SSH在田への援軍
砥堀の屋敷で、松は帳簿を見ていた。
そこへ、慌だしい足音が近づいてくる。
「姫様!」
女中のはるが、急いだ様子で部屋へ入ってきた。
「どうしたの?」
「在田より、急ぎの知らせが届いております」
「在田?」
松は帳簿から顔を上げた。
「はい。赤松政秀方の兵が、在田の領地を襲ったとのことです」
「……襲撃?」
「はい」
はるの後ろから、松の配下が一人入ってくる。
「詳しく」
「はっ。敵は突然現れ、在田の村々を襲っております。建物にも火をかけたとのこと」
「在田の兵は?」
「応戦しておりますが、押されているようです」
松は立ち上がった。
「養父様は?」
「すでにお呼びしております」
「そう」
松はしばらく考えた。
在田が落ちれば、高岡に影響が出る。
それに――。
「援軍を出しましょう」
配下の者が頭を下げる。
「はっ」
「養父様には兵を集めてもらって」
「姫様もお出になるので?」
「ええ」
松は立ち上がり、外へ目を向けた。
「間に合ううちに行きましょう」
松が外へ出ると、すでに高友が兵を集めていた。
「聞いたぞ」
「ええ。在田が襲われているそうです」
「政秀の兵か」
「そのようです」
高友は集まった兵を見渡した。
「どれほど連れていく?」
「必要なだけ」
松は答える。
「まずは在田を助けることが先よ」
高友は頷いた。
「分かった。すぐに出るぞ」
「それと」
松は後ろを振り返る。
そこには、戦の支度を整えた衛生兵たちがいた。
「この者たちも連れていくわ」
「またか」
「怪我人が出るでしょう?」
「……そうだな」
高友は苦笑する。
「お前は戦に行くたび、兵より先に怪我人のことを考えるな」
「怪我をした人を放っておく理由がないもの」
松は馬にまたがる。
「それに、在田の兵が残っているなら、助けたほうがいいわ」
高友も馬に乗った。
「では、行くぞ」
「ええ」
こうして、砥堀黒田家の援軍は在田へ向かった。
在田へ向かう道中、前方から兵が駆けてきた。
「砥堀の援軍か!」
「そうよ」
松が答える。
「在田の様子は?」
「赤松方の兵が村へ入り、すでに戦になっております」
「まだ戦っているのね」
「はい」
松は高友を見る。
「急ぎましょう」
「うむ」
一行が在田へ近づくにつれ、怒号や騒ぎ声が聞こえてきた。
村の一角からは煙も上がっている。
「あそこか」
高友が兵へ指示を出す。
「在田の兵と合流するぞ!」
「はっ!」
砥堀黒田家の兵が戦場へ入る。
在田の兵たちは、援軍の姿を見ると声を上げた。
「援軍だ!」
「砥堀の援軍が来たぞ!」
松は戦場を見渡す。
赤松方の兵も、こちらの旗に気づいたらしい。
「小寺方の援軍か」
敵兵の間にざわめきが広がる。
これ以上戦えば、こちらが不利になる。
そう判断したのだろう。
赤松方の兵は、次第に戦場から離れていった。
「追いますか?」
兵が高友へ尋ねる。
「いや」
松が先に答えた。
「追わなくていいわ」
「しかし……」
「今はそれより」
松は在田の兵たちを見る。
「怪我人をこちらへ」
戦が終わったばかりの場所には、傷を負った兵たちが残されていた。
「怪我人をこちらへ」
松の声に、在田の兵たちが負傷者を運んでくる。
「この者を先に」
松は腕に矢の刺さった兵の前にしゃがみ込んだ。
「矢が残っているわね」
「はい」
「腕を動かさないで」
松は傷より上を紐で強く縛らせる。
「酒を」
衛生兵が持ってきた酒を、真綿に含ませる。
「傷の周りを拭いて」
「はっ」
傷口を清めてから、松は矢を抜いた。
「ぐっ……!」
「布を噛んで」
兵が布を口にくわえる。
松は傷口を確かめる。
「これなら縫えるわ」
針と糸を取り出し、傷口を縫っていく。
その隣では、別の兵が腕を押さえていた。
「こちらは?」
「腕を痛めております」
松がそっと触れて確認する。
「……折れているわね」
「骨が?」
「ええ。添え木を」
添え木を当て、布と紐でしっかりと固定する。
「しばらく動かさないこと」
「は、はい……」
松は次の負傷者へ向かった。
その様子を見ていた在田の兵たちは、驚いたように顔を見合わせていた。
しばらくして、在田の当主が松のもとへやってくる。
「松姫様」
「在田殿」
「このたびは、援軍まことにありがたく」
「間に合ってよかったわ」
松は負傷者の様子を見ながら尋ねる。
「被害はどれほど?」
「建物をいくつか焼かれました」
「人の被害は?」
「死者は、それほど多くはございません。負傷した者が幾人か」
在田は周囲を見渡す。
「人がおれば、なんとかなります」
松は頷いた。
「建物は建て直せばいいわ。まずは怪我人を治しましょう」
「……はい」
在田は深く頭を下げた。
しばらくすると、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「……また敵か?」
在田の兵が身構える。
だが、松は旗を見ていた。
「赤松の旗……?」
「待て」
在田が目を凝らす。
「あれは……」
旗印を確認した瞬間、在田の表情が変わった。
「赤松宗家、義祐様の旗だ」
「宗家?」
「小寺方に保護されている、赤松義祐様だ。まさか、わざわざ援軍に来てくださったのか」
やがて一行が近づき、その先頭から一人の男が馬を進めてきた。
高友と松が前へ出る。
「援軍、ご苦労だったな、高友」
「ありがたきお言葉にございます」
義祐は頷き、それから高友の隣にいる松へ目を向けた。
「して、そのおなごが、そなたの養女か?」
「はい。気丈のよい娘にございます」
義祐は松をじっと見る。
「ほう……」
「私の側室に欲しいくらいだ」
高友は即座に笑った。
「ご冗談を」
「何?」
「こ奴を取られたら、砥堀はなくなってしまいます」
義祐が目を丸くする。
「それほどか?」
「それほどです」
義祐は改めて松を見る。
松もまた、何も言わずに義祐を見つめていた。
その眼光に、義祐の顔から笑みが少しずつ消えていく。
「……なるほど」
義祐は小さく呟いた。
「確かに、この眼光は……」
「わしの側室に収まる器ではなさそうだ」




