第12話 鉄砲を渡す
官兵衛たちが堺から戻って、
砥堀の屋敷にて、
松は官兵衛と向かい合って座っていた。
その前には、堺から運ばれてきた鉄砲が五挺。
官兵衛は先ほどから、それをじっと眺めている。
松はそんな官兵衛の様子を見ていた。
しばらくして、松が鉄砲の一挺を指先で示す。
「……あと、あんた」
「はい?」
「聞きたいことがあるんじゃないの?」
官兵衛は鉄砲を見る。
「これのこととか」
「…………」
図星だった。
堺から戻って以来、気になっていた。
なぜ松は、鉄砲を五十挺も集めようとしているのか。
なぜ、それだけではなく鉄砲鍛冶まで砥堀へ呼ぼうとしているのか。
官兵衛は、ようやく口を開いた。
「……何故、それほど買い集めるのですか?」
松は黙っている。
「鍛冶師まで、誘致するのですか?」
官兵衛の視線が、五挺の鉄砲へ落ちる。
松はしばらくその鉄砲を眺めていた。
そして――。
「……そうね」
ゆっくりと官兵衛へ視線を戻した。
「話しておきましょうか」
松は、目の前の鉄砲へ視線を落とした。
「何故、それほど買い集めるのですか」
官兵衛は改めて尋ねた。
「五十挺も。しかも鍛冶師まで砥堀へ呼ぼうとしている」
松は少し考える。
そして、官兵衛を見る。
「……あんたの力よ」
「私の?」
「そう」
官兵衛は意味が分からず、松を見る。
松は静かに続けた。
「あんたは高岡の防衛の折、使える手駒が少なかったでしょう?」
「……はい」
「それでも、あんたは戦を組み立てた」
官兵衛は黙った。
高岡での戦を思い出す。
兵の数。
配置。
地形。
そして、限られた手駒をどう使うか。
松は続ける。
「私は、あの戦を見ていて思ったのよ」
「何を?」
「**あんたに、もっと手数があればどうなるのかしらって**」
官兵衛が顔を上げる。
「……」
「今よりも多くの手段を持っていたなら」
松は鉄砲を指先で示す。
「もっと楽に勝てたのではないか、と」
官兵衛は、目の前の鉄砲を見つめた。
「……だから、これを?」
「ええ」
松は頷いた。
「一挺や二挺あったところで、戦に組み込むには少なすぎるでしょう?」
「そうですね」
「だから、まず五十挺」
松は五挺の鉄砲を見る。
「それだけあれば、どうにか使えるんじゃないかと思ったの」
官兵衛は少し考えた。
「……どう使うのですか?」
「知らないわ」
「…………」
あまりにもあっさりした返事だった。
官兵衛は松を見る。
「知らない?」
「ええ」
「では、なぜ買うのですか?」
「使えるようにするためよ」
「…………」
松は平然としている。
「どう使うかは、あんたが考えることだから」
官兵衛は思わず眉を寄せた。
「……丸投げですか?」
「そう」
松は即答した。
「**丸投げよ**」
「姉上……」
「だって、私は戦の指揮を執るわけじゃないもの」
松は鉄砲を指差す。
「私は、あんたが使えるように、鉄砲を揃える」
「鍛冶師も?」
「ええ」
「工房も?」
「必要でしょう?」
官兵衛は黙った。
松は淡々と続ける。
「壊れたら直せるようにする。弾も作れるようにする。使う人間も揃えられるようにする」
「そこまでは、私がやるわ」
「でも――」
松は官兵衛を見る。
「それを戦でどう使うかまでは、私には分からない」
官兵衛は目の前の鉄砲を見つめた。
松の言葉は、突き放しているようでいて、逆だった。
**「あなたなら考えられる」**
そう言われている気がした。
「でも――」
松は、鉄砲を見つめた。
「強くなりたいんでしょ?」
官兵衛は黙った。
その言葉は、以前にも聞いた。
高岡での戦。
そのあとの室津の襲撃の折り、おたつを救えなかったこと。
そして、堺で出会った村重。
自分は弱いと思っていた。
だが、村重に言われた。
自分には、命を懸けてついてきてくれる家臣がいる。
そして松もまた、自分の力を認めて鉄砲を用意してくれた。
「……はい」
官兵衛は答えた。
松は頷く。
「なら、自分で考えなさい」
「……」
「槍で強い隊が、そのまま弓で強いとは限らないでしょう?」
官兵衛は鉄砲を見る。
「……確かに」
「鉄砲も同じよ」
松は淡々と言った。
「鉄砲がどういう武器なのか」
「どんな使い方ができるのか」
「どんな隊なら使いこなせるのか」
松はそこまでは答えない。
「それを考えるのは、あんたよ」
官兵衛は五挺の鉄砲を見つめた。
「……分かりました」
「なら、考えなさい」
「はい」
官兵衛は一挺を手に取った。
ずしりとした重みが、手に伝わる。
これまで自分は、鉄砲をただの武器として見ていた。
だが――。
**武器が変われば、戦い方も変わる。**
ならば。
この五挺をどう使うか。
五十挺になったとき、何ができるのか。
それを考えるのは、自分の仕事だ。
松は立ち上がった。
「さて」
官兵衛が顔を上げる。
松は軽く伸びをする。
「私は私で、やることをしますか」
「姉上は?」
松は振り返る。
「それは、あんたが気にすることじゃないわ」
そう言って、松は部屋を出ていった。
官兵衛は一人、残された鉄砲を見つめる。
「……さて、どう使うか」
その目には、先ほどまでの迷いとは違うものが宿っていた。
官兵衛は、しばらく鉄砲を見つめていた。
五挺。
まだ五十には遠い。
だが、これをどう使うかは自分で考えなければならない。
「……姉上」
部屋を出ようとしていた松が振り返る。
「なに?」
「ありがとうございます」
松は少しだけ目を細める。
「何が?」
「鉄砲を用意してくれたことです」
「まだ五挺しかないわよ」
「それでもです」
官兵衛は鉄砲を手にしたまま答える。
「私が考えるためのものを、姉上は用意してくれた」
松は少し考える。
そして、
「なら、しっかり考えてください」
「はい」
松はそのまま部屋を出ていく。
一人になった官兵衛は、もう一度鉄砲を見る。
堺で聞いた銃声。
高岡での戦。
そして、村重の言葉。
自分には、まだ足りないものがある。
だが――。
足りないのなら、考えればいい。
官兵衛は鉄砲を置いた。
そして、紙を一枚取り出す。
「まずは……」
どこに置く。
何人で使う。
いつ撃つ。
撃ったあと、どうする。
一つずつ考え始める。
その頃。
廊下を歩いていた松は、ふと足を止めた。
襖の向こうから、何かを考える官兵衛の気配がする。
松は振り返らない。
「……さて」
小さく呟く。
「**私は私で、やることをしますか**」
松は再び歩き出した。
官兵衛には官兵衛の仕事がある。
そして――
松には、松の仕事がある。




