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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて天下を目指させます~』  作者: カワカン
黒田家に居座る

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第三話 外堀を埋める――まずは親戚から

 黒田家から出ない。

 そう決めた。

 では、次に何をするか。


 私は自分の部屋で、腕を組んで考えていた。


「……外堀を埋めよう」


 父に「嫁に出さないで」と頼むだけでは駄目だ。

 それなら、私を嫁に出したくないと思う人を増やせばいい。

 家族。

 親戚。

 奉公人。

 そして、最後には黒田家そのもの。


 私がここにいることを、誰もが当たり前だと思うようにする。

 そのためには――。


「まず、親戚のおじさまかな」


 私は頷いた。

 父は駄目だ。

 父は家長だ。

 私がどれだけ甘えても、可愛がってもらえても、最後には家のことを考えなければならない。

 それなら、まずは親戚。


 私を可愛がってくれる人を増やしておけばいい。

 何かあったときに、


「松姫を嫁に出す必要はないだろう」


 そう言ってくれる人が一人でも増えれば、それだけで違う。


「よし」


 私は立ち上がった。

 では、親戚のおじさまに何をすれば喜んでもらえるだろう。


「……何か持っていこう」


 手ぶらで行くより、そのほうがいい。

 でも、何を?

 菓子。

 食べ物。

 それとも――。


「……お酒?」


 前世の記憶が浮かんだ。

 戦国時代のドラマ。

 武将たちが酒を飲んでいる。

 宴会。

 戦勝祝い。

 客をもてなすときにも酒。


「そういえば、この時代の男の人ってお酒飲むよね」


 ならば。

 お酒を持っていけば、喜んでもらえるかもしれない。

 私はさっそく、二人の女中を呼んだ。


「通」

「はい、松姫様」

「ちょっとお願いがあるの」

「なんでございましょう?」

「お酒を持ってきて」

「……お酒、でございますか?」


 通が目を丸くした。

 隣にいた春も、私を見る。


「松姫様がお飲みになるので?」

「違うよ」

「では、何にお使いになるのでしょう?」

「親戚のおじさまに持っていくの」

「なるほど……」


 通が頷いた。

 春も納得したように、


「贈り物でございますね」


 と言う。


「そうそう」


 私は頷いた。


 ――取り入るための贈り物だけど。


 そこまでは言わない。


「では、少々お待ちくださいませ」


 通が下がり、春もそれについていく。

 しばらくして。

 二人が酒を持って戻ってきた。


「こちらでございます」

「ありがとう」


 私は甕を覗き込んだ。


「…………」


 しばらく黙る。


「……これ?」


「はい」

「お酒?」

「はい」


 私はもう一度、中を見る。


「…………濁ってる」

「はい?」


 春が首を傾げた。


「こんなに濁ってて、大丈夫なの?」

「……酒でございますので」

「いや、そうじゃなくて」


 私は甕をじっと見る。

 白っぽい。

 底には何かが沈んでいる。


「これ、美味しいの?」

「おいしゅうございます」


 と答える通


「・・・・・」


 私は考えた。

 前世で見ていた日本酒は、もっと澄んでいた。

 もちろん濁り酒というものも知っている。


 でも、私が普段見ていたものは――。


「私の知ってるお酒って、もっと透明だった気がする」

「透明、でございますか?」

「うん」


 私は甕を覗き込む。

 そして、ふと思った。


「……これ、濾したらどうなるんだろう?」

「濾す?」

「うん」


 私は顔を上げた。


「濁ってるなら、濁ってるものを取ればいいんじゃない?」


 通と春が顔を見合わせた。


「できるのでしょうか?」

「やってみよう」


 私は即答した。


「通、布ってある?」

「ございます」

「持ってきて」

「かしこまりました」


 通が布を持ってくる。

 私は器を用意してもらい、その上に布を広げた。

 さて。

 まずは小さく試してみよう。

 もしうまくいけば、高友叔父様に持っていけばいい。


 もし駄目だったら――。


「……そのときは、そのとき」


 私は甕から酒を少しだけすくった。

 布の上へ、ゆっくりと流す。

 ぽたり。

 ぽたり。

 酒が、少しずつ布を通って落ちていく。

 私は身を乗り出して、その様子をじっと見つめた。


「…………」


 布の上には、細かなものが残っている。

 そして、その下に落ちた酒は――。


「……あ」


 私は思わず声を漏らした。

 さっきまで濁っていた酒が、少しだけ澄んでいる。


