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第三話 小さな幸せと忍び寄る悪意

「はぁー、これから僕はどうしたら良いんだろう?」


 相も変わらず、元の世界の破滅を前にして何をすれば良いのか考えも付かない。

 地球という世界を知れば、異世界から移住をする事の困難さが見に沁みてきた。

 特にこの世界で家族が出来、しがらみが生まれるにつれて、心情としてはこの世界の方が大事に思えて来るのだ。


 それでも……。


 あの世界。イステリアにも大切と思うモノはある。


 ジョアン。教えてくれ? 僕はどうすれば……。 



 時間は無い。けれど異世界転生者である僕の日常は続く。






         ◇◆◇◆◇◆






「アキトぉ! 行くわよ」


 元気な掛け声と共に結衣と二人、母のお供で出かける。

 財布の中身と相談しながら、その日の献立を考える主婦の鑑の母さんは、きっちりと夕方のタイムセールまで体調を整え、部下の兵士(アキトと結衣)の帰還(帰宅)を待ち突撃した。

 近所のスーパーの特売品を手に入れるためだ。


「良いこと、特売品は一人二品までだからしっかり確保してね。あと結衣、無駄なものは買わないからね!」

「……」


 隣で微妙な顔をしている『結衣』に僕は苦笑いを返して肩をすくめた。

 すまん結衣。心の中で「母さん! それは『結衣』じゃ無い『ユイ』だから!」と擁護したけど伝えようが無いんだよな。


 母さんは、油断すると甘いものをそっとカゴに忍ばせる『ユイ』にしっかりと釘を刺しながら、母の生きがいとも趣味とも言える戦いにウキウキしている。


 焔家は中流に辛うじて引っ掛かるくらいの家庭だ。二人の子供を私学に通わすのは大変な現実なのだ。


 故に────。


 母のやりくりが無ければ何時破産してもおかしくないのだ。


「ふんっ、ここはダミーね」

 何を見て判断しているのだろうか?

 日々戦い続ける母さんは、スーパーに飛び込むと特売品に睨みをきかす。

 たぶん情報は朝からチラシで収集してるんだろうな。




「・・・・・・うぅぅ、重い」


 それぞれ買い物かごを持たされ、割引シールが付いた商品を次々と放り込まれた。カートを使用する結衣に比べて、機動性を優先して手で持つ僕の負担は大きい。


「何か言った?」

「なにも無いです」

「……疲れました」

「なに言ってるのよ! まだ買うものはあるのよ!」


 そうそうにギブアップぎみの結衣が、うんざりした表情で訴えるが母には届かない。

 ちなみに、こういう時にちゃっかりしてる『ユイ』が現れることは無かった。

 助けを求める眼差しを、僕に向けるが諦めろ。

 だって家計を支える指揮官に、戦場で意見を述べるほど僕は愚かじゃないのだから。










「ふふふん」


 満足した母の足取りは軽い。対照的に僕たち二人は両手に持った荷物で意識が飛びそうだ。


「お兄様、ダメですぅ・・・・・・もう諦めても良いですか!?」

「頑張れ! もうすぐ、ほら? そこを曲がれば我がゴールだ!」







         ◇◆◇◆◇◆







 その日の晩ご飯は『ユイ』の好物のハンバーグだった。それに刺身にから揚げ? おい! ステーキまであるぞ!


