第四話 荷場を作る
話が一段落したところで、私はふと思った。
「それで、作った矢ってどこへ運ぶの?」
「前線ですが」
「前線って、どこ?」
「夢前川を西に渡った先の、山中の砦です」
「……山の中?」
「はい」
私は少し考えた。
矢を作る。
それを職人たちが運ぶ。
そして夢前川を渡り、山道を進んで砦まで届ける。
「……それ、結構大変じゃない?」
「大変です」
「だったら、川を渡る前に一度集めればいいじゃない」
「集める?」
「ええ。荷場を作るの」
官兵衛が首を傾げる。
「荷場、ですか?」
「そう」
私は説明する。
「矢だけじゃないでしょう? 前線に運ぶのは」
「兵糧や武具もあります」
「なら、それも一度そこに集めればいい」
川を渡る前に荷を集める。
そこで荷物を整理する。
行き先ごとに分ける。
荷を運んできた人夫も、そこで一度休ませる。
必要なら別の人夫に交代させる。
「そうすれば、山の中まで重い荷を運び続けなくてもいいでしょう?」
「…………」
官兵衛が黙って考えている。
「川を渡る前なら、荷物もまとめやすいでしょうし」
「確かに……」
「それに、そこを拠点にして前線へ運ぶ人を決めればいい」
「…………」
官兵衛の目が少し変わった。
どうやら、何か考え始めたらしい。
「この辺りなら……」
「うん?」
「夢前川を渡る前で、山道へ向かう荷が集まりやすい場所があります」
「そこがいいんじゃない?」
「……高岡あたりですか」
「そう。その高岡とかいう場所」
私は頷いた。
「そこに荷場を作りなさいよ」
「荷場を……」
「ええ」
私は何でもないことのように言った。
「荷を置く場所と、荷を整理する場所。それから人が休める場所があればいいでしょう?」
「……なるほど」
官兵衛はしばらく高岡の位置を考えていた。
私は、その様子を見ながら思う。
矢を作る。
それだけでは前線には届かない。
**作る場所と、戦う場所の間を繋ぐ場所が必要なのだ。**
「……で?」
「はい?」
「荷場を作るとなると、銭が必要なんでしょう?」
「…………はい」
官兵衛が、少し困った顔をした。
私は思わず笑った。
「また銭の話ね」
私がそう言うと、官兵衛は少し気まずそうにこちらを見る。
「荷場を作るとなれば、それなりの普請が必要になります」
「それは在田殿に貸す銭とは別よ」
「別、ですか?」
「ええ」
私は頷いた。
「在田殿には、矢を増産するために必要な普請の銭を貸すわ。でも、この荷場は違うでしょう?」
「…………」
「これは黒田家が前線を支えるために作るものよ」
官兵衛は黙っている。
「それに――」
私は少し考えてから続けた。
「私の澄酒で、本家も結構稼いでいるって聞いてるわよ」
「…………」
官兵衛の顔が固まった。
「……ばれていましたか」
「それくらい知ってるわよ」
私は呆れたように笑った。
私が作った酒だ。
それが売れて黒田家の銭になっている。
自分が知らないと思っていたのだろうか。
「在田殿には、ちゃんと貸してあげる」
「ありがとうございます」
「でも、この荷場の普請費用は――」
私は官兵衛を見る。
「**黒田本家に出してもらいなさい。**」
「本家に?」
「ええ」
「……少しくらい、姉上から出していただいても」
官兵衛が遠慮がちに言った。
私は思わず笑った。
「へえ」
「…………」
「武功を独り占めしない、ということね?」
「……どういうことでしょう?」
官兵衛が首を傾げる。
「分からない?」
「はい」
私は荷場の予定地を思い浮かべる。
「ここに中継地を作るでしょう?」
「はい」
「そうしたら、前線の砦に荷を運びやすくなる」
「はい」
「矢も、兵糧も、武具も」
私は指を折る。
「ここに一度集めて、整理して、必要なところへ送る」
「…………」
「前線の砦を支えるのが楽になるわ」
官兵衛が頷いた。
「それだけじゃないわよ」
「他にも?」
「ええ」
私は夢前川の向こうを思い浮かべた。
「ここからなら、逆に兵を出すこともできるでしょう?」
官兵衛の表情が変わった。
「敵の補給を狙うの」