「松姫様」


 春が横から覗き込んだ。


「少し綺麗になっておりますね」

「本当だ」


 私は思わず笑った。


 これは――。


 もしかしたら、いけるかもしれない。



 さっきまで濁っていた酒が、少しだけ澄んでいる。


「松姫様」


 春が横から覗き込んだ。


「少し綺麗になっておりますね」

「本当だ」


 私は器を持ち上げて、光にかざしてみる。

 完全に透明というわけではない。

 それでも、最初に見たときとは明らかに違う。


「もう少し、やってみよう」

「はい」


 今度は通も興味を持ったようだった。

 私はもう一度、布に酒を通す。


 ぽたり。


 ぽたり。


 ゆっくりと落ちていく。

 何度か繰り返すうちに、器の中の酒は少しずつ澄んでいった。


「……できた」


 私は満足げに酒を眺める。


「どう?」


 春が覗き込む。


「先ほどより、ずっと綺麗でございます」


 通も頷いた。


「確かに、見た目が違いますね」

「でしょう?」


 私は嬉しくなった。

 別に大したことをしたわけじゃない。

 ただ、濁ったものを布で濾しただけ。


 でも――。


「これなら、おじさまに持っていってもいいかな」


 私は完成した酒を見つめる。

 そこで、ふと思った。


「……ちょっと味見してみなさい」

「え?」


 春が目を丸くした。


「私たちが、ですか?」

「うん」

「よろしいのでしょうか?」


 通も少し戸惑っている。


「私が飲むわけじゃないんだから、大丈夫」

「それはそうですが……」

「どっちが美味しいか、比べたいの」


 私は二つの酒を並べた。


「飲んでみて。どう違う?」


 二人は顔を見合わせる。

 しばらくして、春が恐る恐る口をつけた。


「……」


 一口飲んで、じっと考える。


「どう?」

「こちらのほうが……少し飲みやすい気がします」

「本当?」

「はい」


 今度は通が飲む。


「……確かに」

「どう違う?」

「臭さがすくないように思います」


「へえ……」


 私は二人の顔を見る。

 どうやら、ちゃんと違いがあるらしい。


「じゃあ、成功ね」


 私は胸を張った。

 そのときだった。

 私はふと、二人を見る。


「…………」


「松姫様?」


「…飲んだわね」

「はい?」

「二人とも、飲んだわね?」


 通と春が顔を見合わせた。


「……はい」

「じゃあ――」


 私はにっこり笑った。


「共犯ね」

「……共犯?」


 春がきょとんとする。


「うん」

「私どもは、何か悪いことをしたのでしょうか?」

「してないよ」


 私は笑った。


「でも、一緒に秘密を作ったでしょう?」

「秘密……」

「そう」


 私は頷く。


「だから共犯」


 通は困ったように笑った。

 春はまだよくわかっていない顔をしている。


 でも――。

 なんだか、少し嬉しかった。

 前の人生では、こんなふうに誰かと一緒に何かをすることなんて、ほとんどなかった。

 身体が自由にならなかったから。

 誰かに助けてもらうことはあっても、自分から誰かを誘って、一緒に何かをすることは少なかった。


 今は違う。

 こうして誰かと一緒に考えて、作って、笑っている。

 それだけで楽しい。


「それでね」


 私は二人を見る。


「共犯の二人には――」

「はい?」

「少しお願いしてもらいたいことがあるの」


 二人が揃って私を見る。


「お願い……ですか?」

「うん」


 私は濾した酒の入った器を持ち上げた。


「高友叔父様のところへ行きたいの」

「高友様のところへ?」

「そう」


 通が少し困った顔をする。


「ですが、松姫様がお一人でお出かけになるのは……」

「だから」


 私は二人を見る。


「私一人では、行かせてもらえないでしょう?」

「……それは、そうでございますね」

「でしょう?」


 私は頷いた。


「だから、お願い」


 小さな手を合わせる。


「高友叔父様のところへ行くの、手伝って?」


 通と春は顔を見合わせた。


 しばらくして――。

 通が小さく息を吐いた。


「……承知いたしました」

「本当?」

「ええ」


 春も苦笑する。


「共犯ですものね」

「そう!」


 私は嬉しくなって笑った。

 こうして私は、初めて自分の味方を作った。

 まだ二人。

 それでもいい。

 外堀は、最初から大きく埋める必要なんてない。


 まずは一つ。

 小さなところから。

 私は濾した酒を眺めた。

 その先にいるのは、高友叔父様。


 さて――。


 この一杯で、どこまで仲良くなれるだろう。

 八歳の私の「外堀埋め」は、こうして始まった。



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