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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
黒田の台頭 2

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第十一話 酔いたいとき

「……実は一度、死んだの」

「…………」

「そして、この時代に生まれたの」


官兵衛は、何も言わなかった。

松も、それ以上は口にしなかった。

二人の間に、妙な沈黙が落ちる。


庭から風が入り、木の葉がかすかに揺れている。

官兵衛は松を見る。

何かを尋ねようとしている。


けれど、何から聞けばいいのか分からない。

松も急かさなかった。

ただ、静かに官兵衛を見返している。


やがて


「……まだ、話しておいた方がいいわね」

「はい」


官兵衛がようやく答えた。


「私が、なぜ色々なことを知っているのか」

「……はい」


松は小さく息を吐く。


「この時代とは違う知識を、私は持っているわ」


官兵衛は黙って松を見ていた。


「……知識、ですか」

「ええ」


松は頷く。


「だから、これから起きることを少しだけ知っている」

「少しだけ……」

「そう。全部ではないわ」


松はゆっくりと言葉を選ぶ。


「黒田が、この先も生き残ることも知っている」


官兵衛の目が僅かに見開かれた。


「黒田が……」

「ええ」

「では、我らがどうなるのかも?」

「だから、全部ではないと言っているでしょう」


松は苦笑した。


「黒田が生き残ることは知っている。でも、どうやって生き残るのかは知らない」

「……」

「それに、知っていることだって限られているわ」


松は庭へ目を向ける。


「いろんな知識を覚えている。今の世にはないものもある。これから役に立つものもあるでしょう」

「ですが?」

「それでも、歴史を全部覚えているわけじゃない」


松は官兵衛を見る。


「いつ、誰が、どこで、何をするのか。そんなことまで全部知っているわけじゃないのよ」


そして、少しだけ笑う。


「あなたが後世に名を残すことくらいは知っているけれど」

「私が……」

「ええ」


官兵衛は黙り込む。

松は続ける。


「だから私は、黒田が生き残ると知っていても、安心していたわけじゃないの」

「……なぜです?」

「だって」


松は静かに答えた。


「生き残る方法を知らないんだもの」

「…………」

「だったら、自分たちで作るしかないでしょう?」


官兵衛は、しばらく黙っていた。


「……それで、姉上は黒田を支えようと?」

「ええ」


松は頷く。


「でもね。最初から、そんな大層なことを考えていたわけじゃないのよ」

「では、なぜ……?」


松は自分の手を見る。


「それは」


少し考えてから、素直に言った。


「この身体が、好きに動かせるからよ」

「…………」


官兵衛は意味が分からないという顔をした。


「身体が?」

「ええ」


松は自分の腕を軽く動かす。


「疲れも、痛みも、ずっとあるわけじゃない」

「……」

「歩ける。走れる。働ける。自分で何かを作れる」


松は、ふっと笑った。


「それが、嬉しかったの」


官兵衛は黙っている。


「だから動くのが好きになった」

「動くことが……?」

「そう」


松は頷く。


「だって、自分で動けるんだもの」


その声には、戦の話をしていた時とは違う、素朴な喜びがあった。


「生きているって、こういうことなのねって思ったの」


松は庭を見る。


「だから」


小さく笑う。


「生きるのが、楽しいのよ」


官兵衛は、何も言わなかった。

松はそう言ってから、少しだけ笑った。


「だから、黒田のことも放っておけなかった」


松は官兵衛を見る。


「最初の頃の黒田って、小さかったでしょう?」

「……まあ」


官兵衛は苦笑する。


「領地も、兵も、銭も。何もかも足りない」

「はい」

「そんな黒田を見ていたらね」


松は肩をすくめた。


「このままじゃ、とうてい生き残れないと思ったの」


官兵衛は黙って聞いている。


「だから、少しでも力をつけようと思った」

「兵も、米も、銭も」


松は指を折るように、一つずつ挙げていく。


「人も育てる。仕事も増やす。商いもする」


そして、


「少しでも力を、少しでもお金を稼がないと、黒田はとうてい生き残れないと思ったの」


官兵衛は松を見る。


「……それが、姉上が今までしてきたことの理由ですか」

「そうね」


松は頷く。


「未来を知っていたから、ではないわ」

「知っていたとしても、黒田がどう生き残るのかまでは知らないもの」


松は少し笑った。


「だから、自分で何とかするしかなかったのよ」

「……姉上らしいですね」

「そう?」

「はい」


官兵衛は苦笑した。


「結局、姉上は昔から変わらない」

「どういう意味よ?」

「目の前に足りないものがあれば、自分で作ろうとする」

「……まあ」


松は少し考えてから、


「それが楽しいからね」


松はそう言って、庭へ目を向けた。

官兵衛はしばらく何も言わなかった。

そして、ぽつりと呟く。


「……なんだか、頭の痛くなる話ですね」

「ふふっ」


松は笑った。


「そうね」


官兵衛は額を押さえる。


「一度死んで、この時代に生まれた?」

「そうよ」

「未来の知識がある?」

「少しだけね」

「黒田が生き残ることは知っている?」

「ええ」

「でも、どう生き残るかは知らない?」

「そう」


官兵衛はしばらく考えた。


そして、諦めたように息を吐く。


「……もう、考えるのはやめましょう」

「いいの?」

「はい」


官兵衛は立ち上がる。


「お酒を飲んで、今日のことは忘れてしまいましょ」

「……忘れるの?」

「全部忘れるわけではありません」


官兵衛は苦笑する。


「頭が痛くなる部分だけです」

「それは都合がいいわね」

「姉上も付き合ってください」

「仕方ないわね」


松も立ち上がる。


「今日は飲みましょうか」

「はい」


二人は連れ立って、座敷へ向かう。

その背中を、夕暮れの風が静かに撫でていた。

松は振り返らない。


もう、話した。

自分が何者なのか。

なぜ生きるのか。

なぜ黒田を支えるのか。


それを知った官兵衛が、これからどうするのかは――まだ分からない。


けれど。


今日くらいは、酒を飲んでもいい。




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