十五話 抗う者達
『何処へ行くのだ!貴様ッ!』
ブランディーの激昂が通信魔道具を通じてナイルらを強襲するが、ナイルは現場からそう遠くない場にいる責任者の声を聞き流していた。
罵詈雑言の叩き売りでもしているかのようなブランディーの口撃に付き合う気はなかったのだが、ツァイードラやモンテロッテら同僚からも窘められると、一度深く息を吐いてブランディーに反論した。
「何処へ?仲間を助ける為に生命を賭けることに理由なんて必要ですか?」
学徒らを誰一人として漏らすことなく無事迷宮の外へ連れ出したナイルはガヴィとの別れ際を思い返しながら、冷静を欠いていた。
温厚で冷静沈着が最大の売りである彼の取り乱し方にフォールナー達同格冒険者達も心配する。
「ここで言い合うだけでは何も解決しませんので、何と言われようが助けに行きます。」
『儂の視える所でむざむざ死にに行かせるわけにはいかんのだ!』
「ブランディー殿、貴方それでも元とはいえ偉大なる【十一足】の一柱ですか?誇りはどうした!?」
『誇りなんぞ世の真理の前では無いに等しいのだ!愚か者めッ!現実を知らぬこの青二才がッ!』
「大切な仲間が死の間際に居ると解っていて放っておけるかッ!」
ブランディーとナイルの衝突に学徒達はおろかその場にいる何十もの同僚達はひたすら黙り込んでは状況を見守る。
『あ〜……これ、ちゃんと通じてんのか?おーい。』
そんな折に突如第三者の通信が割って入ってくる。
「その声は……ヒックスなのかい?」
『お?やっと声が入ったな〜、ナイル悪い事は言わん。俺がそっちに着くまで少し待ってろ。』
『ヒックス!そこの命知らずを止めろ!』
『へいへい……とは言うつもりは無いですよ、ブランディー副学長。』
三つ巴の通信に誰もが成り行きを見守りながら静閑を決め込むと予測していたヒックスは話を続ける。
『妖魔の気配を感じたんです。それをたった三名だけで凌いでるというのは最早偉業の他ならないでしょ。』
『事態が発覚してから既に二時間以上は経つのだぞ!それがどういう意味かヒックス、貴様なら判るであろう!』
『えぇ、仰る通り……仮にそうだとしたらナイル達高級冒険者達はともかく、学徒達が何故今、無事でいていられるのでしょうか?答えは明白、たった三名が今も中で〝靄〟と対等に闘っている……と貴殿ならお判りでしょうに。』
ブランディーの一瞬言葉に詰まる声色が途切れると、ヒックスは一気に畳み掛ける。
『不肖、孤高の武人、このヒックスが〝十一足〟と共に靄を見事に払って見せましょうぞ!』
ナイル達高級冒険者の顔色は一気に華が咲いた様に明るく染まる。
『ならぬ!ベルラ・マルゼーが不在の今貴様を死なせるわけには……!』
『ご心配及びませんぞ、ブランディー殿。それとも私如き小物ではベルラ・マルゼーに劣るとでも仰られますかな?ならば証明してみせましょうぞ、ウィンブリーにはもう一人傑物が存在するとね。』
少しの間を置いてブランディーは折れるようにヒックスの提案を受け入れるとヒックスはナイル達高級冒険者に向けて檄を飛ばす。
ナイルを始め、ツァイードラ達が救援部隊として名乗り出ると、通信魔道具から豪快な笑い声が伝わるが、即座に救援部隊の編成を確認する。
騎士、竜騎士、魔導士、隠密士、支援系魔導士その数二十名。
『ヒックス、これは失敗を許されない任務です。勝算はあるのですか?』
『ハッ!〝ミュール〟の誇りに誓って全て救ってみせましょうぞ、学長殿!』
『ならば頼みましたよ。』
意表を突いた鶴の一声に全ては静寂と化した。
ウィンブリーにおいて最高の権威が孤高の武人に追い風を吹かせた。
★★★
