第二話 姫路評定
姫路。
評定の間に、職隆、休夢、官兵衛、松、井出友氏が集まっていた。
その端には、廣峯の善右衛門もいる。
本来ならば、この席に加われる身ではない。
だが今日は、黒田の配慮によって特別に席を設けられていた。
善右衛門は何も言わず、ただ座っている。
職隆が地図を広げた。
「では、始めるとするか」
その地図には、播磨の山々と砦が描かれている。
「政秀を討つ」
職隆が言った。
「それは変わらぬ。おたつのこと、廣峯のこと――この雪辱は、必ず雪ぐ」
官兵衛が頷く。
「はい」
そして、職隆が続ける。
「だが問題は、どう討つかだ」
官兵衛は地図を見つめた。
「少数でいいです、父上」
「少数?」
「はい。山間の砦を、一つずつ押さえていけばよいのです」
官兵衛は山間を指でなぞる。
「今までと同じように、じっくりと侵攻していけばいい」
職隆は地図を見る。
「……なるほど」
しかし、すぐに別の懸念が浮かぶ。
「だが、政秀はまた高岡へ来るのではないか?」
「来るなら、来ればいいです」
官兵衛は迷いなく答えた。
「砦を抑えていれば、山間は黒田の庭にできます」
「庭?」
「ええ」
官兵衛は山中を指した。
「政秀が高岡を目指すなら、ここを抜けなければなりません」
「しかし、背後に砦を残したまま進むことはできまい」
職隆が言う。
「そうです。だからこそ、政秀は砦を抑える兵を残さねばならない」
「本隊を高岡へ進ませながら、後ろには兵を置く」
松が気づく。
「兵を分けさせるのね」
「はい」
官兵衛は頷いた。
「そして、その抑えを突破できる兵を、あらかじめ山に潜ませておく」
職隆が顔を上げる。
「……」
「政秀の本隊が高岡へ進んだところで、潜んでいた兵を動かします」
官兵衛は地図の上で、政秀の進路を指した。
「抑えを突破すれば」
そして、その指を政秀の本隊の後ろへ回す。
「前には政秀の本隊」
「後ろには、突破してきた我らの兵」
職隆が低く呟いた。
「前後で挟むというのか」
「ええ」
官兵衛は頷いた。
「大軍を正面からぶつける必要はありません」
山間の砦を一つずつ押さえる。
政秀が高岡を目指せば、背後の砦を気にせざるを得ない。
兵を残させる。
そして、その抑えを山中の兵で破る。
「政秀が高岡へ進めば進むほど、後ろを守る兵が必要になります」
官兵衛は地図から顔を上げた。
「ならば、そこを突けばいい」
松は静かに地図を見る。
「……少数でも、戦う場所を選べばいいということね」
「はい」
職隆も地図を見つめる。
「ならば、まずは山間の砦を押さえることからだな」
「ええ」
官兵衛は答えた。
その横で、善右衛門は一言も発さず、ただ聞いていた。
政秀を討つ。
そのために、黒田は大軍を集めるのではない。
山を押さえ、敵に兵を分けさせ、その隙を突く。
松が地図を覗き込んだ。
「ねえ、官兵衛」
「はい?」
「どうやって、山間を黒田の庭にするの?」
官兵衛は、少し考えるように松を見る。
「……そのままの意味です」
「?」
職隆も首を傾げる。
「どういうことだ?」
官兵衛は山間を指した。
「少数の兵を、毎日のように駆けさせます」
「駆けさせる?」
「ええ。山を歩き、砦の周囲を見て回る。敵が出てくれば退かせる。荷を運んでいれば襲う」
松が笑った。
「ふふっ」
「……姉上?」
「庭ではないか」
「ええ」
官兵衛も笑う。
「庭です」
「侵入者があれば?」
「狩ります」
「……なるほど」
休夢が地図を見る。
「そうしていれば、砦の兵は外へ出にくくなる」
「はい」
官兵衛は頷いた。
「出てくれば狩られる。外へ出なければ、砦の中に籠もるしかない」
「そうなれば……」
松が続ける。
「砦が弱っていく?」
「その通りです」
職隆が腕を組む。
「ならば、敵の砦への補給を切るのか」
官兵衛が頷いた。
「前と変わらんな」
「そうです」
官兵衛は答える。
だが、地図を広げ直す。
「ですが、今回は一つの砦だけではありません」
指が山々をなぞる。
「その山々にある砦、すべての補給を切ります」
職隆の目が細くなる。
「……大胆だな」
官兵衛は静かに頷いた。
「弱ったところから、取ればいい」
松が地図を見る。
「一つずつ?」
「はい」
「なら」
松は笑った。
「それを取ればいい」
評定の間に、短い沈黙が落ちた。
松が地図を見ながら、ふと口を挟んだ。
「でも、それを毎日駆けさせるのよね?」
「ええ」
「……」
松は官兵衛を見る。
「誰が、その飯を用意するの?」
「姉上が……」
「私なの?」
「はい」
松は呆れたように官兵衛を見る。
「あと」
松は地図を指で叩いた。
「政秀がキレたら、どうするの?」
官兵衛は即答した。
「決戦です」
「その時の兵は?」
「姉上が開発してくれます」
「…………」
松はしばらく黙った。
「私に頼りすぎでなくて?」
「姉上は、支えてくれるのでしょう?」
「……」
官兵衛は続ける。
「もう、高岡に種を撒いておいでなのは知っております」
松の目が細くなる。
「つまり?」
「私は山を駆けて、政秀を挑発する」
官兵衛は山間を指した。
「その間に、姉上は領地を開発して、決戦に備える」
そして、淡々と。
「兵、米、銭、武具をどんどん増やしておく」
「まあ、そういうことです」
松は官兵衛を見る。
「……人使いが荒いわね」
官兵衛は少し笑った。
「姉上ですから」
「それ、理由になってないわよ」




