SSH 宇兵衛と与助
ある日のこと。
「松、少しよいか」
屋敷で帳簿を見ていた私のところへ、高友叔父上がやってきた。
「どうしたの?」
そう尋ねると、養父は後ろを振り返った。
そこには、二人の若い男が立っている。
「こいつらを連れてきた」
「……この二人は?」
「見込みがある」
叔父上は、そう言って二人を私の前へ出した。
「宇兵衛にございます」
「与助にございます」
二人が揃って頭を下げる。
「この二人、もともとは俺が雇っていた者だ」
「そうなの?」
「ああ。普段の仕事だけでなく、兵の訓練にも参加させていた」
養父は二人を振り返る。
「すると、こいつらがなかなかよく動く」
「ほう」
「兵の中に混ぜても遅れん。指示を出せばすぐ動くし、覚えも悪くない」
私は二人を改めて眺めた。
まだ若い。
けれど、二人とも妙に落ち着いている。
「それで?」
「砥堀黒田家の家臣として、取り立てようと思ってな」
「家臣に?」
「うむ」
叔父上は頷いた。
「こいつらなら、鍛えれば使える」
私はもう一度、二人を見る。
なるほど。
養父がわざわざ私のところへ連れてくるだけのことはあるらしい。
「分かったわ」
「では――」
「でも、家臣にするなら、少し確認することがあるわね」
叔父上が首を傾げた。
「何をだ?」
「もちろん、二人にいくら払うかよ」
「給金の話か」
「ええ」
私は帳簿へ目を落とした。
「今はお養父様が予算内で雇っているのでしょう?」
「そうだ」
「それを家臣にするなら、今までと同じというわけにはいかないわね」
「うむ。給金は上げるつもりだ」
「やっぱり」
私は二人へ視線を向ける。
「家臣として取り立てる以上、それなりの俸禄は必要になるものね」
「そういうことだ」
「でも、土地を与えるつもりはないのでしょう?」
「ああ」
養父は即答した。
「土地を与えて小さな領主にするつもりはない」
「そうよね」
私も頷く。
「私の領地を任せるための家臣なのだから、自分の領地を持たせる必要はないもの」
「うむ」
「その代わり、働きに応じて俸禄を払う」
「そのつもりだ」
私は帳簿へ目を戻した。
土地を与えてしまえば、その土地を管理するための小さな領主が増えてしまう。
私が欲しいのは、そんな者たちではない。
砥堀全体を一緒に支えてくれる家臣だ。
「なら、今の人件費では足りないわね」
「だから、お前に言いに来た」
「なるほど」
私は二人を見る。
「優遇するということは、ほかの者より高い俸禄を払うということでしょう?」
「そうなるな」
「なら、予算を超えるわ」
「うむ」
養父は悪びれもせず頷いた。
「だから、帳簿に出してほしい」
「もう……」
私は小さくため息をついた。
「見込みがあるからって、高給取りを二人も増やすのね」
「使える者には、それだけ払う価値がある」
「それはそうだけど」
私は二人を見た。
「その価値が本当にあるのか、私も見ておきましょう」
「頼む」
「では、二人に少し見てみましょう」
私は宇兵衛と与助を見る。
「二人とも、こちらへ来なさい」
「はっ」
二人が前へ出る。
「まず、これを計算してみて」
私は紙にいくつか数字を書き、二人へ渡した。
二人は顔を見合わせることもなく、それぞれ計算を始める。
しばらくして、宇兵衛が紙を差し出した。
「こちらでございます」
「与助は?」
「私も終わっております」
二人の答えを見比べる。
「……あら」
思っていたより早い。
答えも合っている。
「いける口じゃない」
「ありがとうございます」
「別に褒めているわけじゃないわ」
私はそう言いながらも、少し感心していた。
兵として動けるだけではない。
数字も扱えるなら、使い道は広い。
「では、次」
私がいくつか指示を出すと、二人はそれぞれ返事をして動いた。
無駄な動きもない。
指示を聞き返すこともない。
戻ってくるまでの動きも悪くない。
「なるほど」
私は二人を眺めた。
「作法はまだ荒いけれど、これなら教えれば身につきそうね」
「そうだろう?」
養父が得意そうに言う。
「兵の訓練でも、よく動いていたからな」
「それなら、家臣として育てる価値はありそうね」
私は帳簿へ目を向ける。
高い俸禄を払うなら、それだけ働いてもらわなければならない。
けれど、この二人なら、その見込みはありそうだった。
「うん。悪くないわね」
松は二人を見ながら、少し考える。
「でも、兵として使えるだけなら、今の給金を上げる理由にはならないわ」
高友が頷く。
「だから家臣として使いたいんだ」
「ええ。そこを見ているの」
松は宇兵衛を見る。
「あなた、数字を扱うのは苦ではないのね」
「はい。以前の仕事でも帳面を見ることがございましたので」
「与助は?」
「私も、簡単な計算でしたら」
「そう」
松は頷く。
兵として動ける。
計算もできる。
ならば、村や屋敷の仕事を覚えさせることもできるだろう。
「作法はこれから教えればいいわね」
「はい」
「なら、悪くない」
松は養父を見る。
「二人とも、家臣として取り立てましょう」
「うむ」
養父が満足そうに頷く。
松は帳簿へ目を落とした。
「俸禄は……」
数字をいくつか確認する。
「これなら払えるわ」
「そうか」
「ただし、働きに応じて上げるわよ」
宇兵衛と与助が頭を下げる。
「ありがとうございます」
松は二人を見た。
そして、ふと思う。
「……それにしても」
「なんだ?」
「善助よりいいわね」
養父が吹き出した。
「ははは。そうだろう?」
「計算もできるし、指示も素直に聞くし」
松はため息をつく。
「善助はね……使いにくいのよ」
「忠義者だからな」
「官兵衛への忠誠が高すぎるのよ」
松は思い出す。
寝所の障子を勝手に開けようとしたこと。
再教育中だというのに、官兵衛絡みのことになると妙に張り切ること。
「こっちは被害を受けているんだから」
「……それは善助も気の毒だな」
「どっちがよ」
松は帳簿を閉じた。
「まあいいわ。この二人は、ちゃんと私の家臣として育てましょう」
宇兵衛と与助は、揃って頭を下げた。
「では、二人とも今日から砥堀黒田家の家臣よ」
「はっ!」
「よろしくお願いいたします」
二人が揃って頭を下げる。
私は帳簿へ目を落とした。
「俸禄も今までより上げておくわ」
「ありがとうございます」
「ただし、働きに応じて、さらに上げることもあるわ」
二人の顔が引き締まる。
「はい!」
私は満足して頷いた。
養父も、これで話は終わったとばかりに立ち上がる。
「では、二人を頼む」
「ええ」
私は二人を見送る。
宇兵衛と与助。
これからどんな家臣になるのか。
少なくとも――。
「善助よりは、使いやすそうね」
私は小さく呟いた。




