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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて天下を目指させます~』  作者: カワカン
弱い黒田

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第3話 松姫、御着へ

職隆から縁談の話を聞かされた松は、御着へ呼び出されることになった。

相手は浦上。

赤松宗家の義祐が仲介する、小寺と浦上の婚姻同盟。

断れば、小寺だけの問題では済まない。


それでも職隆は、


「断ってくれ」

「お前は、黒田の外に出したくない」


そう言った。

松は、その言葉を思い出しながら御着へ向かっていた。

やがて小寺の御着城が見えてくる


今日は、いつもの登城とは違う。

小寺家の当主、政職。

櫛橋左京亮伊定。

江田。

小河。

そして黒田当主である職隆と、松の養父である休夢。

小寺家と黒田家の上層部が、一堂に集まっている。


「……ずいぶん大げさね」


松は小さく呟いた。

やがて案内されたのは、評定の間だった。

襖の向こうから、家臣たちの声が聞こえる。

松は一度だけ息を整えた。


そして――。


「松様、お入りください」


声に従い、松は静かに襖を開いた。

評定の間に、幾人もの視線が集まる。

松はその視線を受けながら、ゆっくりと前へ進んだ。

そして、座の中央で膝をつき、深く頭を下げた。


「松、参りました」


しばしの沈黙。

やがて、正面から声が落ちてくる。


「面を上げよ」


松はゆっくりと顔を上げた。

正面に座る小寺政職と目が合う。

政職は、しばし松の顔を眺めていた。


「ほう……」


思わず、声が漏れる。


「これが、松姫か」


その横からも声が上がる。


「なるほど……器量よしだな」

「職隆殿が嫁に出したくないほどの娘か」


松は何も言わず、静かに座っている。

その様子を見ながら、政職は小さく笑った。


「いい姫だな」


職隆は隣で黙っている。

休夢もまた、何も言わない。

松は周囲の視線を一通り受け止めると、わずかに頭を下げた。

その様子を見て、櫛橋左京亮伊定が口を開く。


「では、話を始めましょう」


評定の間にいた者たちの視線が、再び松へ集まった。

櫛橋は穏やかな声で切り出した。


「松殿」

「はい」

「浦上へ、嫁いでくれんか?」


松は一瞬も迷わなかった。


「謹んで、お断り申し上げます」


――沈黙。


評定の間から、音が消えた。


「……いま、なんと?」


政職が聞き返した。

松は姿勢を崩さない。


「ですので、お断りさせていただきますと申し上げました」


あまりにも迷いのない返答だった。

政職はしばらく松を見つめ、それから小さく笑った。


「ほほ……」

「なかなか肝の据わった娘だな」


そして、隣に座る職隆へ目を向ける。


「職隆殿」


職隆は静かに頭を下げた。


「左様でございます」

「この娘、松は外に出したくとうございません」


その言葉に、江田が眉を寄せた。


「……納得がいかんな」


職隆を見る。


「行ってもらわねば困るでしょう」

「赤松宗家の義祐様が仲介された婚姻同盟ですぞ」

「ここで断れば、宗家の顔に泥を塗ることになる」


職隆は動じない。


「そうなろうとも、黒田はこの松を出せません」

「ほかでお願いしとうございます」


江田は松へ目を向けた。


「いまいち分からん」

「この娘のどこに、黒田の家の存亡まで懸けて主家に反対するほどのものがある?」


松は黙って聞いていた。

江田は続ける。


「ただ、見た目のよい娘ではないか」

「それに、職隆殿のご正室の娘でもない」

「妾の子であろう」

「主家の面目を踏みにじってまで守るほどの道理が、どこにある?」


その言葉に、松が初めて顔を上げた。


「……お言葉ですが」


評定の間にいた者たちが、松を見る。


「私に、価値がないと仰せですか?」


松は政職をまっすぐ見つめた。


「お言葉ですが、私に価値がないと仰せですか?」


政職は少し眉を上げる。


「そうは言っておらん」

「では――」


松は静かに続けた。


「主家に恥をかかせてまで守る価値はない、と仰せなのですね」


政職は少し考えた。


「……そういうことだ」


松は黙って政職を見る。

そして、ふっと表情を緩めた。


「では」

「私が、私自身の価値を示せば」


一同が松を見る。


「ご納得いただけると?」


政職が小さく鼻で笑う。


「ふん」

「どのような価値であろうと、主家である小寺、そして赤松宗家の縁談を断るほどの価値があるとは思えぬが」


松は頭を下げる。


「では、私が皆様に見ていただきましょう」

「……何を?」

「私の価値を、でございます」


政職は少し面白そうに松を見る。


「よく言う」


松は動じない。


「では、私が皆様を接待いたしましょう」

「接待?」

「はい」


松は一人ずつ、評定の間に並ぶ男たちを見る。


「それで、私の価値を見ていただきとうございます」


しばしの沈黙。

政職が笑った。


「よく言った」


松はそのまま続ける。


「五日後、砥堀の黒田屋敷にて、おもてなしをさせていただきとうございます」


そして確認するように、出席者を順に見た。


「お越しになられるのは――」

「小寺の殿」

「櫛橋殿」

「江田殿」

「小河殿」

「黒田当主の父上」


最後に、


「それに、わたくしの養父」


休夢を見る。


「この六名で、よろしゅうございますか?」


政職はしばらく松を見つめていた。

やがて、口元をわずかに上げる。


「……よかろう」


松は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


顔を上げた松の目には、迷いがなかった。


「では五日後、砥堀にて」


そして、静かに言い切る。


「あなた方に、わたくしの価値を見ていただきましょう」



評定の間に、しばし沈黙が流れた。

先ほどまで「ただの器量のよい娘」と見ていた者たちも、今は松を見つめている。

政職が口を開いた。


「……五日後、か」

「はい」

「よかろう。どれほどのものを見せてくれるのか、楽しみにしておこう」

「ありがとうございます」


松は静かに頭を下げた。

そして、ゆっくりと立ち上がる。


「では、私はこれにて」


松が評定の間を出ていく。


しばらく誰も口を開かなかった。

やがて江田が、ぽつりと言う。


「……あの娘、本当に何者なんだ?」


職隆は答えない。

ただ、去っていった後を見つめていた。


休夢も同じだった。

政職はそんな二人を見て、少し笑う。


「なるほど」

「職隆殿が、外へ出したくないと言う理由……」


そこまで言って、政職は言葉を切った。


「五日後に分かる、ということか」


誰も答えなかった。


ただ――。


五日後。


砥堀の黒田屋敷で、松が何を見せるのか。

それだけが、評定の間に残っていた。



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