第五話 高岡、その先
砥堀の屋敷を留守にしていた、養父様が戻ってきて
呼ばれた
「松、留守をごくろう」
「兄者から小言を言われた」
「……なぜです?」
「決まっておろう」
養父様は大きく息を吐いた。
「官兵衛だ」
「……官兵衛が?」
「お前があやつに入れ知恵したのであろう?」
「……そうですよ」
私は素直に認めた。
どうせ隠しても仕方がない。
「やはりお前か!」
「何を怒っているのです?」
「兄者が言うにはな、官兵衛に入れ知恵した者のせいで、本家の蔵の銭が空になりそうだそうだ」
「高岡のことですか?」
「ああ」
どうやら本家は、官兵衛の進言を受け入れたらしい。
夢前川を渡る前の高岡に、荷場を作る。
前線への補給を安定させるための中継地。
それなりの普請になる。
「……本当に作ることになったのですね」
「そうだ」
養父様は苦笑した。
「それで兄者に小言を言われた」
「私のせいではありませんよ」
「お前が官兵衛に教えたのであろう?」
「教えたというより、考え方を話しただけです」
「同じだ」
養父様は呆れたように私を見る。
私は少し考えた。
「……それで、養父様は何を心配しているのです?」
「兄者は、本家の銭が減ることを心配しておる」
「それは、仕方がないでしょう」
「そう簡単に言うな」
養父様は頭を掻いた。
「しかしな」
そこで、養父様の顔が変わった。
「お前は――」
「はい?」
「**どこまで見えている?**」
「…………」
私は養父様を見る。
どうやら、ただ「本家の銭を使わせた」と責めているわけではないらしい。
「どういう意味です?」
「官兵衛は、これで武功が取れると息巻いておる」
「武功?」
「ああ」
養父様は頷いた。
「高岡ができれば、前線の砦への補給が楽になる。矢も兵糧も運びやすくなる」
「そうですね」
「そして、そこを使って敵の砦を攻める」
「……はい」
「官兵衛は、これで砦を落とせると考えておるらしい」
私は少し考えた。
「なるほど」
「何がなるほどだ?」
「いえ」
私は腕を組む。
官兵衛は、高岡を見ている。
高岡から前線を支える。
高岡から兵を動かす。
敵の補給を断つ。
そして――砦を落とす。
そこまでは分かる。
けれど。
「養父様」
「なんだ?」
「高岡ができたことを、敵も知るでしょう?」
「…………」
養父様が黙った。
私は続ける。
「なら、赤松の政秀がどこまで頭が回るかだと思います」
「……どういうことだ?」
私は少しだけ笑った。
「敵も、こちらと同じように考えると思いますよ」
「同じように?」
「ええ」
私は頷いた。
「高岡に中継地ができたら、こちらは前線の砦へ兵糧や矢を運びやすくなります」
「うむ」
「そうなれば、今までより砦を支えやすくなる」
「それで官兵衛は、砦を落とせると考えておる」
「そうです」
私はそこで、一度言葉を切った。
「でも――」
「でも?」
「敵から見れば、どうでしょう?」
養父様が眉を寄せる。
「前線の砦が強くなった?」
「それもあります」
「ならば、砦を攻めればよい」
「違います」
私は首を振った。
「砦を支えているものを壊せばいいんです」
「…………」
養父様が黙った。
「高岡に中継地ができれば、前線の砦への補給が高岡を通るようになります」
「つまり……
「高岡を叩けばいい」
私ははっきりと言った。
「砦そのものを攻めるより、その砦を支えている場所を潰したほうがいいと考えるかもしれません」
「…………」
「高岡を潰してしまえば、矢も兵糧も前線へ届きにくくなる」
「確かに」
「そうなれば、こちらの砦は今まで通りには戦えません」
養父様は腕を組んだ。
「だが、高岡を潰すために兵を出せば、その兵をこちらが迎え撃てる」
「ええ」
「ならば、こちらにとっても好都合ではないか?」
「そうとも言えます」
私は頷いた。
「だからこそ、相手がどれだけ頭を回すかです」
「…………」
「高岡を攻めれば、こちらが迎え撃つと分かっていても攻めるのか」
「それとも、別の手を考えるのか」
「はい」
私は少し考える。
「でも、前線の砦を落とされるくらいなら、高岡を叩いて補給を止めるほうがいいと考える可能性は高いと思います」
「つまり……」
養父様がゆっくりと言った。
「高岡ができればできるほど、そこが重要になる」
「その通りです」
「そして重要になればなるほど――」
「敵から見ても、潰す価値がある場所になります」
養父様は黙り込んだ。
私は高岡のある方向を見る。
