第七話 高岡合戦 追撃
高岡を出た職隆と高友の隊は、赤松の先鋒を追っていた。
雨が降り始め、山道は少しずつぬかるみ始めている。
それでも、兵たちの足は止まらない。
赤松の先鋒が退いた。
その知らせを受けた以上、ここで逃がすつもりはなかった。
「急げ」
職隆が前を向いた。
「追いつくぞ」
そのとき、前方の山道から兵の一団が姿を現した。
先頭にいるのは、母里小兵衛だった。
「母里か」
職隆が馬を止める。
小兵衛も足を止めた。
「おう、殿」
「どうなった?」
職隆が尋ねる。
小兵衛は、ここまでの出来事を簡潔に報告し始めた。
「撤退した先鋒と、後詰めが谷で鉢合わせましてな」
「ほう」
「そこで攻撃をかけました」
高友が眉を上げる。
「それで?」
「敵は混乱しましたが、深追いはしておりません」
「そうか」
職隆は頷いた。
「その判断でよい」
小兵衛は後ろを振り返る。
「それと、ここから先はこの者をお使いください」
一人の男が、職隆の前へ進み出た。
「松姫様の目と耳です」
職隆は男を見た。
ただの兵には見えない。
身なりも目立つものではない。
だが、戦場の中で敵の動きを探り、必要な情報を持ち帰る役目を担っている。
職隆は男を見ながら、ふと思った。
――松は、草の者までも持っているのか。
だが、それを口には出さなかった。
「分かった」
職隆は前を向く。
「では、進め」
「はっ」
小兵衛たちは、その場で道を分かれた。
職隆と高友の隊は、そのまま赤松の後を追っていく。
雨が、少しずつ強くなっていた。
山道には、先ほどまで赤松の兵が通っていた跡が残っていた。
折れた枝。
踏み荒らされた草。
泥に残る無数の足跡。
「まだ遠くはない」
高友が足元を見ながら言う。
「ええ」
職隆も頷いた。
そのとき、後ろから先ほどの男が追いついてきた。
「申し上げます」
「何だ」
「赤松本体がが、夢前川を渡ております」
職隆が顔を上げる。
「夢前川か」
「はい」
「こちらから見えるか?」
「まだでございます」
男は少し先の山道へ目を向ける。
「ですが、このまま進めば渡河地点へ出ます」
職隆は頷いた。
「ならば急ぐぞ」
兵たちが足を速める。
しかし、雨は次第に強くなっていた。
山道に水が流れ始め、足元が滑る。
それでも赤松を追う。
やがて前方から、黒田の先鋒が戻ってきた。
「申し上げます!」
伝令が馬を止める。
「赤松の殿です!」
「どうした」
「道を塞がれております!」
職隆の表情が変わる。
「敵か?」
「はい。井上様の隊が対応しております!」
職隆は前方を見る。
そのまま進めば、井上の隊と赤松軍がぶつかっている場所へ出る。
「……足止めか」
高友が言う。
「ここで時間を使えば、赤松に渡河する時間を与える」
職隆はそう言って、先ほどの男を見る。
「別の道はあるか」
男はすぐに答えた。
「ございます」
「案内できるか」
「はい」
職隆は頷いた。
「よし」
そして前方へ顔を向ける。
「井上には、そのまま対応させておけ」
「我らは迂回する」
兵たちが進路を変える。
赤松を追うために、職隆たちは別の道へ入っていった。
先ほどまでの道よりも細く、兵が一列にならなければ通れない場所もある。
それでも、先ほどの道で井上の隊と赤松軍がぶつかっている間に、こちらは先へ進める。
「この道で間違いないか」
職隆が尋ねる。
「はい。抜ければ夢前川へ出ます」
松姫の「目と耳」を名乗った男が答える。
職隆は頷いた。
「急ぐぞ」
兵たちが足を速める。
やがて木々の間から、川面が見えてきた。
夢前川だった。
だが、すでに赤松の兵が川を渡っている。
「……遅かったか」
職隆が呟く。
対岸には、次々と渡河していく赤松の兵が見える。
高友も川を見つめた。
「もう本隊も渡り始めているな」
「ええ」
職隆は周囲を見渡した。
ここで無理に川へ入れば、隊列が崩れる。
しかも雨で川の流れも少しずつ強くなっている。
「後続を待つ」
職隆が決めた。
「我らだけで渡る必要はない」
兵たちが足を止める。
「渡る準備だけしておけ」
「はっ」
兵たちは川岸へ集まり始めた。
濡れた旗が風に揺れる。
雨脚は、先ほどよりも強くなっていた。
しばらくすると、後方から兵の姿が見えてくる。
高友が振り返る。
「集まってきたな」
職隆も頷いた。
「よし」
職隆は川の向こうを見た。
赤松は、すでに渡河を終えつつある。
だが、ここで追撃を止めるわけにはいかない。
「いくぞ」
兵たちが動き始める。
夢前川を渡る準備が整えられていった。
職隆は川の向こうを見つめる。
赤松の兵は、すでに渡河を終えつつあった。
「どこまで下がったか、分かるか」
職隆が、松姫から預かった男へ尋ねる。
男はしばらく川向こうを見つめていた。
「青山まで下がっております」
「青山か」
「はい。そこで隊列を整えているようです」
職隆は黙って考えた。
青山まで下がった。
ならば、赤松もただ逃げているわけではない。
夢前川を渡り、隊をまとめ、次の戦に備えている。
「野戦になるな」
高友が職隆を見る。
「でしょうな」
職隆は頷いた。
「ならば、こちらも備える」
そのとき、後方から新たな兵の一団が見えた。
小寺の本隊だった。
「来たか」
職隆が馬上から身を起こす。
小寺の兵が次々と川岸へ集まってくる。
「渡るぞ」
職隆が声を張る。
「向こう岸で隊を整える!」
兵たちが一斉に動き始めた。
雨はさらに強くなっていた。
それでも誰も足を止めない。
夢前川へ、兵たちが入っていく。
その先に待つのは、青山で隊を整える赤松軍。
高岡で始まった戦は、まだ終わっていなかった。




