閑話 二人の知恵者
高岡。
松は、あの変な浪人を連れて、官兵衛のもとへ来ていた。
「官兵衛」
「姉上」
官兵衛が振り返る。
「首尾はどう?」
「順調です」
官兵衛は地図へ目を戻した。
「相手方は、砦の兵を増やし、巡回も増やしております」
「そう」
松は頷いた。
その横で、浪人が地図を覗き込んでいる。
官兵衛が気づいた。
「……姉上」
「なに?」
「その者は?」
「ああ、この人?」
松は、連れてきた浪人を見る。
「私が雇った浪人よ」
「浪人を?」
「ええ。使えるとおもうけど・・・」
官兵衛は少し驚いた顔をした。
「使える?」
「ただ――」
松は苦笑する。
「今のところ、使う席がないのよ」
「……」
「だから、連れまわしてるの」
浪人は小さく頭を下げた。
「そのような扱いでございます」
松は二人を見比べる。
「せっかくだから――」
「官兵衛、あなたと軍略でも話し合ってみなさい」
「私と?」
「ええ」
松は浪人を見る。
「この人、知恵は回るのわよ」
「それは、先ほど伺いましたが……」
官兵衛は浪人へ向き直った。
「では、聞こう」
「はい」
「お前は、この戦をどう見ている?」
浪人は、すぐには答えなかった。
高岡の地図へ目を落とす。
山間に並ぶ砦。
その向こうにある政秀の領地。
そして、黒田の兵が動いている道筋。
しばらく眺めたあと、浪人は口を開いた。
「姫様は……」
「姉上が?」
「はい」
浪人は官兵衛を見る。
「どこまで相手の懐を読んでおられるのでしょうな」
官兵衛は、少しだけ目を細め、浪人の顔を見る。
「どういう意味だ?」
浪人は地図を指した。
「この戦、黒田と龍野では、明らかに身代が違います」
「そうだ」
「それなのに、黒田は少数の兵を動かし続けている」
「砦を抑え、山を駆け、補給を断る」
「すると政秀とやらは、砦の兵を増やし、巡回まで増やさねばならなくなる」
官兵衛は黙って聞いている。
「つまり――」
浪人は地図から目を離さない。
「兵をぶつけて勝とうとしているのではない」
「相手の懐を使わせているのです」
「こちらも兵を動かす以上、銭も米も使う」
「ですが、政秀のほうが大きく使わされる」
官兵衛が頷いた。
「……その通りだ」
浪人は、少し笑った。
「ですから、姫様は戦そのものだけを見ているのではないのでしょうな」
「相手が、どこまで耐えられるか」
「そして、黒田がどこまで戦い続けられるか」
官兵衛は地図へ視線を戻した。
「姉上らしい戦だ」
官兵衛は地図を見ながら呟いた。
浪人は頷く。
「ただ、これだけならば、いずれ政秀も気づきましょう」
「そうだな」
「ですが、黒田は先の戦で二度、政秀に打撃を与えていると聞き及んでいます」
「それで、こちらが戦を続けられるなら――」
浪人は地図の北へ目を向けた。
「宍粟が鍵になると思います」
官兵衛が顔を上げる。
「宍粟?」
「姫様が、鉄と米で手を伸ばしているところです」
「そこまで見ているのか」
「ええ」
浪人は笑った。
「ですが、調略だけでは動かぬでしょう」
「前線が進めば、話は変わります」
「……」
「宍粟の者たちが、龍野に従い続けるより、別の道を選んだほうがよいと思えるところまで前線が進むと状況が変わるでしょう」
官兵衛は地図を見つめた。
そして、ゆっくり頷く。
「そうだろうな」
指で山間から先をなぞる。
「宍粟がこちらに傾くとき――それは、この前線が平野に達するときだろう」
浪人は、官兵衛の言葉を聞いていた。
そして、ふっと笑う。
「なるほど」
「何がだ?」
「姫様が、なぜあれほど前線にこだわっておられるのか」
官兵衛は浪人を見る。
「姉上は、戦だけを見ているわけではない」
「そういうことだ」
二人は、しばらく地図を眺めた。
やがて官兵衛が口を開く。
「そなた、なかなか見えているな」
「ありがたきお言葉」
「なら――」
官兵衛は浪人を見る。
「わしのそばにいろ」
「……私が、ですか?」
「ああ。与力として入れ」
浪人は少し驚いた。
「ですが」
官兵衛は、何でもないことのように答えた。
「姉上に禄を出してもらえるよう頼んでおこう」
「……」
浪人は、しばらく官兵衛を見つめた。
「官兵衛様」
「なんだ?」
「なさけのうございますな」
「何がだ?」
「ご自分の姉に禄をせびるのは」
官兵衛は首を傾げる。
「いいな、そなたは」
「?」
「姉上に拾われたのだ。姉上が払ってもいいじゃないか」
「……」
浪人は、天井を見上げた。
――妙な家に来てしまった。
姫は姫で、年頃になっても嫁に行く気配がない。
その姫に、米も銭も鉄も頼る嫡男。
そして今度は、その嫡男の与力になった自分の禄まで姫が払うらしい。
「……」
浪人は小さく息を吐いた。
これは、なかなか面白い家に拾われたものだ。