「聞いた通りだ、これより俺はナイル達を率いてガヴィ達の救援及び〝靄〟の討伐へ向かう。カミーラ、君は団員達と共に学徒達を学舎へ送り届けてくれ。」
「えぇ、解ったわ。月並みだけど死ぬんじゃないわよ、貴方が居ないと団は即座に瓦解するから。」
「それもまた一興!」
「……悪い冗談は好きじゃなくてよ。」
ヒックスとカミーラが先団でそう言葉を交わしてから二手に進路を別つと、騎乗する魔鳥の速度を上げてヒックスはひたすら迷宮目掛け駆けていく。
★★★
ウィンブリーの冒険者協会では早くも噂が飛び交い、あらゆる冒険者達が息巻いていたが、中でも【五ツ星級】や【六ツ星級】といった〝上〟との差をよく理解している者達は、現役の【十一足】ですら苦戦している現実に慎重を憶えていた。
ましてや先日、フォンテーヌやミナホビらの事件を皮切りに、ここ最近ウィンブリーの魔物の強度が上がっている事実も拍車をかける。
――今までとは何かが違う――
熟練した冒険者程、その感覚は強く感じ取れていて違和感しかないのだろう。
「なになに、学舎が救援依頼ねぇ……」
「既に【銀桜】が救援に動いたらしいぜ。俺達も動くか?」
「待て待て待て、【風の申し子】が動くほどの事態っつーのは頂けへんな。」
「なんでだ?」
「ヒックスと言えば、あの【幻影狂騒】でベルラ・マルゼーと生き延びた漢で今やウィンブリーの陰の豪傑や。そんな漢が動いたとなると眉唾の噂も話が変わってくる。」
豪気な冒険者がそう締め括ると、周囲にいる冒険者達も互いに顔を見合わせる。
「確かにそうかも知れないわ、だってだってガヴィ様やグリンダ様が今だ決着をつけれていない上にヒックス様まで動いたのですもの、私達では足を引っ張るかも。」
別の女冒険者がそう言うと、途端に場は鎮まりかえった。
単なる事件にしては冒険者協会職員達の様子も何処かぎこちなく、ウィンブリー支部長の武装姿も目につく。
「聞け、冒険者達。冒険者協会ウィンブリー支部長、このハンス・バーゼが救援に向かう、貴様らは万が一の為に街の警戒に当たれ。これは先の魔素大災害、【幻影狂騒】に非常に酷似している。故に勝手は許さんし、救援の邪魔だ。これに帯同許可を出せるのは【七ツ星級】である。以上」
協会の一階ロビーでざわめきが湧き立つが、バーゼは受付長となにやら耳打ちしては黙々と支部長室へと戻っていった。
方々でざわめく冒険者達に受付長は声をかけると、街の警戒に報酬が出る旨を伝えて場は盛り返すように賑やかになっていく。
★★★
「ご無沙汰しておりました、此度の救援誠に感謝します。また御一緒出来る日が来ようとは……事態が事態なだけに素直に喜んで良いものかどうか。」
「やぁバーゼ、久しいな。再会するには少し気が重いがな。あらかた話はグスタフから聞いている。しかしなんだ、何故俺なんだ?」
「えぇ、私も当初、聴き間違いかなと思いましたが、リッド侯爵直々に貴方様をご指名でして……」
「まぁ、侯爵にはこの件が終わり次第直に話をしたい事もあるからな……そろそろ行こうか」
「ハッ!この不肖ハンス・バーゼ、昔の様に何処までも付いていきます!それとリッド侯爵からこれを渡す様にと受けております、どうぞ。」
★★★
「あの靄は五負……まさしく人類の敵だ。覚悟はいいか?」
「えぇ、もちろんです。」
ヒックスが合流時に確認した面子は、騎士ナイル、竜騎士ツァイードラ、陰魔導士フォールナー、陽魔導士モンテロッテ、グリンダの直属斥候部隊、それと……。
「ところで何故、学徒が居るんだ?出てこい。」
本来、冷静沈着なナイルなら姿気配を消す類の魔道具は見抜けたはずなのだが、ヒックスに言われて初めて気付いては勘弁してくれと言いたげな表情のナイル。
