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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて天下を目指させます~』  作者: カワカン
伏龍松姫

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第三話 姉から借りる

 姉上の屋敷を出た私は、しばらく歩きながら考えていた。

 さて、どうするか。

 今回、在田殿が抱えている問題は単純ではない。

 小寺の殿から、矢を増産せよと命じられた。

 だが、そのためには職人が足りない。

 職人を増やせば、今度は人手が足りない。

 人を増やせば、その者たちを食わせる飯が必要になる。

 飯が足りなければ、田を増やさねばならない。

 田を増やせば、水がいる。

 水が足りなければ、ため池などの普請も必要になる。


 つまり――。

 矢を増産するだけでも、かなりの銭が必要になる。


「…………」


 問題は、その銭をどこから出すかだ。

 一つは、小寺の殿に願い出ること。

 命令を出されたのは小寺の殿なのだから、本来はこちらが筋だ。

 必要な銭を用意していただき、その銭で増産を進める。


 だが――。


「言いにくい」


 命じられた側から、

 銭が足りませぬ。

 職人が足りませぬ。

 飯が足りませぬ。

 田が必要です。

 水も必要です。

 だから銭をください。

 そう願い出るのは、簡単なことではない。


 もう一つは――。


「姉上」


 松姉上に頼むこと。

 姉上なら銭はある。

 実際、砥堀の家をあれほど大きくしたのも姉上の稼ぎだ。

 人を雇うことにも、職人を集めることにも慣れている。

 今回の話をしても、


「職人を増やせばいい」

「人を増やせばいい」

「田を作ればいい」

「ため池を作ればいい」


と、迷いなく答えた。


 だが――。


「姉上に頼むのは……」


 少し考える。

 姉上が銭を出すこと自体を惜しむとは思わない。

 しかし、今回の件は姉上に何の利もない。

 ただ、


**「弟のために銭を出してくださる」**


という善意になってしまう。

 それではいけない。

 姉上は、銭を使うときには必ず、その先に何かを生み出そうとする。


 ならば。


「支援ではなく……」


 私は足を止めた。


「借りればいい」


 そうだ。

 姉上から銭を**借りる**。

 そうすれば、姉上は銭を失うわけではない。

 こちらは必要な銭を用意できる。

 そして、矢を増産して売った銭から返せばいい。


 だが――。


「誰が借りる?」


 私は考え始めた。

 私が借りるのは違う。

 私は矢を作る者ではない。

 小寺家が借りるのもおかしい。


 ならば――。


「在田殿」


 実際に矢の増産を任されている在田殿が借りる。

 そうすれば話は通る。

 そして、増産した矢を小寺家が買い取ればいい。

 売った銭から、姉上に返済する。


 これなら――。


「姉上にも利がある」


 私は頷いた。

 ただ弟を助けるための銭ではない。

 一つの仕事に銭を貸し、その仕事から返済を受ける。

 姉上なら、こちらのほうが納得するだろう。


 あとは――。


「在田殿が、ちゃんと返せるかどうかだな」


 そこまで考えたところで、私はふと立ち止まった。

 もし、返せなかったら?

 その場合、誰が責任を負う?

 私はしばらく考えた。


 そして――。


「…………」


 嫌な予感がした。



 私は考えを整理した。

 私が借りるのではない。

 矢を増産するのは在田殿なのだから、在田殿が借りる。

 そして、増産した矢を小寺の殿に納める。

 その代金から、姉上へ返済する。


「これなら……」


 筋は通る。

 姉上にとっても、ただ弟を助けるだけではない。

 銭を貸し、その銭が増えて戻ってくる。

 姉上がいつもやっている商売と、それほど変わらない。


 問題は――。


「在田殿が返せなかった場合だ」


 私は眉を寄せた。

 矢を作ったところで、小寺の殿が買い取ってくださらなければ売上は立たない。

 増産した矢が売れなければ、借りた銭も返せない。

 ならば、そこも決めておく必要がある。

 小寺の殿が必要としているからこそ、増産を命じたのだ。


 ならば――。


「買い取りを約束していただけばいい」


 そうすれば在田殿も安心して銭を借りられる。

 必要な銭を借りる。

 矢を作る。

 小寺家が買い取る。

 その代金で返済する。

 話としては、かなり綺麗だ。

 だが。


「……それでも、在田殿が返せなかったら?」


 私はもう一度考えた。

 姉上は、たぶんそこを聞く。

 いや。

 間違いなく聞く。

 姉上は銭を貸すとき、必ずそこまで考える。


「誰が責任を取る?」


 私は腕を組んだ。

 在田殿に任せるだけでは、姉上は納得しないだろう。

 ならば、保証する者が必要になる。

 しかし、誰が?

 小寺の殿に保証していただく?

 それなら、そもそも小寺の殿から銭を出していただけばいい。

 在田殿の家族に保証させる?

