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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて天下を目指させます~』  作者: カワカン
黒田家に居座る

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第九話 異母弟・万吉

 父のもとから戻った私は、屋敷の中を歩いていた。

 高友叔父様のところへ行って。

 酒を作って。

 父にも飲んでもらって。

 なんだか今日は、ずいぶんいろいろあった気がする。


「松姫様」


 通が後ろから声をかけてくる。


「なに?」

「少しお疲れではございませんか?」

「ううん。大丈夫」


 私は廊下を歩きながら、これからのことを考えていた。

 高友叔父様とは、かなり仲良くなれた。

 父にも酒を飲んでもらえた。

 少なくとも、私が黒田家にとって「何かできる娘」だということは、少しは伝わったはずだ。


 次は――。

 そんなことを考えていたときだった。


「姉上!」

「……?」


 突然、後ろから声をかけられた。

 振り返る。

 そこにいたのは、一人の少年だった。

 私より少し小さい、子供。

 元気そうな顔をしている。


「……誰?」

「なっ!」


 少年が目を丸くする。


「私です!」

「…………」

「万吉です!」

「ああ」


 そういえば。

 弟がいた。

 異母弟、黒田万吉。


 後の――。

 私は少年をじっと見る。


「……万吉?」

「そうです!」


 万吉は胸を張った。

 そして、私を指差す。


「姉上はずるい!」

「……何が?」

「姉上だけ!」


 万吉は頬を膨らませた。


「高友叔父上のところへ行って!」

「うん」

「何日も帰ってこない!」

「うん」

「しかも父上のところまで行ったではありませんか!」

「……うん?」


 私は首を傾げる。


「それが何か?」

「私だって遊びに行きたいのに!」


 私はしばらく万吉を見つめた。

 そして、思った。


 ……なんだこいつ


 もっとこう――。

 頭のいい子供なのかと思っていた。


 後の黒田官兵衛。

 大河ドラマでは、もっとこう、なんかすごい人物だった。

 でも目の前にいるのは。


「…………」


 普通の子供だった。

 いや。

 かなり元気な子供だった。

 私は少しだけ目を細める。


 **これ、本当に将来の黒田官兵衛?**


 なんだか、すごくガキだ。


「姉上!」

「なに?」

「聞いているのですか!」

「聞いてるよ」

「なら、なぜそんな顔をするのです!」

「別に」


 私はため息をついた。


「あなたも遊び回っていると聞いてるけど?」

「…………」


 万吉の顔が止まった。


「廣峯神社へ行ったり」

「…………」

「おじい様の屋敷へ勝手に行ったり」

「…………」

「守役の小兵衛を困らせたり」

「…………」


 万吉が目を逸らした。


「……誰から聞いたのです」

「聞いたものは聞いたの」

「…………」


 今度は私が胸を張る番だった。


「あなたも、ずいぶん遊び回ってるじゃない」

「遊びではありません!」

「じゃあ何?」

「……その……」


 万吉が言葉に詰まる。

 私は腕を組んだ。


「あなたは嫡男なんでしょう?」

「……はい」

「だったら、もう少し嫡男としての自覚を持ったら?」

「…………」


 万吉の顔が、みるみる険しくなっていく。


「姉上だって――」

「私?」

「姉上だって、勝手に高友叔父上のところへ行ったではありませんか!」

「私はちゃんと人に頼んで行ってるよ」

「…………」


 万吉は悔しそうに拳を握った。


「ぐぬぬ……」


 私は思わず笑った。

 なんだ。

 やっぱり子供じゃないか。


 そんなことを思った――その瞬間。


「姉上!」


 万吉が突然、こちらへ飛びかかってきた。


「えっ?」


 私は反射的に身体を横へずらした。


 すかっ。


「――あ」


 万吉の手が空を切る。

 そのまま勢いを止められず――。


「うわっ!」


 どたんっ。

 万吉が床の上に転がった。


「…………」


「…………」


 私は倒れた万吉を見下ろした。

 そして、思った。


 ……なんだこいつ。


 私は万吉の背中に、足を置いた。


「姉上!」

「なに?」

「どけてください!」

「嫌」

「なぜです!」

「だって、危ないでしょう」

「もう倒れています!」

「そうね」


 私はそのまま、ほんの少しだけ体重をかけた。


「ぐっ……!」


 万吉がもがく。


「そんな簡単に飛びかかって、転んで」

「姉上が避けたからです!」

「避けられたんでしょう?」

「…………」


 万吉が黙る。

 私は足をどけた。


 万吉は起き上がると、悔しそうにこちらを睨んだ。


「卑怯です!」

「戦なら、そんなこと言っていられないでしょう」

「姉上は女でしょう!」

「だから?」

「男の私に勝てるわけが――」

「じゃあ、どうして今倒れてるの?」

「…………」


 万吉の顔が赤くなる。

 私は腕を組んだ。


「それに、あなたは嫡男なんでしょう?」

「……はい」

「だったら、そんな簡単に飛びかからないほうがいいよ」

「…………」

「戦場なら、相手が避けてくれるとは限らないもの」


 万吉が黙って私を見る。

 私は少しだけ真面目な顔になった。


「そんなことで、戦に出られるの?」

「…………」

「武士になるんでしょう?」

「……なります」

「だったら、もっとちゃんと考えて動いたほうがいいよ」


 万吉は唇を噛んだ。

 悔しいのだろう。

 でも、さっきまでのように怒鳴り返してはこなかった。

 私はそんな万吉を見ながら、少しだけ首を傾げた。


 ……本当に、この子が将来の黒田官兵衛なのだろうか。


 大河ドラマで見た官兵衛は、もっとこう――。

 頭が切れて。

 何を考えているのかわからなくて。

 人を動かして。

 戦では恐ろしいほど冷静で。

 でも今、目の前にいるのは。


「…………」


 ただの、負けず嫌いな子供だった。


「……まあ」


 私は小さく息を吐く。


「今は子供だもんね」

「何ですか、その言い方は!」

「なんでもない」


 万吉が立ち上がり、着物についた埃を払う。


「……覚えていてください、姉上」

「何を?」

「次は負けません」

「うん」


 私は笑った。


「じゃあ、次はちゃんと考えてから来なさい」

「……」


 万吉は、ぷいっと顔を背けた。

 そして、廊下の向こうへ走っていった。


「…………」


 私はその背中を見送る。

 元気だなぁ。

 私は自分の手を見る。

 前世では、こんなふうに誰かと喧嘩することすらなかった。


 それが今は――。


「……弟か」


 私は少しだけ笑った。

 異母弟。

 後の黒田官兵衛。

 まだまだ子供だけれど。

 これから、どんな男になるのだろう。

 私は知らない。

 ただ一つだけ。

 今日のところは――。


「……私のほうが強い」


 そう呟いて、私は歩き出した。




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