SS 宇野作事衆
捕縛から、期限が近づいていた。
宇野頼家は、砥堀で二百人の者たちと暮らしている。
半年前。
自分たちは、戦で敗れ、捕らえられた。
砥堀へ連れてこられたときには、牢へ入れられるものと思っていた。
だが、砥堀には牢がなかった。
代わりに、自分たちで宿舎を建てさせられた。
川を浚い、道を直し、荷を運ぶ。
仕事が終われば、また次の仕事を与えられた。
気がつけば、それが日常になっていた。
頼家は、砥堀の町を眺める。
最初に来たときとは、随分と景色が変わった。
そして、自分たちの立場もまた変わっていた。
「……半年、か」
頼家が呟いた。
そのとき、後ろから声がした。
「そうね」
振り返る。
そこには、松が立っていた。
「松姫様」
「もうすぐ半年ね」
「……はい」
頼家は一礼する。
そして、しばらく迷ったあと、口を開いた。
「姫様」
「なに?」
「一つ、お願いがございます」
松は頼家を見る。
頼家は一度息を整えた。
「半年の期限が近づいておりますが……」
「ええ」
「**私を、このまま置いていただけませんか**」
松は少し意外そうな顔をした。
「なぜ?」
「もう、私の所領は宇野に吸収されてしまったようなので」
頼家は苦笑する。
「帰りましても、私には食い扶持がございません」
「……そう」
「それに――」
頼家は砥堀の町を見る。
この半年で、自分たちは多くの仕事をしてきた。
宿舎を建てた、川を浚った、道を直し、荷を運んだ。
今では、仕事が来れば二百人をまとめて動かすことも珍しくない。
「ここで働くことにも、慣れました」
頼家は松へ向き直る。
「ですから、できましたら……」
深く頭を下げる。
「これからも、松姫様のもとに置いていただきとうございます」
松は、しばらく頼家を見ていた。
そして、あっさりと答えた。
「……いいわ」
「え?」
「置いてあげる」
頼家は顔を上げた。
「よろしいのですか?」
「ええ」
松は何でもないことのように頷く。
「あなた、作事もできるし、人もまとめられるもの」
「それなら、わざわざ手放す理由もないでしょう?」
頼家は、思わず笑った。
「……ありがとうございます、姫様」
頼家は深く頭を下げた。
だが、まだ言いたいことがある。
「それと、もう一つお願いがございます」
「まだあるの?」
松が少し首を傾げる。
「はい」
頼家は、少し離れた場所で働いている者たちへ目を向けた。
「私が今まで見ていた者たちも、お願いできませんでしょうか」
「今、労役をしている者たち?」
「そうです」
頼家は頷いた。
「この半年、あの者たちも姫様のもとで働いてまいりました」
最初は、いつ解放されるのか分からない身だった。
だが、仕事を与えられた。
食べるものも与えられた。
そして、働いた分だけ、自分たちの暮らしが少しずつ良くなっていった。
「皆、申しております」
頼家は続ける。
「これからも、姫様のもとで働きたいと」
松は二百人のほうを見る。
「そう」
「はい」
「それなら、いいわ」
頼家が頭を下げる。
「ありがとうございます」
「ただ」
松が続ける。
「家族を呼びたい者もいるのでしょう?」
頼家が顔を上げた。
「……はい」
「里に置いてきた家族を、こちらへ連れてきたいと申す者もおります」
松は少し考えた。
「家族まで来るとなると、住む場所が必要になるわね」
「その通りです」
松は砥堀の外へ目を向ける。
そして、何でもないことのように言った。
「まあ、いいわ」
「新田を開拓してあげて」
頼家は目を見開いた。
「……新田を?」
「ええ」
「家族を連れてくる者には、そこで暮らせるようにしてあげればいいでしょう」
頼家は、しばらく言葉が出なかった。
「……家族を呼び寄せても、よろしいので?」
「ええ」
松は頷く。
「家族が来るなら、その者たちもここで暮らせるようにすればいいでしょう」
「ありがとうございます」
頼家は深く頭を下げた。
松は、そんな頼家を見ながら続ける。
「それと、あなたは今まで通り、作事についてもらうわ」
「宿舎を建てたでしょう。道も直したし、水路も触った」
「あなた、人をまとめるのも上手いもの」
松は二百人のほうへ目を向ける。
「下の者たちも一緒にお願いするわ」
「承知しました」
頼家は頷く。
「では、あの者たちもこれからは」
「そうね」
松は少し考えた。
「名がいるわね」
「名、ですか?」
「ええ」
これまで彼らは、ただの捕虜だった。
その後は労役する者たち。
だが、これからは違う。
松は少し考え、
「宇野作事衆、かしら」
と言った。
頼家は、その言葉をゆっくりと噛みしめる。
「……宇野作事衆」
「嫌?」
「いいえ」
頼家は首を横に振った。
「むしろ……ありがたく存じます」
「そう」
松は頷く。
頼家は笑って頭を下げた。
「では、よろしくお願いいたします」
頼家は深く頭を下げた。
松はそれを見届けると、二百人のほうへ目を向ける。
そこでは今日も、何人もの者が働いている。
木材を運ぶ者、道を整える者、作事に携わる者。
半年前、彼らは戦で捕らえられた兵だった。
砥堀へ連れてこられたときには、明日のことすら分からなかった。
だが今は違う。
働く場所がある。
暮らす場所がある。
そしてこれからは、家族を呼び寄せる者もいる。
松はその様子を眺めながら言った。
「家族を連れてくる者が増えたら、新田も広げないとね」
「はい」
頼家が答える。
「そのあたりも、私どもで?」
「もちろん」
「承知しました」
松は頷いた。
「それから、仕事が足りなくなったら言ってちょうだい」
「仕事が足りなくなる?」
「ええ」
松は何でもないように言う。
「ほかにも仕事を取ってくるから」
頼家は思わず苦笑した。
「……まだ働かされるのでございますな」
「嫌なの?」
「まさか」
頼家は二百人の仲間を見る。
そして、静かに笑った。
「仕事があるというのは、ありがたいことです」
松は満足そうに頷いた。
「なら、よろしく」
「はい」
頼家は頭を下げる。
その背中を見ながら、松は思う。
半年という期限が来ても、誰も去らなかった。
むしろ、家族まで呼び寄せようとしている。
捕虜だった二百人は、いつの間にか砥堀の住人になろうとしていた。
そしてその日。
宇野頼家と、その者たちには、新しい名が与えられた。
宇野作事衆。




