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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて天下を目指させます~』  作者: カワカン
黒田家に居座る

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第八話 兄者にも飲ませよう

 それから数日。

 私はようやく、頼まれていた酒を作り終えた。


「できました!」


 私は胸を張った。


「四樽、全部できました!」


 目の前には、並べられた四つの酒樽。

 最初に作った酒よりも、ずっと澄んでいる。

 何度も濾した。

 炭も使った。

 途中で失敗しそうになったこともあったけれど、なんとか形になった。

 これなら、きっと大丈夫。

 私は高友叔父様を見る。


「おじさま、できましたよ」

「おお、そうか」


 高友叔父様は、のんびりと酒樽を見る。


「ご苦労、ご苦労」

「…………」


 私は無言になった。

 ……ご苦労、ご苦労って。

 私は八歳児だぞ。

 四樽も作ったんだぞ。

 もうちょっと何かないの?

 私はじっと高友叔父様を見る。


 すると――。

 高友叔父様の手元に目が止まった。


「…………」


 杯。

 その中に入っているのは。


「……あ」


 私が最初に作った酒だ。

 まだ残っていたらしい。

 高友叔父様は、それを実に美味しそうに飲んでいる。


「…………っち」


 危うく舌打ちが出そうになった。

 このおじめ。

 前に作った酒を飲んでいるじゃない。


 しかも――。

 四樽も作らせておいて、人を寄越してくれたわけでもない。

 酒甕を用意して。

 炭を探して。

 濾して。

 混ぜて。

 また濾して。

 全部こっちでやったんだけど?


「松?」

「……なんでもありません」


 私は笑顔を作った。


「四樽、ちゃんとできました」

「ああ。見ればわかる」


 高友叔父様は満足そうに頷く。


「これでしばらく酒には困らんな」


 私は心の中でため息をついた。

 まあいい。

 酒を作ること自体は嫌いじゃない。


 何より――。

 高友叔父様が、この酒を気に入ってくれている。

 それなら、外堀を埋めるという目的としては十分だ。

 そう思っていると、高友叔父様が立ち上がった。


「では、兄者のところへ持っていこう」

「お父様のところへ?」

「ああ」


 私は少し驚いた。


「これを飲ませれば、兄者も喜ぶだろう」

「……はい」

「松も来い」

「私も?」

「お前が作った酒だからな」


 高友叔父様は当然のように言った。


「一緒に持っていくぞ」


 私は少しだけ考える。

 父に会うのは、少し緊張する。


 でも――。

 高友叔父様が一緒なら、きっと大丈夫だ。


「はい!」


 私は頷いた。

 四樽の酒を運ぶ準備が始まる。

 私はその様子を眺めながら、少しだけ胸を張った。

 最初は、ただの濁った酒だった。

 それを濾して。

 炭を入れて。

 試して。

 失敗して。

 それでも、ここまで来た。


 そして今――。

 その酒が、父のところへ向かおうとしている。


「……なんだか、すごいことになってきたな」


 私は小さく呟いた。

 高友叔父様が振り返る。


「何か言ったか?」

「なんでもありません」


 私は笑った。

 そして四樽の酒とともに、高友叔父様の後をついていった。


 向かう先は――。

 黒田職隆様のもとだった。



 父のいる部屋へ入ると、父――黒田職隆様がこちらを見た。


「高友、どうした?」

「兄者。今日は土産がある」


 高友叔父様が、後ろにあった樽を指差す。


「土産?」


 父が樽を見る。

 四つ。

 父の眉が、ぴくりと動いた。


「……お前」

「ん?」

「こんなものを買ってきて。散財したのではあるまいな」

「違う違う」


 高友叔父様が笑った。


「これは松が作ったんだ」

「……松が?」


 父の視線が、私へ向く。


「はい」

「この酒を?」

「そうだ」


 高友叔父様が楽しそうに話し始める。


「最初は濁った酒だったんだ。それを松が布で濾した」

「布で?」

「それだけでも澄んだ。だが、松はそれで終わらなかった」


 高友叔父様は、まるで自分の手柄のように得意げだった。


「炭を入れて、しばらく置いたんだ。それからもう一度濾した」

「炭を……?」

「そうだ」


 高友叔父様が杯を持ち上げる。


「見てみろ、兄者」


 父が杯を受け取る。

 透き通った酒が、光を受けて揺れた。


「……確かに、澄んでいるな」

「だろう?」


 高友叔父様が笑う。


「元はただの濁った酒だ。それがこうなる」

「ふむ……」


 父はしばらく酒を眺めていた。


「飲んでみろ」

「おう」


 父が一口飲む。


「…………」


 そして、もう一口。


「なるほど」

「旨いだろう?」

「ああ」


 父は素直に頷いた。


「これは、なかなかだな」


 私は少し嬉しくなった。

 父にも認めてもらえた。


 ……と思ったところで。


「だろう、兄者」


 高友叔父様が、にやりと笑った。


「これなら小寺様のところでいただくような酒を、いつでも飲めるぞ」

「…………」


 私は叔父様を見る。

 嫌な予感がした。

 ものすごく嫌な予感がする。


「しかもな」


 高友叔父様が続ける。


「松に聞けば、もっと作れる」

「…………」


 やっぱり。

 私は心の中でため息をついた。


 **このおじ、毎日私に作らせるつもりだ。**


 四樽作っただけでも結構大変だったのに。

 これから毎日酒を作るなんて、私は酒造りの職人ではない。

 そこで私は、父へ向き直った。


「父上」

「なんだ?」

「この酒を作るのでしたら、人をお雇いになったほうがよろしいかと」

「人を?」

「はい」


 私は頷いた。


「私一人で作るより、酒を作る方にお願いしたほうがよいと思います」

「…………」


 父が私を見る。

 高友叔父様も私を見る。

 しばしの沈黙。

 そして父が言った。


「なぜだ?」

「え?」

「お前が作ればよいではないか」

「…………」


 私は固まった。


 **こう来るか。**


 確かに。

 言っていることは間違っていない。

 でも、私は八歳だ。


 しかも女だ。

 酒を作るために、この先ずっとここに縛られるなんて――。

 私は少し考えた。

 そして、ふっと笑う。


「では……」


 私は父を見上げた。


「私が家を出たら、もう飲めませんよ?」

「…………」


 父の動きが止まった。

 高友叔父様も黙る。

 私はにっこり笑った。


「嫁いだ先では、作ってあげられませんもの」

「…………確かに」


 父が呟いた。

 その横で、高友叔父様が吹き出した。


「はははは!」

「おじさま、笑い事ではありません!」

「いや、これは一本取られたな、兄者」


「…………」


 父は黙って酒の入った杯を見る。

 そして、もう一度私を見る。

 私は知らない。


 このとき父の中で――。


 **「松を他家へ嫁がせる」という選択肢に、初めて別の価値が生まれたことを。**


 少なくとも今の私は、それどころではなかった。

 せっかく手に入れた健康な身体だ。

 酒造りだけで一生を終えるつもりはない。

 私は小さく胸を張った。

 そして心の中で、こっそり笑う。


 ――危なかった。


 **酒を理由に、毎日働かされるところだった。**


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