事増やされるのもーー」
「お待たせしました新城さん」
このタイミングで一番来てほしくない奴が堂々と来やがった。
声のする方に顔を向ければ、そこには壇ノ浦莉愛が笑顔で俺に手を振っている。
☆☆☆
「……あ、うん、待ってないよ」
俺は笑顔で手を振る彼女に向かって、苦笑を浮かべながら手を振り返す。
もちろん、そんな俺の気持ちなど関係ないと言わんばかりに話しかけてくる彼女、さっきまで話していた蒼月の顔が、見なくても呆けているのは想像に難しくない。
「そうなんですか?それだったらよかったです」
「それより……さ、ここら辺に何かあるとか感じない?」
「何のことですか?この薄っぺらい魔力のような何かに関してですか?他のところよりは魔力が濃いと思うのですがたまにある魔力スポットではないのですか?」
壇ノ浦莉愛の一言で、背中のおっさんの自信と言う名の何かがポキポキと折れる音が聞こえてくる。
いまだにこちらに話しかけてくる様子が無いのを考えれば、この後にとても面倒臭いことが起こりそうだと確信でき、今すぐにでもこの場から逃げ出したいのだがーー
「ふふふ、そんなことより早く行きましょうか」
逃がさないと言わんばかりに、彼女は俺の左手を抱きしめるように両手を組む。
普通の状況であれば、この待ち合わせからの腕を組むというシチュエーションは最高の場面な筈なのだが、今の俺の状況では胃に穴が開きそうな状況だ。
蒼月のことが見えていないのか、わざと無視しているのか分からないが、まるで眼中になしと言わんばかりに俺の左手を引っ張って、俺をこの場から連れ出そうとする。
「ちょっと待とうか小僧」
だが、流石にその場から離れるとなると呆けておれないのか、蒼月は正気に戻り、俺の右肩を砕かんかと言わんばかりに強く掴む。
掴まれた俺は当然、反発しあう力の中心にいるために、その場で腕を引っこ抜かれるのではないかと思うほどに左手から痛みを感じる。
壇ノ浦莉愛は俺が引き留められていると知りながらその場に止まろうとはせず、あまつさえ、俺の左手を掴む両手に力を入れ、全身にさらなる力を加えていく。
「痛い痛い痛い!」
「新城さん、駄々をこねないできちんと歩いてくれませんか?全然前に進めませんよ」
「小僧、聞きたいことがまた増えちったんだよ……頼むからもうしばらく話聞かせてくんねぇかな?」
「あら?新城さんが駄々をこねてるかと思えば……そこの方、新城さんから手を放してもらえませんか?」
「おいおい、嬢ちゃん……俺はお前さんが来る前からこいつと話してたんだぜ」
「すみません、気付きませんでした……わたくしは新城さん以外は眼中にないので」
「ハハ!言ってくれるぜ、昼休みの時は私とか言ってたのによ」
「……盗み聞きしてたんですか?」
「あんなの盗み聞きじゃねぇよ。俺が寝てたところでお前らが話してたんだろ」
「初めから分かっていたということですか」
「それはお互い様だろ」
「痛いつってんだろ!離せ馬鹿どもぉおおおおお!」
痛みのせいか自分を律することも出来ずに思ったことを叫ぶ俺、その叫びを聞いた二人は示し合わせたかのように俺の体から手を放し、倒れ行く俺を無視してお互いを睨みあう。
怒鳴りあう訳でも、何か話し合う訳でもない、ただただ睨みあうのだ。
俺はそんな二人から少し離れて自分の両腕の痛みを和らげようと擦るのであった。
「戦闘の時は左腕を炙られたり斬られても悲鳴を上げなかったのに、戦闘以外の痛みは痛がるわよね」
「(それは戦闘中は常に脳内麻薬であるドーパミンが出てるからだろ!普段からドーパミン出てるやつは頭のねじが何本かトンでやがる奴だよ!)」
「だとしてもーーっ!?」
「!?」
アドラと雑談している最中、今までに感じたことのない膨大な魔力反応がこちらに近づいているのに気付く。
「誠!?」
「(分かってる!)蒼月!この前の結界を全力で張れ!」
「ああ?いきなり何言ってんだ?それにこの前のってーー」
「いいから早くしろ!空間が割れるぞ!」
「!?何人もこの空間に傷を付けず、この空間から出ることはならず、されど誘われるは我が認めるものなり、我らにその姿を見せよ!《天岩戸》!」
蒼月の詠唱が終了するとともに、この一帯から俺ら以外の人間は居なくなり、空間がズレる感覚を感じる。
「異空間転送?いえ、これは異空間創造?たかが数十年しか生きていない人間が使ったのですか?」
「驚いているところ悪いが、ダンダリアン、蒼月と一緒にこの場から離れろ」
「わたくしがこの人間と?なんのたーー」
そこまで言いかけたダンダリアンはこちらに向かってくる異界からの魔力反応に気付いたようで、余裕があったその表情が焦りに変わっている。
だが、忠告するのが遅かったのか、蒼月が作り出した結界の中でガラスが割れるような音を出しながら空間に罅が入る。
割れた空間を三人で見つめ続けていると、割れた隙間から指が生えてくる。
その指は割れた空間を掴むと同時に無理やりその罅を広げていき、その巨体を罅から這い出す。
全長三メートル前後、その姿はファンタジー作品とかで定番と言ってもいい人の体に牛の頭を持つと言われている化け物。
「GAあAAAあああああああああAA!」
ミノタウロスと思われる化け物が、宣戦布告するように雄叫びを上げた。
明日も十九時に投稿します。




