第四話 協力者
「アキト、まだ意識が戻らないようだ」
病院から帰って来た『ユイ』は涙をこらえ声をつまらせた。
部屋の中はがらんとして見える。母が投げ捨てたのであろうエプロンと、残されたままの湯飲みが寂しさを増す。
ここに母の笑い声と父の穏やかな顔が戻る日は来るのだろうか。
「世界に何が有ろうと、見守るだけで干渉はしない……そう決めたのに。どうやらボクにもまだ感情というものがあるらしい。ははっ……。許せないんだ。悔しいよアキト」
金色の瞳をそっと伏せ『ユイ』言った。
魔女狩りによって傷つき、世界に背を向け歴史に埋もれた、大魔導師ユイ・フロランスの生まれ変わり。
僕に取っては唯一無二の存在。
その彼女の怒りは静かで激しかった。
「ボクは禁忌を破るよ」
◇◆◇◆◇◆
魔女狩りで迫害された魔法使いはどこに行ったのだろう? 世捨て人のように隠れて暮らす? 無理だろう。魔法使いといっても人間。仙人のように霞を食べていくわけでは無いからだ。
多かれ少なかれ、生きて行くためには世界と関わりを持つ以外生きて行く道は無い。世界にはひっそりと魔法を使えることを隠し、成功を収めている魔法使いも少なくないのである。
「まあ! 久しぶりね」
『ユイ』が禁忌を破ると宣言して頼った相手は、驚くほど早く古くからの友人を訪ねるように現れた。
アイラ・ウインストーンその人も、経済界にさまざまな影響を持っている魔法使いだった。
「きっと来ると思っていたわ。と言うか、遅すぎよ! 絶対に頼って来ると思ってたのに!」
「久しいなアイラ。今生では初めましてとなるか。──っ! とぉおお! おい! 待て!」
「いやん! 大きくなったのね? もうっ! 全然顔を見せないんだから! このこのこの! やぁあああん! なんて愛らしいのかしら」
嬉しそうに『ユイ』を抱き寄せ頬にキスする。
「止め止め止め!」
欧米人特有のハグとキス。親愛の情全開である。いささか常軌を逸した行動だが。
そして……。
「あらん! まぁ! 素敵!」と、悪戯そうな瞳でアキトを見つけると「いやぁーん! なんて素敵な魔力なのかしら」
アキトにもキスの洗礼を繰り返し、九〇センチは軽く越えた頂で挟み込む。アキトは、うわっ! でかっ! と、驚きと感動で喉元まで出た言葉を失った。いや物理的に苦しいのだろう。
上品に仕立て上げられたドレスの胸元を押し上げていたのは「ぬぬぬ、Gいや……Iカップ!? 相変わらず育っているのぉ……」
心なしか『ユイ』が自分の胸元と比べて落ち込むほど。
「あっ! こら、いかん! こらぁあああああ! あ、あ、あっ! なっ、何をしておる!」
慌てて『ユイ』が止めに入るが時すでに遅し、アキトは魔性の虜に……は
「す、すみません! く、くるしい!」なってはいなかったようで。
「まったく! 油断も隙も無いやつだ!」
どさくさまぎれにアキトを起伏の少ない胸に確保した『ユイ』はほっと息をついた。
「いやん、ちょっとマダ」
美しい金髪を持つアイラは名残惜しそうに身嗜みを整えると「あら? ごめんなさい。でもまだ足りないわ! 後でもっと甘えてね」
気品ある女性だが、ちょっと天然の様子。
父を嵌めた連中に仕返しする事を決めたアキトだが、金なしコネなしの所詮は高校生。
父から研究の成果を盗み出し、陰でほくそ笑んでいる連中を二度と立ち上がれないまでに叩きのめす。殴り、痛めつけ、引きずり倒して明るい光の下で断罪させよう。
などと意気込んでみたものの、社会的信用性も皆無だった。
そこでアイラに協力をお願いしているのだ。
「もちろん大魔導師ユイ・フロランス様のお頼み、出来うる限りお助けしますわ」
そう話すアイラは石油事業にも多大な投資を行う実業家、ニュース以前にエネルギー関連の情報は手に入れていたようだ。
「迷惑をかけ、自らが決めた禁忌をも犯させるようになってすまぬ」
「何を仰られますユイ様。貴方の助けが無ければ主人と巡り会う事も、娘を授かることも無かったのですから。感謝こそすれ迷惑などとは思っておりません」
本心から言っているのだろう。『ユイ』の助けにこうして二つ返事で現れたのだから。
だけど迷惑を掛けるのも事実。
「僕からも感謝します」
言われなき父の汚名を返上するために、僕が取れる手段は魔術だ。
そう魔術を使って、力ずくで叩きのめす。
魔術しか無いと言ってもよい。
だからこの助けはありがたかった。
「ふふふ、気になさらず、どうかお気軽にこのアイラウインストーンをお使いになって結構ですわ」
「ところで? 娘はどうした?」
「それは……」
アイラの表情が曇る。
「……そうね。会って貰えるかしら?」
唇を噛みしめ、何かを決断した様なアイラだった。
◇◆◇◆◇◆
ベッドに横たわるクリスティアナは眠っている。静かな寝息は束の間の幸せだろう。
驚くほど痩せてやつれているのに美しい。
僕より僅かに年上の少女はとても綺麗だった。
