第十四話 婿を取らない方法
高友叔父様の養女になる。
その話を聞いたとき、私は心の底から安心した。
これで黒田家から出なくていい。
高友叔父様の跡を継げる。
嫁に出されることもない。
――そう思った。
なのに。
あの言葉が頭から離れない。
> 「まあ、婿は取ってもらうだろうがな」
「…………」
私は自分の部屋で、腕を組んでいた。
婿。
つまり、男を迎える。
私の家に男が入ってくる。
そして私は、その男の妻として扱われる。
「…………嫌だ」
やっぱり嫌だ。
前世の私は男だった。
今の身体が女だからといって、男を夫として迎えたいと思うわけではない。
むしろ――。
「女として扱われるの、嫌なんだよな……」
小さく呟く。
だから、どうにかしなければならない。
高友叔父様は、
> 「まあ、婿は取ってもらうだろうがな」
と言った。
つまり、それが普通なのだろう。
女が家を継ぐなら、婿を取る。
だったら――。
「普通じゃない方法を考えればいい」
私は座布団の上に座り直した。
まず考えたのは、婿を取らなくても家を継げる方法だった。
「……養子?」
ぽつりと呟く。
高友叔父様は、私を養女にした。
ならば。
私も養子を取ればいい。
「私が高友叔父様の跡を継いで、その次を養子に継がせる」
これなら、私が婿を取る必要はない。
――たぶん。
「…………」
でも、問題がある。
その養子を、どこから迎える?
まったく関係のない家から養子を迎えれば、その家との縁ができる。
私の家が大きくなれば、その養子の実家も当然、影響力を持つ。
「それは嫌だな……」
せっかく黒田家の親戚として生きているのに。
外の家に、自分の家の力を持っていかれる。
それなら――。
「黒田の親族からもらえばいいんじゃない?」
私は顔を上げた。
それなら話は早い。
黒田の血筋。
黒田の親族。
黒田家との縁も切れない。
高友叔父様の家を強くしても、その力が外へ流れていくわけではない。
「……これなら、いい」
私は頷いた。
そして、もう一つ思いついた。
「万吉の子……」
ふと、弟の顔が浮かんだ。
万吉。
後の黒田官兵衛。
今はまだ子供だけど、いずれ妻を迎えて、子供を持つだろう。
その子なら――。
「黒田家の血筋だし」
私は少し考えた。
「私の跡取りとして養子にもらえばいい」
これならかなり綺麗に収まる。
外から婿を迎える必要もない。
別の家に家の力を持っていかれる心配もない。
「…………」
私は満足しかけた。
けれど、そこでまた別のことに気づいた。
もし私の家が、この先ものすごく大きくなったら?
金もある。
土地もある。
人も集まる。
そんな家の娘に――。
「……婿に来たい人、いっぱい出てくるんじゃない?」
私は想像した。
あちこちから男がやってくる。
そして――。
「うちの息子を!」
「いや、こちらのほうが!」
「我が家と縁を結べば――」
「…………」
私は頭を抱えた。
「絶対に面倒くさい」
そんな争いを、どうやって収める?
なら、最初から跡取りを決めておけばいい。
「養子を先に決めておけばいい」
そうすれば、
「この子を跡取りにします」
と言える。
婿候補を選ぶ必要もない。
誰かの家の息子を選んで、その家に恩を売る必要もない。
そして何より――。
「黒田の力を、外に持っていかれない」
私は、もう一度頷いた。
これだ。
問題は一つ。
その養子が――。
「大きくなるまで、誰が家を守るの?」
私は固まった。
「……誰が守るの?」
養子を迎える。
それ自体はいい。
けれど、その子が実際に家を継げるようになるまでには、かなりの年月がかかる。
私は指を折って考えた。
「万吉が結婚して……子供が生まれて……」
そこから、その子が大きくなる。
「…………」
私は天井を見上げた。
「私、三十歳くらいになってるんじゃない?」
思ったより長い。
でも――。
「まあ、いいか」
私は呟いた。
三十歳までなら、まだいい。
婿を取って、知らない男に家へ入ってこられるよりはずっといい。
それに。
私は自分の手を見る。
前世では、自分の人生を自分で決めることなんて、ほとんどできなかった。
病院のベッドの上で、誰かに世話をしてもらう。
行きたいところにも行けない。
やりたいこともできない。
そんな人生だった。
今は違う。
私は自分で動ける。
自分で考えられる。
そして――自分の家を守ることだってできる。
「三十歳まで、一人で家を守ればいい」
そう考えればいい。
むしろ、そのくらいの時間があれば十分だ。
商売を覚える。
人を育てる。
土地を増やす。
家臣を増やす。
そして、家を強くする。
「……そうだ」
私は顔を上げた。
もし、ものすごく金持ちになったら?
もし、ものすごく力のある家になったら?
その頃には、私のところへ婿に来たいという人間が山ほど現れるかもしれない。
それこそ――。
「婿の席の取り合いになる?」
想像してみる。
あちらの家からも。
こちらの家からも。
「うちの息子を!」
「いや、こちらを!」
「我が家なら――」
「…………」
私は顔をしかめた。
「やっぱり嫌だ」
そんなことになったら、面倒で仕方がない。
ならば。
**最初から養子を決めておけばいい。**
「万吉の子なら……」
私はもう一度考える。
黒田の血筋。
しかも弟の子。
親族としても文句が出にくい。
私の家がどれだけ大きくなっても、黒田の力が他家へ流れていくこともない。
むしろ、高友叔父様の家と黒田家が、より強く結びつく。
「これなら、いいんじゃない?」
私は満足げに頷いた。
ただ――。
「…………」
私はふと気づいた。
その子が大きくなるまで、私がこの家を守らなければならない。
戦国の世だ。
家を守るということは、商売だけではない。
土地も。
人も。
家臣も。
場合によっては、命まで。
「……私、ちゃんと強くならないと」
武芸も必要かもしれない。
人を動かす力も必要だ。
金も必要。
そして何より――。
「誰にも、この家を取られないくらい強くする」
私は拳を握った。
最初はただ、
**「嫁に行きたくない」**
と思っただけだった。
それが今では、
**「自分の家を守る」**
という話になっている。
「……まあ、三十歳くらいまでなら」
私は自分に言い聞かせる。
「一人で頑張ってみよう」
そして最後に、もう一つだけ。
「……万吉には、ちゃんと男の子を産んでもらわないと」
私は真顔で呟いた。
「…………」
いや。
まだ八歳の万吉に言うことではない。
「これは、将来の話だから」
私はそう言い聞かせるように呟いた。
こうして私は、**婿を取らずに家を残すための、かなり気の長い計画**を立て始めた。




