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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
黒田の台頭 2

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第五話 黒田の鶴翼の羽

青山。

朝の空気を震わせるように、自分たちを奮わすように鬨の声が響いていた。


黒田軍一五〇〇。

その前方から、赤松政秀率いる二千の兵が押し寄せてくる。

官兵衛は、静かに戦場を見ていた。

中央の父上のところは、まだ動かさない。

前へ出ているのは左右の二翼。


「……来たか」


政秀の兵が近づいてくる。

左右へ広がった黒田の軍が、それを迎え入れる。


「矢、放て!」


一斉に矢が放たれた。

続いて、


「鉄砲!」


轟音が重なる。

さらに敵が近づけば、石が飛ぶ。

炮烙玉が投げ込まれる。

政秀軍の前列が崩れる。

それでも、後ろから兵が押し出してくる。


「退け!」


黒田の足軽が、左右の翼をわずかに下げた。

政秀軍が、それを追う。

官兵衛はその様子を見ながら、ただ一言。


「まだだ」


中央は動かない。

左右の羽だけが、敵を受け止めていた。



政秀軍が、さらに距離を詰めてくる。

黒田の左右の翼から、次々と矢が放たれた。


「放て!」


矢が降り注ぐ。

それでも、政秀軍は止まらない。

盾を構え、槍を前へ突き出しながら進んでくる。


「鉄砲!」


左右から轟音が響く。

先頭の兵が倒れる。

だが、その後ろからまた兵が出てくる。


「怯むな!」

「押せぇ!」


政秀軍の勢いは衰えない。

官兵衛は左翼後方から戦場を見ていた。

左右の二翼は、敵を真正面から受け止めている。

だが、無理に押し返そうとはしない。


「左、少し下げろ」

「はっ!」


左翼がわずかに後退する。

それを見た政秀軍が、一気に食いついてきた。


「敵が退いたぞ!」

「追え!」


政秀軍が前へ出る。

その瞬間。


「撃て!」


近距離から鉄砲が放たれた。

一斉に兵が倒れる。

続けて、石が飛ぶ。

炮烙玉が投げ込まれる。

爆音とともに土煙が上がった。


「押し返せ!」


政秀軍は、それでも止まらなかった。

黒田の兵が再び下がる。

そして右翼も同じように敵を引き込む。

官兵衛は、それを見ながら静かに呟いた。


「……まだ待てる」


中央の兵は、動かない。

左右の羽だけで、二千の軍を受け止め続ける。



政秀軍は、なおも前へ出てくる。

左右の羽が少しずつ後ろへ下がる。

それを追うように、政秀軍の兵が入り込んでくる。


「押せ!」

「敵は下がっているぞ!」


黒田の兵は、決して崩れてはいない。

だが、押し返しもしない。

ただ、下がる。


そして――撃つ。


「鉄砲!」


轟音。

政秀軍の先頭が倒れる。

その隙に、また黒田の兵が下がる。


石が飛ぶ。

炮烙玉が投げ込まれる。

爆音が響く。


それでも政秀軍は止まらない。


「前へ!」

「押し込め!」


二千の兵が、力任せに黒田の羽へ食らいついてくる。

官兵衛は眉を寄せた。


「……思ったより、無理をしてくるな」


本来ならば、この距離まで入り込む前に、敵の足が止まるはずだった。

矢、鉄砲、石、炮烙玉、


そして引き込み。

それだけ重ねれば、攻める側の損耗の方が大きくなる。

だが、政秀軍は進む。


黒田の兵も、少しずつ傷を負っていく。


「左翼、まだ持ちます!」

「右翼もまだ!」


その声の直後だった。


「小兵衛殿!」


前線から叫び声が上がった。

官兵衛が顔を向ける。

一人の将が、敵の槍を受けて倒れていた。


「……小兵衛が」


周囲の兵が、その穴を埋める。

誰も立ち止まらない。

官兵衛は拳を握った。


「……まだだ」


父上の中央は動かない。

左右の羽で、まだ受ける。

まだ、時間はある。



政秀軍の勢いは、まだ止まらなかった。

黒田の左翼が下がる。

右翼もまた、わずかに後ろへ引く。

だが中央は動かない。

二つの羽だけが、政秀軍を受け続けている。


「敵が下がっているぞ!」

「今だ! 押せぇ!」


政秀の兵が、さらに踏み込んでくる。

黒田の前線では、槍が交わった。


一人。

また一人。

黒田の兵が倒れる。


「右翼、崩すな!」


声が飛ぶ。

その直後だった。


「友氏様!」


悲鳴にも似た声が響いた。

官兵衛が顔を向ける。

友氏が、前線で倒れていた。


「……井出の叔父上まで」


一瞬だけ、官兵衛の目が揺れる。

だが、すぐに戦場へ戻す。


「穴を埋めろ」

「はっ!」


倒れた友氏の場所へ、後ろの兵が駆け込む。

左翼も同じだった。

将が倒れる。

その場所へ、また別の者が入る。

一人が死ねば、一人が前へ出る。

二人死ねば、二人が埋める。


それでも――


羽は潰えない。


政秀軍は押している。

黒田軍は下がっている。

それでも、左右の翼は形を保っていた。

官兵衛は南へ目を向ける。


まだだ。

土器山にも目を向ける。

小寺も、まだ動かない。


「……もう少し」


その時。

遠くから、かすかな音が聞こえた。

鬨の声。

官兵衛が顔を上げる。


南の山。


「……来たか」


その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。

官兵衛が南の山を見つめる。

まだ、姿は見えない。

だが、確かに聞こえる。

遠くから近づいてくる、幾重もの鬨の声。

それに気づいたのか、近くの将が振り返った。


「若様……?」

「いや」


官兵衛は前線へ目を戻した。


「そのままでよい」


政秀軍は、なおも押してくる。

黒田の兵も、なおも倒れている。

小兵衛はもういない。

友氏もいない。

それでも、左右の翼は形を保っている。


「中央は?」

「まだ動いておりませぬ」

「よし」


官兵衛は静かに息を吐いた。


「まだ、羽はある」


その時。

南の山の向こうから、黒田の旗が現れた。

一つ。

二つ。

やがて、次々と。

政秀軍の背後へ回り込むように、黒田の別動隊が姿を現す。


「井上の隊だ!」

「南より!」


戦場に、別の怒号が響き渡った。

官兵衛はそれを見届けると、初めて口元を緩めた。


「……もうよい」


そして、前線へ向かって命じる。


「押し返せ」

「おくれをとるな!」


今まで退き続けていた二つの羽が――

初めて、前へ動き始めた。


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