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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
黒田の台頭 1

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閑話 奪われた米

高岡。

官兵衛と浪人は、地図を挟んで向かい合っていた。


「そなたは、宍粟が鍵だと言ったな」

「はい」


官兵衛は、宍粟へ続く道を眺める。


「だが――」


指先で前線をなぞった。


「前線は、そうそう軽く進むとは限らん」

「その通りです」


浪人も頷く。


「砦を一つずつ抑えていくのであれば、どうしても時がかかります」

「ならば、どうする?」


浪人は地図をしばらく見つめていた。

やがて、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「前線が進むのを待つ必要はないかと」

「ほう」

「宍粟の心を、先にこちらへ寄せておけばよいのです」


官兵衛の目が細くなる。


「……どうやって?」


浪人は、宍粟の地を指した。


「まずは、米でございます」

「米?」

「はい」


浪人は宍粟を指した。


「松様は、すでに宍粟の国衆と米と鉄を交換しておられます」

「そうだ」

「ならば、その取引を続ければよい」

「黒田から米が来る」

「そして宍粟からは鉄が来る」


浪人は淡々と話す。


「それだけでも、宍粟の者には黒田への恩が積み上がります」


官兵衛は頷いた。


「だが、それだけでは龍野から離れる理由にはならん」

「左様です」


浪人は答える。


「だからこそ――」

「龍野への不満も、積み上げてもらうのです」


官兵衛が浪人を見る。


「どうする?」

「まずは、今まで通り米を渡します」

「そのうえで、龍野がそれをどう扱うかを見ます」


浪人は、静かに笑った。


「人は、もらった恩より、奪われたものをよく覚えておりますからな」


官兵衛は、しばらく黙っていた。


「つまり、宍粟へ米を渡し続ける」

「はい」

「そのうえで、政秀に徴収させる?」

「左様です」


浪人は頷いた。


「宍粟には、まだ米が残っている――そういう話を、政秀の耳へ入れるのです」

「政秀なら、徴収するか」

「その可能性は高いでしょう」

「だが、必ずではない」

「ええ。そこは政秀次第です」


浪人は地図を見る。


「ですが、もし徴収すれば、宍粟の者にはまた不満が積もる」

「黒田からは米を買える」

「政秀からは米を取られる」


官兵衛が腕を組む。


「その違いを、宍粟に覚えさせるわけか」

「はい」


浪人は静かに頷いた。


「そして、もう一つございます」

「何だ?」

「政秀が徴収した米を守らねばならなくなるよう、噂を流すのです」


官兵衛が顔を上げた。


「……民が取り返しに来る、と?」

「左様です」


浪人は頷いた。


「実際に民が動く必要はありません」

「そう思わせるだけでよい」


官兵衛は考え込む。


「政秀が警戒すれば、米蔵を守るために兵を置く」

「ええ」

「だが、それで前線の兵が減るとは限らんぞ」

「もちろんです」


浪人はあっさり答えた。


「政秀がどのように兵を割くかは、政秀次第でございます」

「ならば、何が狙いだ?」


浪人は宍粟へ目を向ける。


「宍粟の者に、その事実を知らせるのです」

「政秀が米蔵を守らせたことを?」

「はい」

「そして――」


浪人は静かに続ける。


「政秀様は、宍粟の者が米を奪い返すと思っている」

「そういう噂を流す」


官兵衛は黙った。


「そうなれば、宍粟の者はどう思うでしょう」

「我らは、政秀様に信用されておらぬ、と」


浪人は小さく笑った。


「兵を前線から引かせられるかは分かりません」

「ですが――」


「政秀と宍粟の間に、不信を一つ積むことはできます」


官兵衛は、しばらく地図を見つめていた。


「……なるほど」

「前線を進めるには、兵をぶつけねばならん」

「ですが、人の心ならば――」


浪人は宍粟を指す。


「前線が動かずとも、少しずつ動かせます」


官兵衛は浪人を見る。


「米を渡して恩を作る」

「政秀の徴収で不満を積ませる」

「そして、政秀が宍粟を信用していないように見せる」

「左様です」


浪人は笑った。


「黒田が何かを壊す必要はございません」

「ただ、起きたことを見せるだけです」


官兵衛は、ふっと笑う。


「……そなた」

「はい」

「なかなか嫌なことを考えるな」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」


そのとき、少し離れたところで二人の話を聞いていた松が口を開いた。


「でも、それなら安上がりね」


二人が松を見る。


「米を焼く必要もない」

「蔵を襲う必要もない」


松は笑う。


「恩は米で買って、不満は相手に積ませればいいもの」


浪人は、思わず苦笑した。


「……姫様」

「なに?」

「やはり、某は妙な家に拾われたようですな」


官兵衛が笑う。


「今頃気づいたのか?」


松は首を傾げた。


「何が妙なの?」


二人は顔を見合わせた。


――この姫だけは、自分が何をしているのか分かっていないらしい。



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