それもそのはず、ユカの部隊だけが身を潜め付いて来ていた。
「まだ子供じゃないか、悪い事は言わん、今からでも引き返すんだ。」
ユカ達は明らかに一人雰囲気が格段に違う彼からそう言われるのだが、邪魔はしない約束を交渉材料に挑む。
「ノヴィスには無理だとは言わないが、生命の保証は出来ない。それに、君達が本丸に辿り着けるかさえも怪しい。大人しく帰れ。」
「嫌だ。」
ヒックスの制止を聞き入れないユカは即座に言い返した。
「……ナイル。こっちに来い。」
ヒックスに呼ばれたナイルは酷く落ち込みながらも対話に臨もうとする傍ら、ユカ達に目を配らせ、その場から少し離れてゆく。
「あの、ヒックスさん。」
重苦しくも口を開いたナイルは事もあろうか教え子を擁護し始める。
「……遊びじゃないんだぞ、ナイル。」
「えぇ重々理解しているつもりです。それでも、ここまで付いて来てしまいましたから、これから彼女等だけここから帰すという方が危険です誰かしらが付いていないと……それに……」
ナイルは他の者に聞こえない声量でヒックスにとある事実を打ち明けると彼の目は一瞬縮み、ほんの少しの猶予が生まれた。
「忠告はした……とはいえナイルの意図も一里ある。それがどう転んでも最悪の現実を迎えれば取り返しはつかない上に、学長殿にどう説明するんだ?あの子供達となると尚の事。」
「そんなん、あの娘らがここにいる時点でヒックスさんも既に重罪ですよ。ここから帰る道中で何かある方が怖いですし、目の届く所にいる方がまだ安心です。」
「一蓮托生ってか?はぁ……今通信魔道具で報告する事もやぶさかではないんだがな……」
「彼女達の実力は僕が保証します。」
粘るナイルに意外性を感じるヒックスの脳裏はかつての鼻垂れ金髪小僧の面影を重ねていた。
(此奴もそれなりに地獄を見てきたのは確かだしな……。)
「よし、良いだろう。雛ですらない卵に何が出来るのか見極めてやろう。そして共に学長から絞られるとするか……あの娘らに何か在ればその前にお前を殺すけどな。」
さらっと吐いた言葉と爽やかな笑顔にナイルは一瞬固まるが、師と肩を並べて冒険をするという事実がナイルを奮い立たせる。
二人の会話が終わるとヒックスは高級冒険者達に向かい〝靄〟との戦闘経験を問い、ヒックスは改めて対策を伝え、全員に確認する。
当然、高級冒険者達は一度の説明で理解に事足りたが、ユカ隊だけは理解が難しかった様子で、ナイルが補足する。
「いいかい?〝靄〟については学舎では教えていないのはこればっかりは教える事が出来ないからで、【五ツ星級】以上の者なら皆、経験はするんだ。」
「ヒックス様の説明ならば〝靄〟っつーのは要は自分の中の負の感情の写し鏡ってことなんでしょう?詰まる所、己との戦闘だと思っておけばいいですか?」
「その通りだ、ラインヤール君。〝靄〟はいわば抗う資格がある者を選ぶ為の門……という感じさ。」
「打ち負かせなかったら?」
「〝靄〟の餌食だ。」
ナイルの言葉にユカ隊に緊張が走る。
それでも〝上の世界〟を観たい、肌で感じたい好奇心が勝るのか、勇つくユカ隊の覚悟を改めて確認したナイルは丁寧に説明を繰り返すと最後に小言を加えた。
「〝靄〟を抜けたら君達が出来ることは何もない。勝手は慎むんだ。これは生き死にの話だ。君達に何か在れば僕もヒックスさんも生命を捧げるしかなくなる。それだけは勘弁して欲しい。だって、まだまだ僕にはやりたいことが山程あるから……いいね?」
決死の覚悟という言葉に、この時初めてユカ隊は触れた。
――早すぎる経験という既成事実を連れて――




