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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
弱い黒田

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第10話 堺の浪人

堺に滞在することになった官兵衛は、翌日から与助と武兵衛を連れて町を歩いていた。

港へ行けば、次々と船が入ってくる。

荷を運ぶ人足。

声を張り上げる商人。

店先で値を決める者。

官兵衛は、見るものすべてが珍しかった。


「……堺というのは、本当に人が多いな」

「はい」


与助は官兵衛の少し後ろを歩いている。

武兵衛も周囲を警戒しながら続く。

官兵衛は足を止め、遠くの船を見る。


「播磨から来た荷も、こうしてここへ集まるのか」

「そういうことです」

「そして、ここからまた別の場所へ?」

「ええ」


官兵衛は黙って考える。

砥堀から運ばれてきた荷が、飾磨を経て海を渡り、この町へ来る。

そしてまた、別の場所へ運ばれていく。

松が堺の商人と繋がっている理由が、少しずつ分かってきた。


「……面白いな」


そのまま三人は、町の外れへ向かって歩いていく。

城下とは違い、建物もまばらになってきた。


官兵衛が、


「この先には何がある?」


と尋ねた、そのときだった。

与助が足を止めた。


「……若」

「どうした?」


与助は町の外へ目を向ける。


「少し、戻りましょう」


官兵衛もそちらを見る。

遠くに、数人の男たちがいる。

どう見ても堅気の者には見えない。


そして――。


**カン、カン、カン――。**


高いところから、鐘の音が鳴り響いた。

官兵衛が振り返る。


「……何だ?」


与助は落ち着いたまま答えた。


「野盗を見つけたのでしょう」

「野盗?」

「はい」


そして、


> **「町の中へ避難しましょう」**


と官兵衛を促した。


与助に促され、官兵衛たちは来た道を戻り始めた。

すると、町の外へ出ていた人々も、鐘の音を聞いて次々と戻ってくる。



人々は慌ててはいる。

だが、混乱しているわけではない。

鐘が鳴れば何をすべきなのか、皆が知っているようだった。

官兵衛はその様子を眺めていた。


「……ずいぶん慣れているな」


与助が答える。


「堺では、珍しいことではないのでしょう」

「野盗が出ることが?」

「そういうこともあるのでしょう」


そのとき、向こうから一人の男が歩いてきた。

避難する人々の流れとは逆に、町の外から戻ってきたところらしい。

男は官兵衛と肩がぶつかる。


「おっと、すまんな、兄ちゃん」

「大丈夫か?」

「ああ」


男は官兵衛の姿を見て、少し目を細めた。


「……侍か」


官兵衛が答える。


「そうだ」


男は少し笑った。


「今は浪人だがな」

「浪人?」

「ああ」


男は名乗った。


「**荒木村重と申す**」


官兵衛は、その名を聞いて男を見る。

村重は特に気負う様子もなく、町の中へ向かって歩き始めた。

官兵衛もその横に並ぶ。


「なぜ浪人なんかしているんだ?」


村重は少しだけ振り返った。


「そら――」


そして、何でもないことのように答えた。


「**近隣の国の情勢を見極めてるのさ**」

「情勢を?」

「ああ」


村重は笑った。


「おれは必ず――」


一度、堺の町を見渡す。


「**一国一城の主になるからな**」


官兵衛は村重を見る。

大言壮語にも聞こえる。

だが、村重は冗談を言っているようには見えなかった。



「一国一城の主になるからな」


官兵衛は村重の顔を見た。


「……そうか」


村重は笑った。


「なんだ、その顔は」


「いや。まだ浪人なのに、ずいぶん先のことを考えていると思ってな」


「だから浪人なんだよ」


村重は肩をすくめた。


「仕える先を間違えたくない。これからどこが伸びるのか、それを見ているのさ」


そのとき――。


**ぐぅぅぅ……**


大きな腹の音が響いた。


官兵衛が村重を見る。


村重は腹を押さえた。


「……二日、食ってないからな」


「二日?」


「ああ」


「そうか」


官兵衛は少し考えた。


そして、


「……飯、食うか?」


村重が官兵衛を見る。


「いいのか?」


「ああ」


村重は笑った。


「ありがたい」


与助と武兵衛も、村重とともに町の中へ向かう。


避難のために人が集まっている場所へ入り、ひとまず腰を落ち着ける。


村重は出された飯を、遠慮なく食べ始めた。


「……うまい」


よほど腹が減っていたのだろう。


あっという間に食べ終える。


そして一息つくと、官兵衛を見る。


「ところで、官兵衛殿は何用で堺に?」


官兵衛は少し考えた。


「……ただの気分転換だ」


「気分転換?」


「ああ」


官兵衛はため息をつく。


