SSH 善助、再教育2 村回り
再教育中の善助には、少しずつ仕事が増えていた。
とはいっても、戦の仕事ではない。
松姫のそばに置かれ、何かと言えば呼び出される。
その日も、善助が屋敷で仕事をしていると、女中のはるから声を掛けられた。
「善助様、姫様がお呼びです」
「私を?」
「はい」
善助は嫌な予感を覚えた。
再教育が始まってからというもの、松姫に呼ばれるたびにろくなことがない。
「……何でしょう」
「村を見て回られるそうです」
「村を?」
「はい。善助様もお供するようにとのことです」
「…………」
善助はしばらく黙った。
村を見て回るだけなら、それほど大変なことではない。
そう思った。
だが――。
屋敷の外へ出た善助は、すぐに考えを改めることになった。
「…………これは?」
そこには、白い小袖の上に羽織を重ね、髪をまとめた松がいた。
外回り用の軽い装いで、袖も動きやすいよう整えられている。
華美ではないが、領内を見て回る者として身なりはきちんとしていた。
その松が馬にまたがり、こちらを見ている。
「善助、来たわね」
「はい」
「じゃあ、これ持って」
松が指差したものを見る。
そこには一本の傘があった。
「傘……ですか?」
「ええ」
善助は手に取る。
「…………重い」
妙に重かった。
普通の傘とは明らかに違う。
だが、再教育中の身。
文句を言うわけにもいかない。
「行くわよ」
「はい……」
松は馬を進める。
善助はその横を歩きながら、重たい傘を持ってついていった。
こうして、善助の新たな再教育の一日が始まった。
「…………」
善助は黙って歩く。
隣では、松が馬に乗っている。
外周り姿で、涼しい顔をしている。
「この辺りの畑は、今年はどう?」
松が村人へ尋ねる。
「はい。今のところ順調でございます」
「水の具合は?」
「先月よりは良くなっております」
松は頷きながら、村の様子を見ていく。
畑。
水路。
家々。
道の状態。
時折、馬を止めて村人と話をする。
その間も、善助は横で傘を持っていた。
「…………」
腕が痛い。
持ち替える。
少し楽になる。
だが、すぐにまた重くなる。
反対の手へ持ち替える。
「…………」
松は気にしている様子もない。
善助はちらりと傘を見る。
「なんでこんなに重いんだ……」
小さく呟く。
それでも、再教育中だ。
文句を言うわけにもいかない。
村を一つ回り、さらに次の村へ向かう。
日差しも強くなってきた。
善助の額から汗が流れる。
それでも松は馬上から村を眺めている。
「次は、あちらね」
「はい」
善助は返事をする。
腕は、もうかなり限界に近かった。
それでも陣傘を持ち、松の後ろを歩き続けた。
いくつ目の村を回っただろうか。
善助は、とうとう足を止めた。
「……姫様」
「なに?」
「さすがに、もう疲れました」
松は馬上から善助を見る。
「そう」
「はい……」
「代わりなさい」
「え?」
松は後ろを振り返った。
「あなた、代わって」
「はい」
呼ばれた下男が駆け寄ってくる。
善助から傘を受け取った下男は、持ち上げた瞬間に眉を上げた。
「姫様、これ陣傘ですが」
「ええ、そうよ」
「……」
下男は陣傘を見つめる。
「なぜ、これを?」
「善助のために持たせたのよ」
「…………」
善助は何も言わなかった。
ただ、疲れ切った腕をさすっている。
そこへ、はるがやってきた。
「はる」
「はい、姫様」
「いつもの」
「かしこまりました」
はるは持っていた傘を下男へ渡した。
今度の傘は軽い。
下男が開いて松の頭上へ差し掛ける。
善助は、その様子を見ながら小さく息を吐いた。
「……軽い」
思わず口から漏れる。
松はそれを聞いて、ちらりと善助を見る。
「よかったわね」
「……はい」
善助はようやく腕を休められると思った。
だが――。
「善助」
「はい?」
「その陣傘、持って帰りなさい」
「…………」
善助の顔が固まった。
「……持って帰るのですか?」
「ええ」
「…………はい」
結局、善助は陣傘を抱え直した。
村回りは終わった。
だが、再教育はまだ終わっていなかった。
帰り道。
善助は陣傘を肩に担ぎながら歩いていた。
「…………重い」
その横を、下男が歩いている。
しばらく善助の姿を眺めていた下男が、くすくすと笑った。
「姫様は、善助様がお気に入りのようですね」
「……え?」
善助が振り向く。
馬上の松も、その言葉を聞いていた。
「誰が?」
「…………」
下男の顔が引きつる。
次の瞬間。
馬上から、松の足が飛んできた。
「ぐわっ!」
善助がよろめく。
「姫様!?」
「余計なことを言うからよ」
「申し訳ございません!」
下男は慌てて頭を下げる。
松は何事もなかったように馬を進めた。
善助は陣傘を抱え直す。
「…………」
そして小さく呟いた。
「……やっぱり、狂犬だ」
「善助」
「何でもありません!」
松は前を向いたまま、くすりと笑った。




