第五話 山を庭にする
評定から数日後。
官兵衛は、何人かの家臣を集めていた。
井上、休夢、母里小兵衛、母里武兵衛。
その前には、山間の砦を記した地図が広げられている。
官兵衛は地図を見ながら口を開いた。
「これより、山を黒田の庭にする」
家臣たちは、黙って官兵衛を見る。
「政秀が高岡を目指すなら、必ずこの山を通る」
官兵衛は山間を指でなぞった。
「ならば、政秀が来る前に――」
「この山を、黒田が抑える」
官兵衛は、山間にある砦を一つずつ指していく。
「砦だけを見ていてはいかん」
「砦へ通じる道も、その周りの沢も、山道もだ」
井上が尋ねる。
「山を、すべて抑えると?」
官兵衛は頷く。
「敵が砦から出れば、我らが見つける」
「荷を運べば、我らが襲う」
「敵が通りたい道は、我らが先に通る」
母里武兵衛が地図を見る。
「つまり、砦の外へ出れば、どこにいても黒田兵がいるようにする、と」
「そうです」
官兵衛は山間を指でなぞった。
「敵には山を使わせず、我らは山を自由に使う」
「それができれば――」
官兵衛は砦へ目を向けた。
「山は、黒田の庭になる」
官兵衛は地図を見たまま続ける。
「そのために、五十人を一組とする」
「七組用意する」
休夢が尋ねる。
「七組を、どう動かす?」
「毎日、一組を山へ出し」
官兵衛は砦と砦の間を指した。
「一つの組が山を駆けている間、別の組は休む。そして翌日は次の組が出る」
「七日で一巡するわけか」
官兵衛が頷く。
「毎日、必ず五十人が山にいる」
官兵衛は言った。
「砦を攻めるためではない」
「山を抑え続けるためだと心得ろ」
敵が出てくれば追う。
道を通れば見つける。
荷を運べば襲う。
それを一日だけではなく、毎日続ける。
「そうすれば、敵は山を自由に使えなくなる」
官兵衛は砦を指した。
「そして砦だけが、山の中に取り残される」
母里小兵衛が地図を見る。
「しかし、砦に籠もっておれば、敵もすぐには困るまい」
「だから、次です」
官兵衛は砦へ続く道を指した。
「補給を切り」
「山道を抑えておけば、荷を運ぶのも難しくなる」
官兵衛は別の道を指す。
「一つの砦だけではない」
「この山々にある砦、そのすべてを」
休夢が顔を上げた。
「すべての砦の補給を?」
「一つを囲むのではなく、山間そのものを抑える」
官兵衛は頷く。
「砦から出れば黒田兵がいる。荷を運べば襲われる。援軍を送ろうとしても、山を通らねばならない」
そして、砦を見た。
「そうして弱った砦から、一つずつ取る」
母里武兵衛が笑う。
「なるほど……攻めるのは、砦が弱ってから」
官兵衛は地図を畳んだ。
「それまでは、山を黒田の庭にしておけばいい」
官兵衛は地図を見つめた。
「毎日、五十が駆ける」
「敵が出れば追う。荷があれば奪う」
「砦へ戻れば、また翌日も来る」
休夢が頷く。
「逃げ場をなくしていくわけですな」
「山を抑え、補給を断つ」
「そうすれば、砦はいずれ弱る」
職隆が地図を見ながら呟く。
「そして、弱ったところを取る……か」
「はい」
官兵衛は立ち上がった。
「では、始めまよう」
家臣たちが一斉に頭を下げる。
翌朝。
五十人の兵が、山へ入った。
それから毎日。
黒田の兵は山を駆けた。
敵にとっての山を、黒田の庭へ変えるために。