「姉に、堺でも見てこいと叱られてな」


村重は目を丸くした。


そして、


「はははは!」


と笑い出した。


「叱られて堺まで来たのか!」


「……そうだ」


「そりゃ面白い姉さんだ」


村重は笑いながら官兵衛を見る。


「その姉、美人か?」


官兵衛の顔が止まった。


「…………」


村重が首を傾げる。


「どうした?」


官兵衛は何とも言えない顔で黙り込んだ。



## 第10話「堺の浪人」――後半


「その姉、美人か?」


官兵衛は黙った。


あまりにも即物的な問いだった。


「……」


村重が不思議そうに首を傾げる。


「なんだ?」


そのとき、後ろから武兵衛が口を挟んだ。


「美人ですよ」


官兵衛が振り返る。


「おい」


「何をおっしゃいます」


武兵衛は平然としている。


「主家の殿がお認めになった黒田の姫なのですから、美人です」


「だからといって、あれを美人というな」


「なぜです?」


武兵衛は不思議そうな顔をする。


「それに、ほかの家臣たちも姫は美人だと皆言っております」


官兵衛は頭を抱えた。


「……余計なことを」


村重は腹を抱えて笑う。


「はははは!」


そして、官兵衛の肩を叩いた。


「いいじゃないか!」


「美人の姉さんなんだろ?」


「……まあ」


官兵衛は渋々答える。


村重は楽しそうに笑った。


「おれは美人は好きだぞ」


「……そうか」


「見てみたいもんだ」


その会話を聞いていた与助が、静かに口を開く。


「村重殿」


「ん?」


「姫様に会われる機会があれば、くれぐれも失礼のないように」


「分かってるさ」


村重は笑った。


「しかし、官兵衛殿」


「なんだ?」


「ずいぶんと大事にされているじゃないか」


官兵衛は一瞬、言葉を失った。


「……大事に?」


「ああ」


村重は笑う。


「姉さんに叱られて、飯を食わせてもらって、家臣まで命を懸けてついてくる」


官兵衛は与助と武兵衛を見る。


二人とも、何も言わない。


村重は続けた。


「いいじゃないか」


その言葉が、官兵衛の胸に残った。



## 第10話「堺の浪人」――ラスト


「いいじゃないか」


村重は笑った。


「姉さんに叱られて、家臣まで命を懸けてついてくる」


官兵衛は、与助と武兵衛を見る。


二人とも、いつものように自分の後ろにいる。


官兵衛はふと、お辰を救えなかった日のことを思い出した。


あの日からずっと、自分は弱いと思っていた。


兵が足りなかった。


黒田が小さかった。


だから救えなかった。


だが――。


「……村重殿」


「なんだ?」


「あなたと話せてよかった」


村重が首を傾げる。


官兵衛は懐から銭を取り出した。


「これを持っていってください」


「若!」


武兵衛が驚く。


与助も目を見開いた。


村重は差し出された銭を見る。


「いいのか?」


「ああ」


官兵衛は頷いた。


「**気づかせてくれた礼だ**」


「何に?」


官兵衛は少しだけ二人の家臣を見る。


「私にも、支えてくれる者がいることに」


村重は黙った。


官兵衛は続ける。


「私は、自分が弱いことばかり考えていた」


「だが……」


与助を見る。


「私のために命を張ると言ってくれる者がいる」


そして武兵衛を見る。


「それを、私は当たり前のことだと思っていたのかもしれない」


村重はしばらく官兵衛を見つめた。


やがて銭を受け取る。


「……そうか」


そして笑う。


「ありがたい」


銭を懐へ入れると、


「必ず返すからな」


少し考え――。


「返すときには十倍にして返すからな」


「若~~!」


武兵衛が頭を抱えた。


「松姫様のお土産のための銭が……」


官兵衛が固まる。


「……」


与助も何も言わない。


官兵衛は懐を探る。


そして、小さく息を吐いた。


「……まあ、いい」


武兵衛が驚く。


「いいのですか?」


官兵衛は村重を見る。


「**気づかせてくれた礼だ。姉上も納得してくれるさ**」


村重は笑った。


「そうか!」


そして立ち上がる。


「なら、いつか必ず十倍にして返す」


官兵衛も立ち上がる。


「楽しみにしている」


村重は笑いながら歩き出す。


まだ、ただの浪人。


だが、その背中には迷いがない。


「おれは必ず、一国一城の主になるからな!」


官兵衛はその背中を見送った。


そしてふと、自分の後ろを見る。


与助。


武兵衛。


――自分にも、いる。


自分についてきてくれる者が。


官兵衛は、ほんの少しだけ胸を張った。


**「……私も、強くならなければな」**


堺の町には、まだ鐘の音が響いていた。


――第10話・了。




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