第1話 赤松宗家からの使者
高岡の戦から、しばらくが経った。
小寺も赤松政秀も、あれから大きく兵を動かしてはいない。
高岡をめぐる戦が終わったわけではない。
赤松政秀は健在であり、小寺側も決定的な勝利を得たわけではなかった。
ただ――季節が変わった。
田畑では、収穫の時期を迎えている。
戦のために集められていた兵たちも、いつまでも村を空けているわけにはいかない。
一人、また一人と、それぞれの土地へ戻っていく。
小寺も赤松も、今は戦を続けるより、田畑を守ることを優先せざるを得なかった。
高岡の周囲にも、戦場とは違う時間が流れ始めていた。
――戦が終わったわけではない。
ただ、今は戦えない。
そんな実質的な休戦状態だった。
そして、その静けさの中。
御着の小寺家へ、一人の使者が訪れた。
「赤松宗家より、政職様へお話がございます」
その言葉に、小寺政職は眉を上げた。
「赤松宗家から?」
使者は静かに頭を下げる。
「はい」
差し出された書状には、赤松宗家・義祐の名が記されていた。
政職はそれを受け取る。
高岡で赤松政秀と戦ったばかりだというのに――。
今度は、その赤松宗家から話が持ち込まれたのである。
御着の評定の間。
政職は、受け取った書状をゆっくりと開いた。
そこに記されていたのは、赤松宗家・義祐からの申し入れだった。
室津を治める浦上との関係を深め、小寺と浦上を婚姻によって結びつけたい。
その仲介を、赤松宗家として行いたいという。
政職は書状から顔を上げた。
「……浦上との縁組か」
その場には、櫛橋左京亮伊定、江田ら小寺の重臣たち。
そして黒田職隆もいる。
政職は書状を畳んだ。
「義祐様が、浦上との間を取り持つということか」
使者が頭を下げる。
「はい。両家が結びつけば、播磨の安定にもつながるとのお考えです」
政職は腕を組んだ。
高岡で政秀と刃を交えたばかりだ。
その一方で、赤松宗家は浦上との縁組を持ちかけてきた。
「皆は、どう思う?」
評定の間に、静かな沈黙が落ちた。
職隆が口を開いた。
「私は、慎重になさるべきかと」
政職が職隆を見る。
「理由は?」
「浦上と結ぶとなれば、赤松政秀を刺激することになります」
職隆は静かに続ける。
「高岡での戦は、決着したわけではありません。今は農繁期ゆえに兵を動かしていないだけです」
「ここで浦上と結べば、政秀がどう受け取るか分かりません」
政職が黙って聞いていると、江田が口を挟んだ。
「しかし、だからこそではありませんか」
職隆が江田を見る。
「浦上と小寺が手を結べば、政秀も容易には動けなくなる」
「室津と小寺で、政秀を締め上げればよいのです」
別の家臣も頷いた。
「高岡では守り切りました。ならば今度は、味方を増やしておくべきでしょう」
職隆は反論せず、家臣たちの言葉を聞いていた。
政職はしばらく考え込む。
やがて――。
「……確かに、試案のしどころだな」
政職は顔を上げた。
「よし」
一同が政職を見る。
「浦上との縁組を受けよう」
職隆がわずかに目を見開いた。
「殿……」
政職はあっさりと続ける。
「義祐様が仲介される話だ。悪い話ではあるまい」
こうして小寺は、赤松宗家の仲介による浦上との婚姻同盟を受けることになった。
――だが。
同盟を結ぶとなれば、次に決めなければならないことがある。
**誰を嫁に出すのか。**
政職は、話を進めようとした。
「では、婚姻する相手を決めねばならんな」
江田が頷く。
「はい。ですが……」
少し言い淀んでから続けた。
「御着には、頃合いの姫がおりません」
政職が眉を寄せる。
「そうであったな」
小寺本家に、今回の縁組にちょうどよい年頃の娘はいない。
ならば、小寺の一門まで候補を広げるしかない。
「一門から探すか」
「それがよいでしょう」
家臣たちが候補を考え始める。
その中で、江田がふと口を開いた。
「……黒田では?」
職隆の顔がわずかに強張った。
「黒田?」
「はい」
江田は続ける。
「御着からも近い。室津とのことを考えても、黒田が一番都合がよいでしょう」
「それに――」
江田が職隆を見る。
「黒田には、ちょうどよい年頃の姫がおります」
職隆は黙った。
政職も、その沈黙で察する。
「……松か」
職隆はすぐには答えなかった。
やがて、低い声で言う。
「……その話は、少し考えさせていただきたい」
政職が首を傾げる。
「何か問題があるのか?」
職隆は答えなかった。
ただ、松の顔を思い浮かべていた。
そして評定の間には、妙な沈黙が残った。
政職は、職隆の様子を見ていた。
「……黒田の姫では、難しいのか?」
職隆は少し考えてから答える。
「難しい、というより……」
そこで言葉を切る。
「本人に聞かずに決めるわけにはまいりません」
櫛橋左京亮伊定が頷く。
「それがよいでしょう」
そして職隆を見る。
「まずは、本人の意思を確かめることです」
政職も頷いた。
「うむ」
江田が尋ねる。
「では、黒田には改めて話を?」
「いや」
職隆が立ち上がる。
「私から話してみます」
評定はそこで終わった。
御着を出た職隆は、砥堀へ向かう。
道中、何度も松の顔が頭に浮かんだ。
政略の話だ。
断れば、それなりの意味を持つ。
受ければ、松を黒田の外へ出すことになる。
「……さて、どうするか」
職隆は小さく呟いた。
まだ松には何も伝えていない。
だが――。
**浦上との婚姻同盟は、黒田の姫を巻き込むところまで来ていた。**
その姫の名を、松という。
そして次の話で、その本人に話が持ち込まれることになる。




