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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて天下を目指させます~』  作者: カワカン
高岡合戦

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SS 休夢斎

高岡合戦から、しばらくが経った。

砥堀では、松が連れてきた二百人の捕虜たちが、今日も普請に追われている。

松はその様子を見ながら、ふと思った。


「……お養父様に相談しよう」


砥堀の仕事も、少しずつ片付いてきている。

川浚え。

道普請。

荷運び。

水路の整備。

二百人もいれば、仕事の進みは早い。

だからこそ、松には新しい仕事が必要だった。

高友の姿を見つける。

松はいつものように、その横へ歩いていった。


「お養父様、あのね」


高友が振り向く。


「どうした?」


松は高友のすぐ横まで寄る。


「宇野頼家にやらせている砥堀での普請なんだけど」

「ああ」

「やることが減ってきているのよ」


高友は松を見る。


「それで?」


松は少しだけ顔を上げた。


「だから、本家に仕事を回してもらえない?」


いつものことだった。

困ったことがあれば養父に相談する。

松にとっては、それだけのこと。

高友も、いつものように答えようとした。


だが――。

すぐ隣にいる松を見て、高友はほんの一瞬、言葉を失った。



高友は、その場を離れた松の背中をしばらく見送っていた。

先ほど触れられた袖の感触が、妙に残っている。


「……」


高友は小さく息を吐いた。

これまでなら、何とも思わなかった。

松が隣に座ることも。

肩を寄せて話すことも。

酒を注がれることも。

それが今は、少し違って感じられる。

高友は目を閉じた。


「……いかんな」


それだけ呟く。

松に何か落ち度があるわけではない。

いつも通りなのだ。

変わったのは、自分のほうだった。


その日の夕刻。

松と高友はいつものように酒を飲んでいた。

松が徳利を手に取る。


「お養父様、お酒を」


松が盃へ注ごうとする。

高友は、静かに手を上げた。


「いや」

「……?」


松が止まる。

高友は、少し離れたところに置かれた徳利を指した。


「そっちの酒をもらおう」

「そっち?」

「ああ。女中が持っている方を」


松は不思議そうに高友を見る。


「……そう」


女中が徳利を取り、高友の盃へ酒を注ぐ。

高友は何事もなかったように酒を口にした。

松は黙って、その様子を見ていた。



高友は、それ以上何も言わなかった。

松も、少しだけ不思議そうにしていたが、深くは考えなかった。


いつもなら自分が注いでいた。

ただ、それだけのことだった。


――その翌日。

松は庭で高友を見つけた。


「お養父様」


声をかけながら、いつものように横へ行こうとする。

だが、高友が一歩だけ横へ退いた。


「……?」


松が足を止める。

高友は何事もなかったようにしている。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


松は首を傾げる。

それでも高友の横へ行こうとすると、またほんの少しだけ距離が開く。

松は高友の顔を見る。


「お養父様、最近なんだか変ね」

「そうか?」

「ええ」


高友は笑った。


「気のせいだろう」


松は納得しきれない顔をした。

だが、それ以上は聞かなかった。

高友はそんな松を見て、静かに目を伏せる。

自分から距離を取らなければならない。


そう思っていた。

それでも松は、何も知らない。

いつものように近づいてくる。

いつものように頼ってくる。

そのたびに、高友は一歩だけ後ろへ下がった。


翌朝。

松が庭へ出ると、高友が一人で立っていた。


「お養父様」


声をかける。

高友が振り返る。


「松か」


松はいつものように近づこうとした。


だが――。

高友が、また半歩だけ退いた。


「……?」


松は足を止めた。

昨日もそうだった。

酒を注ごうとすれば、「そっちの酒をもらおう」と言われた。

隣に行こうとすれば、少しだけ離れられる。


「お養父様……?」


高友は松を見て、穏やかに笑った。


「どうした?」

「……ううん」


松は、それ以上聞かなかった。


その日の夕方。

松が屋敷へ戻ろうとしたところで、高友の姿を見つけた。


しかし――。

その頭は、きれいに丸められていた。


「……お養父様?」


高友は振り返る。


「驚いたか」


松は、しばらくその頭を見つめた。


「どうしたの?」


高友は静かに答えた。


「これは、出家だ」

「出家……?」

「ああ」


高友は穏やかに笑う。


「仏に仕えようと思うんだ」


松はしばらく黙っていた。


「……なんで?」


高友は答えなかった。

ただ、松との間にある半歩の距離を、そのまま保っている。


「これからは、休夢斎と名乗るから」

「……そう」


松は小さく頷いた。

理由は分からない。

ただ、昨日まで当たり前だった距離が、今日から変わってしまった。

高友は静かに松から目を逸らす。


そして、もう一度だけ、半歩下がった。



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