「ねえ? 今日って何のお祝い?」

「んふふーん」


 妙に機嫌の良い母。

 そわそわしている。


「重大発表があります」


 母の目配せに頷いた父。

 そして、豪華な食事に囲まれ満面の笑みで「部長に出世するぞ!」と叫ぶ父の姿を目にしたのだ。


 なんでも商品開発プロジェクトの目処がついたらしくて「現場を離れて経営陣に加わる」のだそうだ。


「すごーい! パパ愛してる!」


 母は有頂天になっていた。


「うぉおおおおおおおお! マジ? マジマジ! すげーじゃん!」


 勤めている大江商事は、祖父が一代で起こした会社で、普通に考えれば経営陣の一角を占めていてもおかしくない。

 だって創業者の娘婿で、親族経営の会社だぞ。現に大学出たての従弟が偉そうに課長とか威張っていたもの。

 ところが、母が周囲の反対を押し切って嫁いだから、爺ちゃんと家はギクシャクしてる。


 それが会社での立場にも現れていて、父は「俺は唯のサラリーマンで、それ以上でも以下でもない」と、前に聞いたら笑って答えていた。


 それがバリバリの国立理系大卒の研究者、しかも院で博士号を取った博士研究員ポスドクだったとは。

 いやはや、びっくりした。着古しのスーツと履きつぶしそうな革靴から、てっきり営業マンだと思っていたからだ。


 人は見た目によらないものだ。


 今後は後進の指導と経営の側から研究開発を立案していくそうだ。

 家の中には仕事の話を持込まない方針の父。

 まあ、この方針じたいが、今日初めて聞いた事なのだが。

 それくらい父から仕事の具体的な話は聞いた事が無かった。


「お給料も上がるのよ!」


 母は歓喜の喜びでテンションはストップ高。


「ところで何の研究をしてたの?」

「うん、父さんは燃料電池をずっとやってる」


 今回の技術はリニア新幹線に使われるそうだ。


「なに? それって最先端技術じゃん。すげーよ!」

「まあ安全運行に関わる付帯設備で使われる非常電源の一部だな」


 採用されれば駅やトンネルだけじゃなく、システムを維持する全ての設備に組み込まれる可能性があるらしい。

 総額十兆円近いプロジェクトだ。会社の規模から考えると計り知れない利益が見込めた。

 しかも在来線や私鉄のほか軍事から民生まで幅広い活用も見込めるという。


「まあ、まだこれから入札とかあるんだけどな」


 それでも営業の連中によれば、同規模の設備の中ではトップクラスの信頼性と効率性があるらしい。


 聞けばエコと騒がれる前から続けていたそうだ。前に貰ったキットも父の会社の商品らしい。


「お前にも興味を持ってもらいたくてな」


 そう父は、恥ずかしそうに言った。

 なるほどそれでマグネシウム燃料電池のキットをくれたのか。口下手な父さんが少しでも自分の研究に興味を持って欲しいと思ったらしい。


「長らく不遇な環境で実験してたが、時代がやっと父さんに追いついてきたのかな。嬉しいよ」


 温厚な父は、何時もの様に静かにニコニコとして言った。




「ごくろうさん」


 僕も結衣も手の掛かる方では無かったと思うが、それでもたまには遊びに連れて行ってくれた事もある。忙しいなかで大変だったろう。

 家族に囲まれて嬉しそうな父さんに感謝の気持ちでビールを注いだのだ。








         ◇◆◇◆◇◆








 その父が自殺をはかったと連絡があったのは、午後の授業の合間の事だった。










「焔くん! お父さんが病院に運ばれたそうだ! すぐ向かいなさい!」


 飛び込んだ病室で意識の無い父の姿を見た。

 数ヶ月前の嬉しそうな顔を思い出した僕は泣きそうになる。



 父の勤める会社から技術が流出した。部下の技術者がブラックボックス化した部分の技術情報を持ち出したと説明を聞いた。

 犯人は父の親友とも言える相手で、かなり前から情報を流していたようだ。

 父は事態の収拾に追われると共に、信用していたはずの親友に裏切られたことで酷く落ち込んでいたそうだ。

 当然不正競争防止法で告発するも、渡ったデータは広範囲に渡っており取り戻しようはなかった。特許部分に関しても損害が生じるかもしれない。


 しかもその不正に父も関与していた可能性があると言うのだ。

 もちろん昇進の話など吹っ飛んでしまい、場合によっては管理の責任や法的責任を追及されるかもしれないだと!




 怒りに気が狂いそうだ!





 数週間後。

 海外企業が新商品を発表した。

 その画期的とされる燃料電池は流失した技術で出来ていたのだ。








         ◇◆◇◆◇◆







 久し振りの学校は居心地が悪かった。


「おい、あいつって」


 校内のあちこちでささやかれる噂話。

 ニュースを見て知っているのだろう。

 新聞、TV、週刊誌が取り上げた記事はセンセーショナルな内容だった。

 面白おかしく嘘で塗り固められている。


 記事では父がお金のために情報を売り渡したのではないかと書かれていた。


「アキト、気にするな」

「ああ、巧サンキューな」


 救いはこいつが変わらない態度で接してくれたこと。

 少なくてもクラスでは孤立してないだけマシ。


 でも……。

 ネットでは俄か右翼が父を非難していた。

 非国民、売国奴。挙げればきりのない罵詈雑言。情報は錯乱し、よく判らないソースが真実のように伝えられていた。


 くそったれ!

 これは現代の魔女狩りだ。




 この世界は狂っている。

 前にユイが言った。「そろそろこの世界も壊れても構わない」と言った意味が良く分かった。


 弱い者が虐げられる世界。











 ふざけるなっ!


 僕は知っている。父がどんな人か。

 お金なんかのために裏切る人じゃ無い。

 どれだけ努力を重ねて来たか、あの日の笑顔を思い出して泣きそうになった。






 良いだろう。壊してやる! ズルいスパイも、それを手に入れた企業も。

 いや、この世界の悪意も全部壊してやろうじゃないか。


 僕にはその手段のアテがあるのだから。

 正直、魔術を使うのを躊躇っていた部分があった。


 家族とは違う自分。転生者で魔術師とバレたらどうなるのだろうか?


 でも。


 ああ。


 こんなのは……。


 絶対に許せるわけにはいかないじゃないか。






 僕は動き出すことを決めた。


 それはこの世界で魔術を使うと決めた瞬間だった。








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