第八話 実り
青山。
戦場には、まだ怒号が響いていた。
だが、その声は先ほどまでとは違う。
「押せぇ!」
「敵は崩れているぞ!」
黒田の兵が前へ出る。
左右の翼を押し込んでいた政秀軍が、今度は押し返されていた。
その横腹には、井上の別動隊が食い込んでいる。
「逃がすな!」
職隆は馬上から戦場を見渡した。
「政秀軍、崩れ始めました!」
その報告に、職隆は小さく頷く。
隣では官兵衛も戦場を見ていた。
「……これで決まりましたな」
「うむ」
長かった。
政秀との戦。
ここまで来るまでに、黒田も多くのものを失った。
だが
「政秀を討つぞ」
職隆が前を見据える。
官兵衛も槍を握り直した。
「はい」
二人は、崩れゆく政秀軍へと目を向けた。
政秀軍は、明らかに崩れ始めていた。
正面からは黒田の兵。
横からは井上の別動隊。
二方向から攻められ、政秀軍の列が乱れていく。
「押せぇ!」
黒田の兵がさらに前へ出る。
官兵衛も馬を進めながら、戦場を見渡していた。
「政秀の本陣は?」
「まだ動いておりませぬ!」
「ならば、もう少しだ」
職隆も周囲を見る。
勝敗は、ほぼ決した。
だが、まだ終わってはいない。
「深追いはするな!」
「敵を追いすぎるな!」
逃げる兵を追いながらも、黒田の兵をまとめていく。
そして
「政秀を見つけた!」
その声が戦場に響いた。
官兵衛が顔を上げる。
赤松の旗。
その周囲に集まる兵。
「父上」
「ああ」
職隆が槍を構える。
「終わらせるぞ」
黒田の兵が、一斉に政秀の本陣へ向かった。
政秀の本陣へ、黒田の兵が迫る。
政秀軍の兵たちは、もはや統制を失いつつあった。
「下がれ!」
「殿をお守りせよ!」
その声も、次々と上がる怒号にかき消される。
横からは井上隊。
正面からは黒田の本隊。
政秀の兵は、どちらを向けばいいのか分からない。
「官兵衛!」
職隆が叫ぶ。
「はい!」
二人は、赤松の旗を見据える。
「一気に行くぞ!」
黒田の兵が前へ出る。
その時だった。
一人の兵が、政秀の本陣へ飛び込んだ。
「申し上げます!」
政秀の周囲にいた者たちが振り返る。
「黒田の兵、正面より!」
「横からも敵が迫っております!」
政秀は周囲を見る。
前には黒田。
横には井上。
逃げ道は、もうほとんど残されていなかった。
「……馬を」
そう言った瞬間。
黒田の兵が本陣へ殺到した。
「政秀を討てぇ!」
「突っ込め!」
戦場の中央で、最後の攻防が始まった。
政秀の本陣へ、黒田の兵が雪崩れ込む。
「政秀を討てぇ!」
槍が交わる。
政秀を守ろうとする兵が、次々と黒田の兵に押し返されていく。
その横から
「突っ込めぇ!」
井上隊も迫る。
もはや、政秀を守る兵はわずかだった。
「殿!」
誰かが叫ぶ。
だが、その声も戦場の怒号に消える。
そして
井上之正が、政秀の前へ出た。
「我は黒田家臣、井上之正」
槍を構える。
「赤松政秀殿とお見受けいたす」
政秀が井上を睨む。
「……黒田の者か」
「お命、頂戴いたす」
次の瞬間。
二人の間で、槍が交わった。
一閃。
政秀の身体が揺らぐ。
そして
赤松政秀が、地へと崩れ落ちた。
一瞬、戦場の音が遠のいたように感じられた。
「……殿!」
政秀の兵が叫ぶ。
だが、もう遅い。
赤松の旗が、大きく揺れる。
「政秀、討ち取ったぞ!」
その声が戦場へ広がっていく。
黒田の兵から、再び鬨の声が上がった。
「勝ったぞ!」
「黒田の勝ちだ!」
職隆は、しばらく戦場を見つめていた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「……終わったか」
官兵衛も頷く。
だが、すぐに表情を戻した。
「父上」
「うむ」
「まずは損害の確認を」
「ああ。それから 龍野だ」
政秀は討った。
だが、龍野城が残っている。
誰かが押さえなければならない。
職隆は龍野の方角を見る。
「……兵を向かわせねばならんな」
そう言ってから、職隆は大きく息を吐いた。
「しかし……もう疲れたな」
官兵衛も苦笑する。
「私もです」
「龍野は小寺に任せるか」
その時だった。
「申し上げます!」
伝令が駆け込んできた。
職隆が振り返る。
「何だ?」
「宍粟の国衆、宇野政頼殿よりございます!」
「宇野?」
「はい!」
伝令は息を整えると、告げた。
「龍野城を、押さえました!」
職隆と官兵衛が、顔を見合わせた。
「……何?」
さらに伝令が続ける。
「つきましては――」
「龍野城を、小寺家によらせていただきたいとのことです!」
職隆は、しばらく言葉が出なかった。
官兵衛が、ふっと笑う。
「……実ったのか」
「何が?」
「姉上が宍粟へ仕込んだものです」
職隆も、ようやく意味を悟る。
そして、苦笑した。
「……大豊作だな」
二人は、龍野の方角を見つめた。
その頃。
松はまだ知らなかった。
陣があった片隅で
武兵衛の亡骸のそばに、静かに座っていた。




