第七話 補給を断つ
山民が戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
「姫様」
「どうしたの?」
「敵の荷が出ました」
「どこから?」
「例の砦です。山道をこちらへ向かっております」
私は武兵衛を見る。
「来たわね」
「はい」
武兵衛が地図を広げる。
「先ほど教えてもらった道筋なら、ここを通るはずです」
「なら、先回りしましょう」
私たちはすぐに兵を動かした。
目指すのは、山道が狭くなる場所。
左右には草むらがあり、少し高くなった場所からは道を見下ろせる。
荷を運ぶ一団を待ち伏せするには、ちょうどいい。
「ここなら見つかりにくいわね」
「はい」
兵を分ける。
私は崖上へ。
武兵衛たちは道の脇へ。
別の兵には、敵が逃げたときの退路を押さえさせる。
「まだよ」
誰も動かない。
草むらの中で息を潜める。
風が草を揺らす音。
鳥の声。
遠くから聞こえる、かすかな足音。
「…………」
私は目を細めた。
やがて、道の向こうから荷駄を引く一団が現れた。
荷を積んだ馬。
その周囲を歩く兵。
どうやら砦へ向かう補給隊らしい。
少しずつ近づいてくる。
一頭。
二頭。
さらに後ろから荷を積んだ者たちが続く。
護衛の兵もいる。
「…………」
私はまだ動かない。
敵の一団が、伏せている兵たちの前を通り過ぎる。
そして――。
ちょうど全員が射程に入った。
私は手を上げる。
隣に伏せていた兵が息を呑む。
「……」
私は一度だけ敵を見た。
そして、手を振り下ろす。
「――撃て!」
一斉に矢が放たれた。
突然の攻撃に、敵の列が大きく乱れる。
「敵襲!」
「伏兵だ!」
「挟まれてる」
荷駄が止まる。
馬が驚いて暴れる。
護衛の兵たちが周囲を見回す。
だが、どこから攻撃されているのか分からない。
「今よ!」
私は兵を立たせた。
「一気に行くわよ!」
草むらから兵が飛び出す。
崖上からも兵が駆け下りる。
敵は完全に混乱していた。
こちらは正面から戦うのではない。
狙うのは――。
「荷を押さえて!」
私は叫んだ。
「敵兵を追いすぎないで!」
護衛が崩れた隙に、兵たちが荷駄へ殺到する。
矢。
兵糧。
武具。
砦へ運ばれるはずだった荷が、次々とこちらの手に落ちていく。
敵の一部が逃げていく。
だが、私は追わせなかった。
「逃がしていい!」
目的は敵兵を討ち取ることではない。
**砦へ届くはずだった補給を止めること。**
それさえできればいい。
やがて、敵の抵抗が弱まった。
「姫様!」
武兵衛の声が飛ぶ。
「荷は押さえました!」
「よし!」
私は周囲を見回した。
最初の襲撃は――。
成功した。
敵の一団が逃げていく。
私はそれを追わせなかった。
「追わなくていいわ」
兵たちが足を止める。
「荷を確認して」
「はっ!」
敵が置き去りにした荷駄へ、兵たちが駆け寄っていく。
私はその様子を見ながら、周囲を警戒した。
「まず、武器を集めて」
「武器を?」
「ええ。槍も刀も」
兵たちが倒れた敵の武器を拾い始める。
「槍は、刃を柄から切り外して」
「柄を外すので?」
「そのまま持って帰るより、ずっと軽いでしょう?」
「なるほど」
槍の穂先だけを外し、まとめていく。
「矢も同じよ」
「矢を?」
「矢じりを外して」
矢もそのまま運べば、かさばる。
だが、矢じりだけならずっと運びやすい。
「刀も集めておいて」
「承知しました」
次々と武器が集められていく。
私は荷駄にも目を向けた。
「兵糧は?」
「かなりあります」
「全部は持っていかないわ」
「え?」
兵が驚いた顔をする。
「一部だけ高岡へ運ぶ」
「残りは?」
「隠すの」
「隠す?」
「ええ」
私は周囲の草むらを見る。
「ここから見つからないところに」
「なぜです?」
「全部なくなっていたら、おかしいでしょう?」
兵が首を傾げる。
私は続けた。
「敵は、自分たちの仲間が戻ってこなかったことに気づくはずよ」
「はい」
「荷駄も戻ってこない」
「はい」
「なら、誰かが見に来るでしょう?」
兵たちが黙った。
「何が起きたのか」
「誰が討たれたのか」
「荷はどうなったのか」
確認しに来る。
私はそう考えていた。
「だから、全部持って帰ってはいけないの」
私は残った荷を見た。
「荷はある程度残して」
「はい」
「兵糧も一部残す」
「分かりました」
「ただし――」
私は兵糧袋を一つ見た。
「それは少し切って」
「切るのですか?」
「ええ」
私は刀を抜いた。
そして、兵糧の袋に軽く刃を入れる。
中身が少し見える程度。
「これなら、襲撃されたことは分かるでしょう?」
