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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
黒田の台頭 2

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閑話 姉上がいなくても

龍野の村々を回り始めて、しばらく経った頃。

善助のもとへ、姫路から使いが来た。


「善助様。若様からのお知らせです」

「何でしょう?」


使いから聞かされた言葉に、善助は目を見開いた。


「……松様が?」


松が、出奔した。

突然のことだった。

善助はしばらく言葉を失った。

だが、使いは続けて告げる。


「なお、龍野への慰撫については、そのまま続けるようにとのことです」

「……続けてよいのですか?」

「はい」


官兵衛からの伝言では、すでに龍野へ回す資金は移してあるという。

もし足りなくなった場合も、


「姉上の銭蔵番がおるはずだ。そちらへ話を通せ」


とのことだった。

善助は少し考える。

松がいなくなった。

それなのに


「仕事のほうは、何も変わらないのですね」

「若様は、そう仰せです」

「……分かりました」


善助は頷いた。


「では、続きをやりましょう」


松が出奔したという大きな知らせとは裏腹に。

龍野の村々への慰撫は、何事もなかったかのように続いていく。



善助は、そのまま龍野の村回りを続けた。


「では、こちらに名前をお願いします」


村長から聞いた家数を書き留める。


「この家は?」

「戦で半分ほど壊れております」

「分かりました。こちらも入れておきましょう」


一軒ずつ確認し、決められた額を渡していく。


「これは黒田からの心ばかりの施しです」

「ありがとうございます」


村人たちは頭を下げる。

松がいなくなった。

その知らせは、善助の胸にも重く残っていた。

それでも、やることは変わらない。

むしろ善助には、妙な感覚があった。


松がいなくなったのに、松から預かった仕事は何の問題もなく進んでいる。


金は用意されている。

渡す額も決まっている。

記録の方法も決まっている。

村長から次の村を紹介してもらう流れまでできている。


「……本当に、こういうところは抜かりがないな」


善助は小さく呟いた。

だが、それは今回の出奔を前もって準備していたという意味ではない。

松は普段から、仕事が自分一人に依存しないようにしていただけだった。

だから本人が突然いなくなっても

仕事だけは、止まらなかった。




一方、姫路。

官兵衛は一人、部屋に残っていた。

松が出奔した。

その知らせを受けてから、何度考えても分からない。

なぜ、突然だったのか。

だが、仕事のことを調べてみれば、妙なほど滞りがない。

銭はすでに動かされている。

銭蔵には番をする者がいる。

工房や商いも、それぞれが勝手に止まるような仕組みにはなっていない。


「……姉上らしいな」


官兵衛は苦笑する。

出奔そのものは、きっと思いつきだったのだろう。

それでも、普段から仕事だけは完璧にしている。

だから結果だけを見れば、


まるで、いなくなることまで考えていたように見える。


「……そんなわけはない」


官兵衛は首を振った。

そして、ふと別のことを思い出す。


「……弥八郎がいればな」


あの男なら、こういう時にも自分と知識を出し合い、ああでもない、こうでもないと話をしてくれる。

官兵衛にとって、弥八郎はそういう相手だった。


だが、


「……今回のことは、話せんな」


松とのことを知っている。

もし話せば、秘密を守らせるために、口を封じなければならなくなる。


「……斬らねばならん」


そんなことをしたくはない。

だから、話せない。

官兵衛は深く息を吐いた。


「……困ったものだ」


相談したい相手ほど、相談できない。

そして官兵衛には、もう一つ。

どうしても父・職隆に話さなければならないことが残っていた。



官兵衛は、しばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと顔を伏せる。


「……姉上が、私の子を身ごもっているて泥をかぶるつもりで出て行ったのなら」


その言葉を口にするだけで、胸が重くなる。

松が播磨を出た理由。

なぜ突然、何も言わずに出ていったのか。

それを考えれば、答えは一つしかない。


「……父上には、申し上げねばならん」


姉上だけに背負わせるわけにはいかない。

松が自分との間にできた子を身ごもって出ていったのなら、自分も当事者なのだ。


だが、


「……私と姉上を処罰するのは、父上だからな」


官兵衛自身が勝手に決められることではない。

言えば、どうなるか分からない。

黙っていれば、松がすべてを背負う。

官兵衛は両手で頭を抱えた。


「……どう申し上げればよいのだ」


まだ、父の前に立つ覚悟が決まらない。

ただ一つだけ分かっている。


松が帰ってこなくても、この問題から逃げることはできない。





その夜、

官兵衛は一人、灯りの前に座っていた。

目の前には、龍野への慰撫について書かれた書き付けがある。

仕事は、何も問題なく進んでいる。

善助も動いている。

銭もある。

姉上がいなくなっても、松が作った仕組みは動き続けている。


「……姉上は、どこまで先のことを考えていたのだ」


そう呟いてから、官兵衛は首を振った。

違う。

姉上は、きっとそんなことまで考えてはいない。

ただ、いつものように仕事をしていただけだ。

そして、自分だけが、取り残された。

官兵衛は目を閉じる。


「……父上に、話さねば」


そう呟く。

だが、その言葉の先にあるものを思えば、胸が重くなる。

それでも。


「……逃げるわけには、いかんな」


官兵衛は灯りを見つめた。

明日になれば、父・職隆の前に立つ。

そして、自分の口で話さなければならない。


姉上とのことを。



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