SSH黒田を崩せ
龍野城。
赤松政秀は、広げられた地図を前にしていた。
「……高岡ができたせいで、砦まで取られたか」
高岡ができる前と後では、周辺の情勢が明らかに変わっている。
小寺方は高岡を足掛かりに、周囲へ勢力を広げ始めていた。
砦を一つ取られた。
また一つ。
そうして、少しずつ小寺方の手に落ちていく。
「こちらから砦を攻めても、そう簡単にはいかぬか」
政秀は地図を眺めながら呟いた。
砦を一つずつ攻め落とす。
それも一つの手ではある。
だが、守りを固めた砦を攻めるには、それなりの兵も必要になる。
ならば――。
「……まずは、黒田を崩すか」
政秀は地図の上に置いていた指を、黒田の領地へと移した。
「黒田職隆……」
政秀は地図を見ながら、その名を口にした。
高岡を築き、補給を断ち、砦まで落とした。
ここ最近の黒田の動きは目立っている。
「なかなかの男よ」
砦を守る兵を直接攻めるだけなら、こちらも相応の兵を用意しなければならない。
だが、砦を守る側そのものが崩れれば話は別だ。
政秀はしばらく考えた。
「黒田をこちらへ引き込めれば、小寺もただでは済むまい」
黒田職隆は小寺家に仕えている。
ならば、その職隆を小寺から引き離す。
それができれば、小寺方の力を削ぐだけではない。
高岡を中心に広がりつつある小寺方の勢いにも、楔を打ち込める。
「問題は、何を餌にするか……」
政秀は地図を眺める。
そして、ふと口元を緩めた。
「領地を与えればよいか」
黒田が今持っている領地。
それに加えて、さらに土地を与える。
それだけの価値があると示せば、話を聞くくらいはするだろう。
「西法寺の円満を呼べ」
控えていた者が頭を下げる。
「はっ」
「あの僧なら、黒田職隆のところへ行っても怪しまれまい」
政秀は地図から目を上げた。
「わしのところへ来い、と伝えさせる」
西法寺。
円満は政秀の前で一礼した。
「黒田職隆のもとへ参ればよいのですね」
「うむ」
政秀は頷く。
「わしが職隆を高く買っていると伝えよ」
「どのように?」
「今の領地だけではない」
政秀は地図を指で示した。
「塩置、それに福崎までつけよう」
円満が目を見開く。
「そこまで……」
「それだけ、あの男には価値があるということだ」
「承知いたしました」
円満は頭を下げた。
「では、行ってまいります」
「頼んだぞ」
こうして円満は、黒田職隆のもとへ向かった。
そして数日後。
姫路の黒田家。
職隆の前に、一人の僧が通された。
「西法寺の円満と申します」
「これはご丁寧に」
職隆は僧を迎え入れた。
二人はまず、他愛のない話を交わした。
最近の戦のこと。
高岡のこと。
周辺の情勢のこと。
円満も急いで本題へ入ろうとはしなかった。
しばらく話したところで、円満がふと口を開く。
「ところで……政秀様は、あなた様を大変買っておいでです」
「ほう」
職隆は、湯呑みに手を伸ばした。
「それはありがたいことですな」
円満は、その反応を見ながら微笑んだ。
「それで……」
円満は、少し間を置いてから口を開いた。
「政秀様は、あなた様に今の領地だけでなく、塩置、それに福崎までつけようと仰せです」
職隆の手が止まった。
「塩置と福崎まで?」
「はい」
円満は頷く。
「それほどまでに、政秀様はあなた様を評価しておいでなのです」
「なるほど」
職隆は静かに答えた。
「それは、ありがたい話ですな」
円満の顔に、わずかに笑みが浮かぶ。
「では――」
「ですが」
職隆が言葉を挟んだ。
「それを証明するものは?」
「……証明、ですか」
「はい」
職隆は円満を見る。
「政秀様がそう仰せになった。それだけで、私が領地を捨てて動くわけにはまいりません」
「もちろん、政秀様は――」
「口約束だけでは無理ですな」
職隆は淡々と言った。
「そのような大事な話なら、なおさら」
円満は返す言葉を失った。
「……そうですか」
「ええ」
職隆は湯呑みを置く。
「お話は分かりました」
そして、静かに告げた。
「お帰りなさい」
円満はしばらく職隆を見つめていたが、やがて立ち上がった。
「……また、いずれ」
「ええ」
円満は一礼すると、部屋を後にした。
円満が去ったあと、職隆はしばらく黙っていた。
「……なるほど」
これほど露骨な誘いも珍しい。
今の領地に加えて、塩置と福崎。
黒田をこちらへ引き込むために、それだけのものを出すという。
だが――。
「口約束ではな」
職隆は立ち上がる。
いくら魅力的な話であろうと、証文もなく領地を約束されても信じるわけにはいかない。
「政秀殿も、なかなか大胆なことをなさる」
職隆はそう呟き、円満の去った方へ目を向けた。
そして、何事もなかったかのように次の仕事へ戻った。




