閑話 変な浪人
「松姫様に、お会いしたい」
ある日、黒田の屋敷に、一人の見慣れぬ浪人が訪ねてきた。
身なりはそれほど悪くない。
だが、仕官を求める武士にしては、どこか妙な男だった。
松の前へ通されると、浪人は深々と頭を下げる。
「某は、国元を追放されましてな」
「へえ」
松は驚いた様子もなく、浪人を見る。
「諸国を回っております」
「それで、どうしてここへ?」
「堺に行った折に、面白いものを下ろしている店を見ましてな」
「ええ。それで、こちらにたどり着きました」
松は首を傾げた。
「へー……」
そして、ふと思い出したように尋ねる。
「で、何をやって追放されたの?」
浪人は、少しだけ言葉を選ぶように黙った。
「……一揆に加担しましてな」
「そして、主君にかかりました」
「へえ」
松は、さほど驚いた様子もない。
「どうして?」
「それは、それはひどい主君でしてな」
浪人はため息をついた。
「寺の米に手を出したのでございます」
「国元は、守護不介入をしておったのですが――」
「寺が元殿に税を納めておらぬ。それだけを理由に、寺の米を奪いましてな」
「……それで?」
「寺も黙ってはおりません。領民も怒りましてな」
浪人は首を振る。
「もう、揉めて揉めて……」
「それで一揆になったのね」
「左様で」
「なるほど」
松は少し考えてから、ぽつりと言った。
「よく追放で済んだものです」
「……はい」
浪人は、少し苦笑した。
「元殿も、某を斬るつもりではあったようですがな」
「それで、どうして?」
「領内が、これ以上荒れるのを嫌ったのでしょう」
「なるほど」
松は頷いた。
「それで、姫路まで来たのね」
「左様です」
「で、ここで何をするつもり?」
浪人は少し姿勢を正した。
「堺に、面白いものを下ろしておられるお方がいると聞きましてな」
「それで、来てみました」
松は浪人を眺める。
「で、来てみてどうですか?」
浪人は少し考えた。
「……そうですな」
「少し、この地に居座っても面白いかと」
「居座る?」
「はい」
浪人は悪びれもせず答えた。
「ここには、何やら面白いものが集まっているようですからな」
「ふーん」
松は浪人を眺める。
「で、食い扶持のあてはあるの?」
「ありません」
「ないの?」
「はい」
浪人は、悪びれもせず答えた。
「ですので――」
一礼する。
「あなた様に会いに来たのですが」
「……」
松は少し黙る。
「某は、ちと知恵が回りますので」
「少し使っていただいて、そのあと銭でもいただければ」
松は、浪人の顔を見る。
「ふーん」
そして、少し考えた。
「じゃあ、港からここに米でも運んでもらいましょうか」
「……」
浪人は固まった。
「それは……嫌でございます」
「……」
松は目を細める。
「あなた、食うのに困ってるのでは?」
「某は、知恵を使うほうで銭をほしています」
「ふふふ」
松は笑った。
「でも、うちって、いい知恵者の弟がいるのよね~」
浪人は苦笑する。
「こりゃ……痛いところをおつきになる」
「でしょう?」
「……まことに」
松は少し考える。
「まあ、分かりました」
「おお!」
「鶏の世話でもしていなさい」
「……鶏?」
「ええ。餌をやって、卵を拾って、様子を見ておいて」
浪人は、しばらく黙った。
「それをしていれば、よろしいので?」
「ええ」
「……」
「知恵を借りたくなったら、呼ぶわ」
「承知しました」
浪人は立ち上がり、松に一礼する。
そして、案内された鶏小屋へ向かう。
「こっちでも鶏ですか……」
「こっちでも?」
「……いえ、何でもございません」
松はますます不思議そうな顔をした。
こうして、知恵が回るという浪人は――
まず、鶏の世話をすることになった。