「なるほど……」
さらに別の荷にも傷をつける。
だが、全部を荒らすわけではない。
奪ったもの。
残したもの。
壊したもの。
そのすべてを、ほどよく散らしていく。
「これでいいわ」
私は刀を収めた。
「武器を隠して」
「はい」
「兵糧も」
「はい」
「そして――」
私は周囲を見回した。
「もう一度、隠れるわよ」
兵たちが顔を見合わせる。
「ここで待つのですか?」
「ええ」
私は頷いた。
「敵が戻ってくるのを待つの」
武兵衛が、少し驚いたように私を見る。
「戻ってくるでしょうか?」
「来ると思うわ」
「なぜ?」
「荷が届かなければ、砦の側も異変に気づくでしょう?」
私は残された荷駄を見る。
「襲撃されたのなら、何が起きたのか確認したくなる」
「なるほど……」
「だから、ここで待つの」
兵たちが再び動き始める。
崖上へ。
道の脇へ。
先ほどと同じ場所へ、静かに身を隠していく。
「一度目は荷を奪う」
私は小さく呟いた。
「二度目は――」
私は草むらに身を伏せた。
「確認しに来た者を襲う」
武兵衛も隣に伏せる。
「……承知しました、姫様」
さっきまで戦いがあった場所が、再び静寂に包まれた。
風が草を揺らす。
私は息を潜める。
あとは――。
敵が戻ってくるのを待つだけだった。
どれほど待っただろうか。
風が草を揺らす。
誰も声を上げない。
先ほどまで戦いがあったとは思えないほど、辺りは静まり返っていた。
「…………」
私はじっと道の先を見つめる。
やがて――。
遠くから、人の姿が見えた。
「来たわ」
小さく呟き、兵たちにも手で合図を送る。
まだ動かない。
やってきたのは、数人の兵だった。
先ほどの補給隊とは違う。
どうやら、何が起きたのかを確かめに来たらしい。
「……荷駄が戻らないから、確認に来たのでしょうね」
兵たちは警戒しながら道を進んでくる。
だが、こちらの姿には気づいていない。
やがて、最初に襲撃した場所へたどり着く。
「…………」
一人が倒れている兵を確認する。
別の者が荷を調べる。
「何があった?」
「分からん……」
「荷は?」
「残っているものもある」
「だが、武器がない」
敵兵たちは周囲を見回す。
だが、見つからない。
草むらに隠した槍の穂先も。
矢じりも。
刀も。
そして、一部の兵糧も。
彼らの目には入らない。
「襲撃を受けたのは間違いない」
「敵はどこへ行った?」
「分からん」
一人が荷を持ち上げようとする。
「これも運べる」
「なら、残った荷だけでも持って帰るか?」
私はその様子を見ながら、じっと待った。
まだ。
まだ早い。
敵兵たちが周囲への警戒を少し緩める。
一人が倒れた仲間のところへしゃがみ込む。
「生きている者は?」
「……何人かいる」
「連れて帰るぞ」
その瞬間だった。
私は手を上げた。
周囲の兵たちが、一斉に身構える。
「――今よ」
次の瞬間。
「撃て!」
崖上から矢が降り注いだ。
「敵襲!」
「伏兵だ!」
敵兵が慌てて立ち上がる。
だが、すでに遅い。
草むらからも兵が飛び出す。
逃げ道へ回っていた兵も姿を現す。
敵は完全に不意を突かれていた。
「押さえて!」
私は兵を率いて一気に距離を詰める。
敵兵は応戦しようとするが、意識を失ってる者を抱えていたりして十分に対応できない。
「下がれ!」
「囲まれているぞ!」
敵の隊列が崩れる。
私は深追いをさせない。
「逃げる者は追わなくていい!」
目的は敵を皆殺しにすることではない。
**補給を断つこと。**
そのために必要なことだけをする。
敵兵は次々と道の向こうへ逃げていく。
やがて、その姿が見えなくなった。
辺りに再び静寂が戻った。
私は刀を収める。
「……終わったわね」
武兵衛が息を整えながらこちらへやってくる。
「姫様」
「なに?」
「まさか、確認に来る者まで待っておられたとは……」
「来ると思っただけよ」
私はそう答えた。
「荷駄が戻らない。兵も戻らない」
私は先ほどまで敵がいた道を見る。
「なら、誰かが何が起きたのか確認しに来るでしょう?」
「……なるほど」
「それだけのことよ」
武兵衛は、しばらく私を見ていた。
「姫様は……戦場でも、先のことまで考えておられるのですな」
「そうかしら?」
私は少し首を傾げた。
「敵が何をするか考えただけよ」
私は周囲を見渡す。
まだ、奪った荷が残っている。
武器も。
兵糧も。
そして、敵に届かなかった荷も。
だが――。
それをどうするかは、これから決めればいい。
私は立ち上がった。
「さて――」
私は高岡へ続く道を見た。
**まずは、この戦果をどう使うかね。**




