第十三話 養女
それから、私は思いつくままにいろいろなことを提案した。
酒をもっと澄ませられないか。
水飴を煮詰めたら、もっと扱いやすくならないか。
牛乳から何か作れないか。
甘いものを作るなら、こういうものが欲しい。
そんなことを、私は次々と口にした。
もちろん、私自身が作るわけではない。
「こういうもの、作れない?」
「こうすれば、もっと良くならない?」
そう言って、職人たちに丸投げする。
最初は戸惑っていた職人たちも、次第に私の無茶な注文に慣れていった。
そして――。
気がつけば、一年ほどが過ぎていた。
私自身は、そんなに大きなことをしているつもりはなかった。
ただ、欲しいものを言った。
思いついたことを試してもらった。
上手くいけば喜んだ。
失敗すれば、また別の方法を考えた。
それだけだった。
けれど。
ある日、高友叔父様に呼び出された。
「松、少し来い」
「はい?」
私は高友叔父様の前に座った。
すると、叔父様は妙に機嫌がいい。
「どうされたのですか?」
「いやなに」
叔父様が笑う。
「お前のおかげでな」
「私?」
「ああ」
叔父様は、にやりと笑った。
「銭が、ざっくざくだ」
「…………」
私は思わず黙った。
言い方がものすごく俗っぽい。
「お前が職人に作らせたものが、思った以上によく売れる」
「そうなのですか?」
「そうなのだ」
高友叔父様は上機嫌だった。
「酒もそうだ。菓子もそうだ。お前が思いつきで言ったものが、次々と形になってな」
私は少しだけ嬉しくなった。
「それに――」
叔父様は続けた。
「黒田の親戚衆にも、お前の評判がえらく良い」
「私の?」
「ああ」
特に奥方たちが、お前の作らせた菓子を気に入っているらしい。
「また松姫様のお菓子をいただきたい、とな」
「……お菓子で?」
「お菓子だけではない」
高友叔父様は笑った。
「お前が来てから、砥堀にも人が集まるようになった」
「人が?」
「職人が来る。商人が来る。それを目当てに、また別の者が来る」
私は黙って聞いていた。
「気がつけば、以前はただの村だったところが、まるで町のようになってきた」
「…………」
私はそんな話になるとは思っていなかった。
私はただ――。
「甘いものが食べたかっただけなのに」
「ははは!」
高友叔父様が大きく笑った。
「それが良かったのだろうな」
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「だからこそ、わしは兄者に話をした」
「父上に?」
「ああ」
叔父様が頷く。
「お前のことだ」
「…………」
「わしには嫁を取ったが、すぐに亡くなってな。子もおらん」
叔父様は静かに続けた。
「だから、わしの跡を継ぐ者もおらん」
「…………」
「だが――」
叔父様は私を見る。
「お前を見ていて思った」
「私を?」
「ああ」
「**お前を黒田から出すのは、惜しい。**」
私は目を瞬いた。
「わしのところに置いておけば、もっと大きなことができる」
「…………」
「だから兄者に頼んだ」
叔父様は、少しだけ笑った。
「お前を、わしの養女にしたいとな」
「…………養女」
「ああ」
私は、言葉を失った。
「兄者には、もう話をした」
叔父様はそう言って――。
「いい、と言ってくれたぞ」
そう告げた。
私は、その言葉をもう一度口の中で転がした。
養女。
つまり――。
「それって……高友叔父様の家の子になる、ということですか?」
「ああ」
「黒田家の娘ではなく?」
「いや」
高友叔父様は首を振った。
「お前が黒田の血筋であることに変わりはない」
「…………」
「ただ、わしの養女となれば、わしの跡を継ぐ者として扱える」
私は黙って叔父様を見る。
「わしには嫁も子もおらん」
「…………」
「だからこそ、お前をわしの跡取りとして置きたい」
そして、叔父様は少しだけ声を落とした。
「何より――」
「……?」
「お前を黒田から外へ出すのは惜しい」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
私はこれまでずっと考えてきた。
どうすれば嫁に出されずに済むのか。
どうすれば、この家に残れるのか。
そのために、高友叔父様と仲良くなろうとした。
酒を作った。
菓子を作った。
職人にいろいろなものを作ってもらった。
親戚にも可愛がってもらおうとした。
そして――。
気づけば、叔父様のほうから「ここにいてほしい」と言ってくれている。
「……私」
私は小さく息を吸った。
「嫁に行かなくても、いいんですか?」
高友叔父様が笑った。
「それを望んでおるのだろう?」
「はい!」
思わず声が大きくなった。
よかった。
これで黒田家から出なくていい。
高友叔父様のところにいればいい。
私はここで生きていける。
そう思った。
――ところが。
「まあ、婿は取ってもらうだろうがな」
「…………」
私の笑顔が止まった。
「……婿?」
「ああ」
高友叔父様は、何でもないことのように頷いた。
「わしの跡を継ぐのだからな。いずれ婿を迎えて、家を継いでもらわねばならん」
「…………」
頭の中が真っ白になった。
婿。
私は自分の身体を見下ろす。
そうだった。
私は女だ。
前世では男だった。
男として生きていた。
けれど今は――女の身体で生きている。
そして、この時代で女として生きるということは。
「…………」
嫌な想像が、頭の中を走った。
知らない男。
私を女として見る。
私を妻として扱う。
この家に入り、私の隣にいる。
そして――。
「…………嫌」
「ん?」
「……嫌です」
思わず顔がものすごく嫌そうになった。
高友叔父様が目を丸くする。
「なぜだ?」
「婿は……」
「婿くらい、取ればよかろう」
「…………」
よくない。
全然よくない。
私は前世では男だったのだ。
今の身体が女だからといって、急に心まで「女として結婚したい」になるわけではない。
むしろ――。
**女として扱われる未来を想像しただけで、ものすごく嫌だった。**
「…………」
私は黙り込んだ。
せっかく見つけたと思った。
黒田家に残る方法。
嫁に出されない方法。
高友叔父様の養女になれば、それが叶う。
なのに。
「……婿」
また新しい問題が増えた。
高友叔父様は、そんな私を見て苦笑した。
「まあ、まだ先の話だ」
「…………」
まだ先。
それは分かっている
分かっているけれど――。
私は心の中で固く決意した。
**嫁に行かない。**
そして――。
**できれば、婿もいらない。**
どうやら私の「黒田家に残るための生存戦略」は、まだ終わっていないらしい。




