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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
黒田の台頭 2

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第七話 若き侍、手折る

黒田本陣。

その隣に、松は座っていた。

職隆が戦場を見つめている。

その横で、松もまた前方を見ていた。


「姉上、なぜここに?」


官兵衛が問う。

松は官兵衛を見ると、少しだけ眉を上げた。


「なぜって……」


そして、戦場へ目を戻す。


「私が整えたのでしょう?」

「兵も、飯も、武具も、銭も」


松は静かに言った。


「責任を持って見ないと、駄目でしょう」


官兵衛は何も言わなかった。

そして、持ち場に行った。

やがて、戦場から伝令が駆け込んでくる。


「申し上げます!」


職隆が振り返る。


「戦況は?」

「政秀軍、なおも黒田の左右へ攻め込んでおります!」


松は黙って戦場を見る。

鉄砲の音が響く。

また一つ、鬨の声が上がる。


そして――


「左翼より、報告!」


松は、その声に顔を向けた。

戦況を伝える声が、本陣へ次々と入ってくる。

勝つために整えてきたもの。

そのすべてが、今。

戦場で試されていた。


「左翼より、報告!」


伝令が息を切らせて駆け込んでくる。


「政秀軍、なおも押し込んでおります!」


職隆が頷く。


「被害は?」

「……少なくありませぬ」


松は黙って聞いていた。

すると、別の伝令が駆け込んでくる。


「右翼より!」


職隆が振り向く。


「友氏様、討死!」


松の表情が止まる。


「……井出の叔父上が?」


本陣に、重い沈黙が落ちる。

松は戦場へ目を戻した。

さっきまでそこにいたはずの者が、もういない。

そしてまた、伝令が来る。


「左翼、小兵衛殿……討死!」


松は目を伏せた。

小兵衛も。

友氏も。

次々と名が消えていく。

職隆はそれでも戦場を見続けている。


「まだ、戦は終わっておらぬ」


その言葉に、松は小さく頷いた。

だが、胸の奥では別の思いが湧いていた。


厳しいわね。


自分が用意した兵たちが。

自分が整えた武具を持って。

自分が用意した飯を食べて。

今、命を懸けて戦っている。

松は南の山へ目を向けた。


「……お願い」


誰に言うでもなく、呟く。


「井上……早く来て」


松は、南の山を見つめ続けていた。

まだ、黒田の旗は見えない。

戦場からは、絶え間なく音が響いている。


「鉄砲!」


轟音。


「押せぇ!」


政秀軍の怒号。

そのたびに、松の肩がわずかに揺れる。


「……まだなの?」


職隆は答えない。

ただ、戦場を見ている。

そこへ、また伝令が駆け込んできた。


「申し上げます!」


松が振り返る。


「右翼、なおも持ちこたえております!」

「左翼は?」

「こちらも、まだ崩れておりませぬ!」


松は息を吐いた。

だが、その直後。


「負傷者、続々と後方へ送られております!」


松は目を伏せた。

勝つためには、耐えなければならない。

分かっている。


それでも。


「……厳しいわね」


小さく漏れた言葉。

その時だった。

遠くから、別の声が聞こえた。


「南より報告!」


松が顔を上げる。

伝令が、本陣へ駆け込んでくる。


「南の山に」


一瞬、言葉を切る。

そして叫んだ。


「黒田の旗が上がりました!」


松の目が、大きく開いた。


「……来た」


職隆も立ち上がる。


「よし」


それまで張り詰めていた本陣の空気が、一気に変わった。

職隆が立ち上がる。


「攻勢だ」


本陣にいた兵たちが、一斉に動き始める。


「いけぇ!」


鬨の声が上がる。

それまで守りに徹していた黒田の兵が、前へ出ていく。

松は、その背中を見つめていた。


ようやく。

ようやく、終わる。

そう思った。


だが


「松様!」


後ろから声がした。

松が振り返る。

二人の足軽が、何かを抱えて走ってくる。


「どうしたの!?」

「松様に一目会いたいともうす負傷者が!」


足軽たちは、松の前まで来ると、抱えていた侍をゆっくりと地面へ下ろした。


「武兵衛……?」


松の顔が強張る。


若い侍。

その腹には、深々と槍が突き刺さっていた。

血が、止まらない。

松は一目で悟った。


助からない。


「医者を!」

「姫様……」


武兵衛が、かすかに目を開く。


「武兵衛、喋らなくていい!」


松がその手を取る。

だが武兵衛は、弱々しく笑った。


「……最後に」


息をするのも苦しそうにしながら、松を見る。


「姫様に……会えてよかったです」

「……なんで」


松の声が震える。


「なんで、そんなこと言うのよ……」


涙が頬を伝った。


武兵衛は、その涙を見つめる。


「私のために……」


かすかに笑う。


「泣いてくだされるのですね……」

「当たり前でしょう……」


松は、その手を強く握った。


「あなたは……でしょう」


遠くでは、黒田の鬨の声が響いている。

勝利へ向かう声。

その一方で。

松の目の前では、一人の若い侍が、静かに命の火を失おうとしていた。



松は、武兵衛の手を握ったままだった。


「……姫様」

「なに?」

「これまで……」


武兵衛は、一度だけ苦しそうに息を吸う。


「ありがとうございました」

「やめて」


松は首を振る。


「そんなこと、言わないで……」


武兵衛は、もう答えなかった。

握られていた手から、少しずつ力が抜けていく。


「武兵衛?」


返事はない。


「……武兵衛?」


松は、その手を握り直す。


それでも 動かない。


松は俯いた。

涙が、頬をつたる

遠くでは、勝ち鬨が上がっていた。


「勝ったぞ!」

「黒田の勝ちだ!」


戦は終わろうとしている。

けれど。


松の前では、一人の若い侍の命が終わった。

松はしばらく、その手を離せなかった。


これが、戦なのだ。


勝てばいい。

そう思っていた。

だが。


戦うということは、誰かが帰ってこないということでもあった。


松は静かに目を閉じる。

そして、もう一度だけ。

武兵衛の名を呼んだ。


「……武兵衛」


返事は、なかった。




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