 それでは、十分な保証にならない。


 では――。


「…………」


 私は嫌な予感を覚えた。

 まさか。

 自分で言うのもなんだが――。


「私が保証するのか?」


 姉上から借りる。

 在田殿が返す。

 返せなければ――。

 私が返す。

 それなら姉上も安心する。

 だが。


「……それでは、私が借金を背負うことになるではないか」


 思わずため息が出た。

 姉上に相談しに行ったはずが、いつの間にか自分が責任を負う話になっている。

 しかし、それでも――。


「小寺の殿に願い出るよりは、話が早いかもしれぬ」


 私は再び歩き出した。

 姉上に頼むなら、ただ、


「銭を出してください」


では駄目だ。

 事業として成立させる。

 返済の道筋を示す。

 そして、必要ならば――。


「私が責任を負う」


 そこまで覚悟して、姉上のところへ戻ろう。

 そう決めた私は、もう一度だけ足を止めた。


「……いや」


 ふと考え直す。

 姉上なら、もっと厳しい条件を出してくるかもしれない。

 私は苦笑した。


「やはり、先に覚悟しておいたほうがよさそうだな」


 そして私は、姉上のもとへ向かった。




 私は、再び姉上のもとへ向かった。

 先ほど相談したばかりだというのに、また戻ってきた私を見て、姉上は少し不思議そうな顔をした。


「どうしたの、官兵衛?」

「先ほどの話ですが、もう少し考えてみました」

「うん」

「姉上に、銭をお貸しいただくという形ならどうでしょう」

「誰に?」

「在田殿に」


 姉上は黙って私を見る。

 私は順を追って説明した。


「在田殿が銭を借り、その銭で職人を集め、矢を増産します」

「うん」

「そして、増産した矢を小寺の殿に買い取っていただく」

「なるほど」

「その売上から、姉上に返済するのです」


 姉上はしばらく考えた。


「……それなら、私にも利があるわね」

「はい」

「ただの支援ではなく、貸した銭が戻ってくる」

「その通りです」


 姉上は頷いた。


「なら、いいんじゃない?」

「本当ですか?」

「ええ。ただし――」


 姉上の目が、すっと細くなる。


「在田殿が返せなかったら、どうするの?」

「…………」


 やはり来た。


「そこは……」

「在田殿が返せなかったら?」


 姉上はもう一度尋ねた。

 私は答えに詰まった。

 小寺の殿が買い取る。

 その代金で返済する。

 それなら大丈夫だと思っていた。

 だが、何らかの理由で売れなかったら。

 矢の品質に問題が出たら。

 戦況が変わって、必要数が減ったら。

 返せなくなる可能性はある。


「…………」


 姉上は私をじっと見ている。

 私は、覚悟を決めた。


「私が――」


 そう言いかけた、そのときだった。


「官兵衛」

「はい?」


 姉上が笑った。


「あなたが連帯保証人ね」

「…………え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「在田殿が返せなかったら、あなたが返す」

「な、なぜ私が!」

「だって、あなたが在田殿の話を私に持ってきたのでしょう?」

「それは相談で――」

「それに、在田殿なら大丈夫だと思っているのでしょう?」

「それは……」

「なら、あなたが保証すればいいじゃない」

「…………」


 言葉が出なかった。

 姉上は実に楽しそうに笑っている。


「私の銭を借りるのでしょう?」

「はい……」

「なら、私が損をしないようにするのは当然でしょう?」

「…………」


 確かに、その通りだった。

 姉上は私を助けるために銭を出すのではない。

 これは商いなのだ。

 ならば、貸す側が返済の保証を求めるのは当然。


「……姉上」

「なに?」

「私を使って、在田殿に責任を負わせるおつもりですか?」

「違うわ」


 姉上は首を振った。


「**あなたにも責任を持たせるのよ**」


「…………」


 私は思わず黙り込んだ。

 姉上は笑っている。

 だが、その目は真剣だった。


「あなたが在田殿を信用しているなら、あなたが支えればいい」

「…………」

「それが嫌なら――」


 姉上は、にっこり笑った。


「小寺の殿に頼めばいいじゃない」

「…………」


 完全に逃げ道を塞がれた。

 私は小さく息を吐いた。


「……姉上には敵いませんな」

「そう?」

「ええ」


 私は苦笑した。

 姉上に銭を出させるつもりだった。

 ところが蓋を開けてみれば――。


 **私まで責任を負わされることになった。**


 これが、姉上なのだ。

 人を助ける。

 だが、決して甘やかさない。


「……分かりました」


 私は頭を下げた。


「私が保証いたします」

「それなら、貸してあげる」

「ありがとうございます」


 私は立ち上がった。

 そして思う。

 どうやら私は、姉上に相談するたびに――。


 **自分の尻を叩かれているらしい。**


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