「痛みが酷くて……薬で眠っているの。ふふ、私の血を引いたのかしら? この子とても魔法の才能があるのよ。そのうちユイ様にお会いして魔法を習いたいと言っていたのに」
アイラは涙をこらえ笑った。言葉に胸を突き刺される。
「こんなことって……」
『ユイ』は驚くほどに動揺していた。魔法使いたちを保護してきた彼女にとって、魔法使いの子供も同じ対象なのだろう。
「殆ど原因が分らないの。全身に疾患が起きて……。今回はイギリスでは治療に限界を感じて、僅かな既望を求めて来日していました」
もう手の施しようが無いと診断されたそうだ。
「なにか! なにか手は無いのか!」
「日本でも同じ診断でした。原因不明の免疫疾患と……」
自己免疫疾患とは、免疫系が自身の正常な細胞や組織に対して攻撃する病気だ。
根本的に治療するすべは無く、対処療法が主な治療になった。
具体的には膠原病などが有名だが、完全な病態の解明は未だ成されていない。
治療の主体は副腎皮質ステロイドを中心とする免疫抑制剤で、他には生物学的製剤も使われる。
今回日本に来日して治療を受けるのも、治療概念が大きく変化し、寛解導入率が上昇しているのが理由と説明を受けた。
難しい説明だけど、寛解とは症状が好転または、ほぼ消失した状態で、臨床的にコントロールする状態を示す言葉だ。
でもその説明を聞いていた僕の眼には違って見えた。
魔術師だから、いやこの世界に生まれ変わった僕の巨大な魔力が違うと感じさせていたのだ。
「魔力過敏症?」
僕の見立てが確かなら、この症状は魔力過敏と酷似している。
魔力過敏症は優れた魔術師が掛かる病気だ。とくに幼少期に発病する事が多く、感受性の強い女性が掛かりやすいことで知られていた。
症状としては自身の体内にある魔力をもてあまし、やがて反発する。それも魔術的に現れる。
魔素は多すぎれば毒になると言われるけど、それは魔力も同じ。
魔術的効果は肉体に備わる免疫を狂わせ合併症を引き起こすことになるのだ。
「あっ、アキト! 分るのか!」
「いや、似ていると思っただけだ。詳しく診断してみないと」
「し、診断できるの? ああ神よ! なんてことでしょう。希望がこんな近くにあったとは、ならばすぐにでも見てください!」
アイラが僅かな希望にすがりつくような目を輝かせた。
「そうだ! アキト早く! 診断して治療を!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アキトは本職は錬金術師なのだ。神官でも医術者でもない。
僕は治癒に関わる魔術は使えない。故に診断の魔術も拙いのだ。
ましてやこの世界の魔法使いが同じだと限らない。
「お願い! クリスを、クリスを救えるのなら……」
「ああ、頼むアキト! なにか手があるのなら、救ってくれ!」
必死な願い。それを受けたアキトは答えるまでも無い。
それでも。
「ええ、もちろんです」
アキトは答えた。
そして、考えろ、何か手は無いのか? と、転生の記憶を探りながら思考する。
何か手は有るはずだと……。
所詮錬金術を修めただけのアキトに思い付くのは前世での知識。
思考の海に浸かりながら、どれだ、どれが使えると、覚えている限りの魔法薬を探った。
けれど、どう記憶を探っても、思い浮かぶのは一つしか無い。
「やっぱり魔法薬だよな。それと魔道具か……」
だが魔法薬の奥は深い。単純にレシピだけでも数千通りは有るからだ。名のある魔術師が残した物だけでもそれだけあるのだから、極めようと思えばどれくらいの知識が必要であろうか?
アキトは悩んでいた。知識が足りないのでは無い。作ろうと思えばそれこそ死にかけを全回復させる薬も作れる。
だが……素材があればだが……。
「ドラゴンの肝とか……無いしなー」
無意識に溜息が出る。思い付く素材は、すべておとぎ話に出てくる様な物。前世では、それこそ道ばたに生えていた薬草すら手に入ら無いのだから。
「探すしか無いか……」
薬効が近く、代変え出来る素材を見つける。
簡単に言えばそう言う事だ。だがしかし……。
この世界から魔法薬を作るための素材を探せるか?
「集めてください。ありとあらゆる方法で」
だが諦めるという選択肢は無かった。
◇◆◇◆◇◆
「白花蛇舌草は二トンで良いのよね? サルノコシカケは集まったかしら?」
アイラの問いに執事のジェームスが「サソリと蜘を全種類は苦労していますが、漢方は手に入りやすいですね」と無表情ながら目がにこやかなのは、苦労の先に未来が見えるからだろう。
「とにかく買える物は全部押さえて頂戴! 財団にも協力させなさい!」
アイラのかけ声で、部屋に集まった者達が電話に飛びついた。
「良い事! 時間が無いのよ! 値段なんて気にしないでどんどん買って!」
ウインストーン家の指令で、商社を巻き込んだ素材の確保は常識を越えて世界を回った。
誰も何の目的でそれをしているのか、分らないままに。
改訂前に出て来たアイラとクリスがやっと登場しました。




