第九話 勝ち鬨
青山の戦場。
政秀を討ち取った後も、黒田の兵たちはすぐには動かなかった。
「負傷者を先に運べ!」
「戦死者を確認せよ!」
「武具も回収しておけ!」
勝った。
だが、まだやることは残っている。
小寺勢は、すでに龍野へ向かっていた。
黒田は青山に残り、負傷した者を集め、戦死した者を探す。
一人、また一人。
戦場に倒れた仲間を、黒田の兵たちが運んでいく。
やがて、戦場の整理が終わり始める。
職隆は、集められた兵たちを見渡した。
「……戻るぞ」
黒田軍は、姫路へ向かった。
長い戦だった。
兵たちの足取りは重い。
勝ったはずなのに、誰も浮かれてはいなかった。
姫路
黒田の兵たちが、城門をくぐっていく。
戦場から戻ってきた兵たちの顔には、疲労が色濃く残っていた。
傷を負った者は肩を借りて歩く。
足を引きずる者もいる。
それでも、帰ってきた。
城内には、戦に出た者たちを待っていた妻や子供たちがいた。
「あなた……!」
一人の女が、帰ってきた夫へ駆け寄る。
「父上!」
子供が父親へ飛びつく。
兵はその子を抱き上げる。
「帰ってきたぞ」
泣きながら笑う者もいた。
その一方で
「……あの人は?」
「まだ戻っていないのですか?」
帰ってきた者の姿を探し、城門を見つめ続ける者もいる。
戦死者の知らせを聞き、崩れ落ちる者もいた。
「小兵衛様は……?」
「友氏様は……?」
名を尋ねる声。
それに答える声。
負傷した者のもとへ駆けていく家族。
薬や布を運ぶ者。
亡くなった者の家族へ知らせを届ける者。
城内は、慌ただしく動いていた。
誰もが、それぞれの戦を終えたばかりだった。
職隆と官兵衛も、城内へ入った。
兵たちの間を抜けながら、二人はその様子を見ていた。
帰ってきた者。
帰ってこなかった者。
その違いが、城のあちこちに刻まれている。
官兵衛が、ぽつりと言った。
「……皆、戻ってきたわけではありませんな」
職隆は答えなかった。
ただ、名を呼ばれても返事のできない者たちの姿を見つめていた。
やがて、戦死者の名がまとめられていく。
小兵衛、友氏、
そして、ほかにも多くの名が並ぶ。
そのたびに、家族の間から嗚咽が漏れる。
職隆は目を伏せる。
「……勝ったというのに」
官兵衛も、黙っている。
しばらくして職隆が顔を上げた。
「兵たちを休ませよう」
「はい」
だが、そのまま終わらせることはできない。
今日、戦場から帰ってきた者たちは――
ともに戦った者たちが帰ってこなかったことを、まだ受け止めていない。
職隆は、城内を見渡した。
そして、何かを決めたように立ち上がった。
職隆は、城内にいる兵たちを見渡した。
誰もが疲れている。
傷を負った者もいる。
家族と再会し、涙を流している者もいる。
そして、帰ってこなかった者を思い、俯いている者もいる。
職隆は、一歩前へ出た。
「皆、聞け」
ざわめきが止まる。
「我らは、勝った」
その言葉に、何人かが顔を上げる。
だが職隆は、笑わなかった。
「だが、この戦で亡くなった者もいる」
静寂が落ちる。
「小兵衛も、友氏も……」
その名を聞いた者たちが、目を伏せる。
職隆は空を見上げた。
「ならば、」
そして、声を張る。
「声を上げよ!」
兵たちが顔を上げる。
「亡くなった者たちよ!」
「ともに戦った者たちよ!」
拳を握る。
「俺たちは、生きているぞ!」
一人の兵が叫んだ。
「俺たちは、生きているぞ!」
別の声が重なる。
「生きているぞ!」
職隆はさらに叫ぶ。
「もっとだ!」
「あやつらに届くように!」
城内に、声が響き始める。
「俺たちは生きているぞ!」
「生きているぞ!」
泣きながら叫ぶ者もいた。
家族を抱きながら声を張る者もいた。
何度も、何度も。
その声は、姫路の城いっぱいに広がっていった。
声が、何度も姫路の城内に響いた。
「俺たちは生きているぞ!」
「生きているぞ!」
泣きながら叫ぶ者もいる。
家族を抱きながら、声を張り上げる者もいる。
職隆は、その声を聞きながら空を見上げた。
しばらくして、静かに口を開く。
「……聞こえておるか」
返事はない。
だが、職隆は続ける。
「我らは、生きておるぞ」
もう一度、城内から声が上がる。
「生きているぞ!」
職隆は、夜空を見つめる。
そして
「あやつらに届くように……」
そう呟いてから、静かに言った。
「安心して眠れ」
その言葉に、兵たちは再び空を見上げた。
誰もが、それぞれの胸に亡き者の姿を思い浮かべていた。
勝ち鬨は、勝利を祝うためだけのものではない。
ともに戦い、帰らなかった者たちへ。
「俺たちは、生きている」
そう伝えるための声だった。




