第八話 高岡合戦 嵐
高岡から赤松を追ってきた黒田の先発隊は、夢前川へとたどり着いていた。
川の向こうには、すでに赤松の本隊が渡り終えている。
「赤松は?」
職隆が川向こうを見ながら尋ねる。
「すでに渡河を終え、先へ退いております」
「そうか」
職隆は川を見た。
まだ、渡れないほどではない。
「先に渡るぞ」
黒田の兵たちが、次々と夢前川へ入っていく。
濡れた足場に注意しながら、一人、また一人と対岸へ渡っていく。
やがて最後の兵が川を渡り終えた。
その頃、後方から新たな兵の一団が姿を現した。
小寺の本隊だった。
「小寺の殿が来られました」
職隆は振り返る。
「ならば、こちらで待つぞ」
黒田の兵たちは川岸に残り、小寺本隊の渡河を待った。
小寺本隊が、次々と夢前川へ入っていく。
先に渡った黒田の兵たちは、対岸でその様子を見守っていた。
「急ぐな!」
「足元に気をつけよ!」
川の流れに足を取られぬよう、兵たちは慎重に進んでいく。
やがて、小寺の兵たちも一人、また一人と対岸へ上がってきた。
政職も川を渡り終える。
「黒田の殿、待たせたな」
「いえ」
職隆が頭を下げる。
黒田と小寺の兵が、対岸で一つの隊列になっていく。
その頃には、空を覆う雲がさらに厚くなっていた。
ぽつり。
職隆の頬に雨粒が落ちる。
「……雨か」
もう一粒。
そして、次第に雨脚が強くなっていった。
高友が空を見上げる。
「日も、もう長くはありますまい」
西の空は、すでに夕暮れの色へ変わり始めていた。
職隆は赤松が去っていった方角を見る。
このまま追えば、夜道になる。
雨も、これからさらに強くなりそうだった。
やがて、小寺の兵たちも渡河を終えた。
黒田の兵と小寺の兵が、対岸で一つにまとまっていく。
職隆は周囲を見渡した。
すでに日は傾き始めている。
先ほどまでの雨は、次第に強くなっていた。
「……もう日が暮れ始めているな」
高友が空を見上げる。
「この雨では、夜道を追うのも難しいでしょう」
職隆は赤松が退いていった方角へ目を向けた。
ここから先へ進めば、暗闇の中を行軍することになる。
しかも、雨はまだ強くなりそうだった。
「今夜はここまでだ」
職隆が決める。
「ここで夜を越す」
「ですが、川のそばでは……」
高友が夢前川を見る。
職隆も頷いた。
「分かっている」
増水する可能性もある。
ならば、川から少し離れた場所で夜を越す必要がある。
「少し西へ移るぞ」
職隆が周囲を見渡す。
「木々のある場所を探せ」
兵たちが動き始める。
やがて、雨を遮れそうな木々がまとまった場所が見つかった。
黒田と小寺の兵たちは、そこへ移動していった。
夜が深くなるにつれて、雨はさらに激しくなっていった。
風まで強まり、木々が大きく揺れている。
「これは……」
高友が空を見上げる。
枝葉の隙間から落ちてくる雨は、先ほどまでとは比べものにならない。
兵たちは木々の下で身を寄せていた。
それでも雨を完全に避けることはできない。
衣服は濡れ、武具にも水が染み込んでいく。
「火を起こせ!」
兵の一人が声を上げる。
だが、濡れた薪ではなかなか火がつかない。
ようやく火がついても、吹きつける風と雨ですぐに弱くなってしまう。
職隆は、兵たちの様子を見て回った。
「無理に火を起こすな」
「濡れたままでも、できるだけ身体を寄せておけ」
「明日になれば、雨も弱まろう」
そう言いながらも、職隆自身も眠れるような状況ではなかった。
雨音が絶え間なく響いている。
木々が風に揺れる音が、その合間に重なる。
高友も兵たちの様子を見て回っていた。
「皆、かなり濡れておりますな」
「……ああ」
職隆は短く答えた。
雨は、夜が明けるまで降り続いた。
夜が明けた。
しかし、雨は止んでいなかった。
昨夜の嵐で、木々からは絶え間なく水が落ちている。
地面は泥に覆われ、兵たちの足元もひどくぬかるんでいた。
職隆は起き上がった兵たちを見渡す。
濡れた衣服をまとい、疲れ切った顔をしている者が多い。
「隊の状況は?」
家臣が答える。
「兵が雨に打たれ続けており、疲弊しております」
職隆は黙って兵たちを見た。
これでは、追撃どころではない。
「川は?」
「増水しております」
「すぐには渡れないかと」
職隆は夢前川へ目を向けた。
昨日渡った川とは、まるで別の川になっている。
濁った水が、激しい流れとなって川幅いっぱいに流れていた。
「まだ降っているのか」
「はい。今は小雨ですが、まだ続いております」
職隆はしばらく黙っていた。
赤松はすでに先へ退いている。
こちらは川を渡った。
だが、兵は疲れ、川は増水している。
「……動けんな」
職隆は、そう呟いた。
「今日は、休ませるしかないな」