最初はただ、荷物を置いて整理する場所を作ればいいと思った。
けれど、考えてみれば当然だ。
そこに物資が集まる。
人が集まる。
兵が集まる。
前線を支える。
ならば――。
「高岡は、ただの荷場ではなくなりますね」
私が呟くと、養父様がこちらを見る。
「どういうことだ?」
「前線を支える場所です」
「…………」
「なら、敵がそこを狙う可能性も考えておかなければなりません」
養父様はしばらく考えたあと、低く呟いた。
「……まさか」
「はい?」
「お前は、そこまで考えて高岡を作らせたのか?」
「いえ」
私は首を横に振った。
「作ると聞いたから、敵ならどうするか考えただけです」
養父様は、なんとも言えない顔をした。
そして――。
「……官兵衛は、砦を落とした後のことまで考えておらんのか」
「さあ」
私は苦笑した。
「本人に聞いてみないと分かりません」
ただ。
私は一つだけ、確信していた。
**砦を落とせる可能性が高くなったということは、それだけ敵が本気で取り返しに来る可能性も高くなる。**
そこまで考えておかないと――。
高岡を作った意味そのものが、敵に利用されてしまう。
「……では」
養父様が、ゆっくりと口を開いた。
「赤松の大軍が来る可能性が高いと、お前は踏んでいるのか?」
「高い、とは思います」
「砦を落とせば、そうなる可能性が高いと?」
「はい」
私は頷いた。
「高岡ができれば、前線の砦への補給は楽になります。矢も兵糧も、今までよりずっと運びやすくなる」
「うむ」
「なら、こちらはその砦を落としやすくなる」
「官兵衛が言っておるのも、それだな」
「ええ」
私は続けた。
「でも、砦を落とされた側からすれば、どうでしょう?」
養父様は黙った。
「砦を守り切れないなら、その原因を潰そうとするはずです」
「高岡を?」
「はい」
私は頷いた。
「高岡を潰せば、前線への補給を止められる。そうすれば、こちらがせっかく手に入れた砦も、支えきれなくなる」
「…………」
「だから、砦を落とされたあとに、高岡へ大軍を向けてくる可能性がある」
養父様は腕を組んだ。
「すなわち――」
しばらく考えてから、養父様が言った。
「**赤松の大軍が来る可能性が高いと、お前は踏んでいるわけか**」
「砦を落とせば、そうなる可能性が高いと思います」
「ならば……」
養父様は高岡のある方角を見た。
「わしは、それに備えて兵を用意しておかねばならんということか」
「そうなります」
「高岡を守る兵を置く」
「はい」
「敵が来れば迎え撃つ」
「はい」
「…また銭がかかるな」
養父様がため息をついた。
「兵を増やし、武具を揃え、食わせねばならん」
「そうですね」
「お前が稼いだ銭が、また兵に消えていくぞ」
「家を大きくしたのは、そのためでもありますから」
私は苦笑した。
養父様は私を見て、少しだけ笑った。
「なるほどな」
だが、私はそこで一つ付け加えた。
「ただし――」
「なんだ?」
「黒田本家が泥をかぶらないようにするのなら、養父様が備えておいたほうがいいと思います」
「…………」
養父様の顔が変わった。
「どういう意味だ?」
「高岡を作るのは本家の判断です」
「うむ」
「もし赤松の大軍が来て、高岡を攻められたら――」
私は養父様を見る。
「本家だけで守るより、砥堀の黒田家も兵を出しておけばいいでしょう?」
「…………」
「そうすれば、本家だけが戦を招いたようには見えません」
養父様は黙って私を見る。
「それに」
私は続ける。
「高岡が守られれば、前線の砦も守れます」
「なるほど」
「本家を助けることにもなるでしょう?」
養父様はしばらく考えていた。
そして、ふっと笑った。
「……お前は、本当に抜け目がないな」
「そうですか?」
「ああ」
養父様は立ち上がった。
「ならば、兵を用意しておくか」
「はい」
「高岡を守るために」
「はい」
「そして――」
養父様は、遠くを見るように目を細めた。
「もし本当に赤松が大軍を寄越してきたなら、そのときは迎え撃つ」
「ええ」
私は頷いた。
官兵衛は、砦を落とすことを考えている。
私は、その先を考える。
砦を落としたあと。
敵がどう動くか。
そして、その敵を誰が迎え撃つのか。
「……官兵衛にも、これくらい考えてほしいものだけど」
私が呟くと、養父様が笑った。
「それを教えるのも、お前の役目なのかもしれんな」
「……弟の尻を叩くのも、仕事になってきましたね」
私はため息をついた。




