SS 松の継ぎ子
姫路へ来ていた松は、職隆に呼び止められた。
「松」
「父上?」
職隆は少し言いにくそうに口を開く。
「室のなぁ……」
「うん」
「あれが、臨月だ」
「……そう」
松は頷いた。
すると職隆は、何でもないことのように言った。
「おまえ、ちょっと取り上げてこい」
「……はぁ?」
松の眉が跳ね上がる。
「私に産婆をしろと?」
「そういうとるが」
「いや、無理でしょうが」
「産婆もおる」
「なら、私いらないじゃない」
「そういう問題ではない」
「どういう問題よ……」
職隆は松を見る。
「とにかく、行ってこい」
「……はいはい」
松は呆れながら、産室へ向かった。
このときの松は、まさか自分が**その子の育て親にされる**などとは、まだ思ってもいなかった。
松は産室へ入った。
中では、産婆と女中たちが出産の準備をしている。
「松姫様、こちらへ」
「はい」
言われるままに入った松だったが、部屋を見渡すなり眉をひそめた。
「……その布、替えて」
「え?」
「新しいものにして」
松は置かれていた布を指差す。
「それから、手を洗ってから触って。そっちも」
女中たちが顔を見合わせる。
「姫様、もう洗っておりますが……」
「もう一度」
「は、はい」
松は部屋の中を見回した。
「お湯は?」
「こちらに」
「足りる?」
「十分かと」
「ならいいわ」
産婆が苦笑する。
「姫様、ずいぶん気を遣われますな」
「だって、赤子が生まれるんでしょう?」
「それなら、できるだけ綺麗にしておいたほうがいいじゃない」
松は当然のように言った。
そして、出産の時を待つ。
やがて、側室の苦しそうな声が部屋に響き始めた。
「姫様、こちらをお願いします」
「分かったわ」
「もう少しです」
「頑張って」
松も手を貸しながら、産婆の指示に従う。
そして――。
小さな産声が、産室に響いた。
小さな産声が、産室に響いた。
「お生まれになりました」
産婆の声に、松も息を吐く。
「……男の子ね」
「はい。男のお子様です」
松は産婆から赤子を受け取った。
腕の中に収まるほど小さい。
「……小さいわね」
松はしばらく赤子の顔を眺めていた。
そして、産室の外へ出る。
待っていた職隆が、松の腕の中を覗き込んだ。
「どうだった?」
「無事に生まれました」
松は赤子を見せる。
「男の子でございます」
「そうか」
職隆は頷いた。
松は、これで終わりだと思っていた。
無事に取り上げた。
あとは母親のもとへ戻せばいい。
ところが――。
職隆は赤子を見たあと、松を見る。
そして、何も言わずに――
松を指差した。
「……?」
松は自分を指差す。
「私?」
職隆は頷いた。
「……何よ?」
職隆は、また松を指差した。
職隆は、今度は松の胸元を指差した。
「…………」
松の視線が、自分の胸元へ落ちる。
そして、職隆を見る。
「……父上?」
職隆は平然としている。
「出るだろう」
「…………何が?」
職隆は、もう一度指差す。
「乳だ」
「…………」
松の顔が引きつった。
「いや」
「おまえが育てればいい」
「いやいやいや」
松は惣吉を抱いたまま、一歩下がる。
「私、産んでないんだけど?」
「だから?」
「だからって……」
職隆は本気とも冗談ともつかない顔で言う。
「惣吉を、お前の継ぎにすればいい」
「…………」
松はしばらく職隆を見つめた。
「父上」
「なんだ」
「それ、私に言う?」
「お前しかおらんだろう」
「いや、母親いるでしょうが!」
職隆は黙って松を見る。
松も黙る。
そして,
「…………」
松は惣吉を抱き直した。
「……出るか、ぼけー!」
松の怒声が、姫路の屋敷に響いた。
職隆は、そんな松を見て笑っている。
「何を怒っておる」
「怒るわ!」
松は惣吉を抱き直す。
「私、嫁にも行ってないのよ!?」
「知っておる」
「なら、なんで私が育てるのよ!」
「お前ならできる」
「できるできないの問題じゃない!」
職隆は何でもない顔で、松の腕の中の惣吉を見る。
惣吉は何も知らず、すやすやと眠っている。
「……まあ、乳母は別に探す」
「最初からそうしろ!」
松はため息をつく。
だが、腕の中の惣吉を見れば、怒鳴る気も少し失せてくる。
「……惣吉、ね」
小さな顔を覗き込む。
「まったく……とんでもない父親に、とんでもない姉を持ったわね」
職隆は、それを聞いて笑った。
「姉なのだから、面倒くらい見てやれ」
「……はいはい」
松は惣吉を抱いたまま、産室へ戻っていった。
その背中を見ながら、職隆は満足そうに頷いた。
これで、松にも家族が増えた。