「……補給を」
「そう」
私は頷いた。
「一度でも相手の補給を切れば、向こうの砦はどうなると思う?」
官兵衛は黙って考えた。
「兵糧が減る」
「ええ」
「矢も不足する」
「そう」
「兵が戦えなくなる……」
「最後には、なまくらを持った腹の減った兵ばかりになるわよ」
官兵衛がこちらを見る。
「…………」
「そうなれば、砦を落とせる可能性も高くなるでしょう?」
「……確かに」
私は頷いた。
「だから、ここに中継地を作るの」
ただの荷場ではない。
前線への補給を支える。
そして、必要ならそこから兵を動かす。
前線の砦を支え、敵の砦を攻めるための足場にもなる。
「これを作るのは、ただ荷物を置くためじゃないわ」
私は官兵衛を見た。
「**黒田家が前線を支えるための場所を作るのよ。**」
官兵衛は、しばらく黙っていた。
そしてようやく、
「……そういうことですか」
と呟いた。
私は頷く。
「だから、私に出させるんじゃなくて――」
そこで私は言葉を切った。
私は官兵衛の目を見た。
「本家に出してもらいなさい」
「…………」
「これを作ったことで、前線の砦が支えられる」
私は指を一本立てる。
「兵糧も矢も、今までより運びやすくなる」
もう一本。
「それに、ここを起点にして兵を動かせるようになる」
そして最後に。
「敵の補給を切ることだってできる」
官兵衛は黙って聞いている。
「なら、その中継地を作ったのは誰?」
「……黒田家です」
「そうでしょう?」
私は笑った。
「なら、そこで得られる武功も黒田家のものよ」
「…………」
「それなのに、私が銭を出したら?」
官兵衛が少し考える。
「……砥堀の姉上が作ったもの、ということになります」
「そういうこと」
私は頷いた。
「それでは本家にとって、あまり面白くないでしょう?」
黒田家が前線を支えるために作った荷場。
それを本家が自分の銭で作れば、
**黒田家が前線を支えた。**
という実績になる。
だが、私の銭で作れば、
**松が作った。**
になってしまう。
「私は在田殿には貸すわ」
「はい」
「在田殿は矢を作って、その利益から返す。これは私の商いだから」
「はい」
「でも、この荷場は違う」
私は官兵衛を見た。
「これは黒田家のためのものよ」
「…………」
「だから、本家が自分で銭を出して、自分の手柄にしなさい」
官兵衛はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……姉上は、そこまで考えておられたのですか」
「そこまでって?」
「自分で銭を出せば、簡単に済むでしょうに」
「簡単だからって、何でも私が出せばいいわけじゃないでしょう?」
私は笑った。
「本家には本家の仕事があるもの」
官兵衛は少しだけ笑った。
「……分かりました」
「うん」
「本家に願い出ます」
「そうしなさい」
「そして、荷場を作ることが黒田家のためになると説明します」
「ええ」
私は頷いた。
「ただし――」
「はい?」
「ちゃんと、小寺の殿にも話を通すのよ」
「小寺の殿にも?」
「当然でしょう?」
私は首を傾げた。
「前線を支えるための中継地なんだから」
「…………」
「命令を受けた側だけで勝手に作ったら、あとで面倒でしょう?」
「……確かに」
「それに、小寺の殿から見ても、前線への補給が楽になるのよ」
官兵衛は頷いた。
「ならば、御着にも話を通し、本家に普請の銭を出してもらう」
「そう」
私は満足して頷いた。
「これでいいでしょう」
官兵衛は立ち上がる。
そして、少し困ったような顔で私を見る。
「……姉上」
「なに?」
「相談するたびに、私の仕事が増えている気がするのですが」
「気のせいじゃない?」
「…………」
官兵衛は黙った。
私は笑った。
「ほら、早く行ってきなさい」
「はいはい」
そう言って官兵衛は部屋を出ていった。
「…………」
私はその背中を見送る。
弟は弟で、少しずつ成長している。
なら私も――。
「……もう少し、楽をしてもいいわよね」
そう呟いて、私は茶をすすった。




