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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
新天地

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第十五話 南蛮商人も認めたビードロ

将軍御所が襲われたこともあり、今度はより堅固な二条の御所造営地。

信長との面会を待つ間、松たちはしばらく控えの場所で待っていた。

その間に、今井宗久と津田宗及が、先ほどから待っていた異国の者たちへ声を掛ける。


「これはこれは、フロイス殿。お久しゅうございますな」

「これは宗久殿。お久しゅうございます」


互いに笑顔を交わす。

津田も続いて挨拶をする。


「宗及にございます」

「存じております」


そんなやり取りを少し離れたところで聞いていた松。

今井がふと松へ振り返った。


「そうそう。こちらもご紹介しておきましょう」


松は立ち上がる。


「松殿です」

「松と申します。よろしくお願いいたします」


頭巾をかぶった松が、丁寧に頭を下げる。


フロイスも礼を返した。


そして今井が何気なく続ける。


> 「このお方、堺でガラスを作っておられるんですわ」


その言葉を聞いた瞬間――。


フロイスの表情が変わった。


「……ガラスを?」

「ええ。ビードロですな」


松は少し首を傾げる。


「はい。工房で作っておりますけど……」


フロイスは松を見つめた。


まるで、ようやく探していた人物を見つけたかのように。


「……ああ」

「では、このお方が……」


松は不思議そうに瞬きをする。

この反応が、どういう意味なのか。

まだ松には分からなかった。



フロイスは、松の姿を改めて見た。

頭巾をかぶっているため、その顔立ちまではよく分からない。

それでも、今井が「ガラスを作っている」と言ったことが気になったらしい。


「堺で、ビードロを作っておられるのですね」

「はい。工房の者たちが作っております」


松はあっさり答える。

するとフロイスは頷いた。


「やはり、そうでしたか」

「……何か?」

「南蛮商人たちの間で、最近よく話に出ていたのです」


松が少し驚く。


「私の工房が?」

「ええ」


フロイスは笑った。


「一時期、堺へ来る南蛮商人たちが、ビードロを盛んに買い付けておりました」

「そうなんですか」

「ところが、しばらくすると買い付けが少なくなった」


松は首を傾げる。


「売れなくなったのですか?」

「いいえ。その逆です」


フロイスは少し楽しそうに答えた。


「堺で作られるようになったからです」

「……ああ」


松はようやく意味を理解する。

今井が横で笑う。


「松はんの工房が、南蛮商人の仕入れ先を一つ減らしてしまったわけですな」

「そんなつもりはなかったんですけど……」


松は困ったように言う。


フロイスは首を振った。


「それでも、南蛮商人たちは驚いておりました」

「なぜです?」

「堺で作られたものが、ただの代用品ではなかったからです」


松の表情が少し変わった。

フロイスは続ける。


「むしろ、品質については高く評価されております」


松は、黙ってフロイスの話を聞いた。




フロイスは、少し感心したように松を見る。


「特に、透明度が高いのです」

「透明度……ですか」

「はい。鉄をうまく抜いているのでしょう。濁りが少ない」


松は小さく頷いた。


「そこは職人たちが、かなり工夫していますね」

「それだけではありません」


フロイスが続ける。


「気泡も、ほとんど入っていない」

「ああ……それも、よく言われます」


松は何でもないことのように答える。

フロイスは少し驚いた。


「やはり、ご存じなのですね」

「工房の者が、そういうところを気にしていますから」

「南蛮商人たちが申しておりました。これまで、これほどの品質のものを、必要な数だけ揃えるのは難しかったと」


松は少し考える。


「必要な数……?」

「ええ。特に加工に向いている、と」


松の眉がわずかに上がった。


「加工に?」

「はい。透明で、気泡が少ない。そのためでしょう」


フロイスはさらに続ける。


「それに――」


一度、言葉を切る。


「色まで自在につけている、と聞いております」


松は苦笑した。


「まあ……色も、職人たちから聞かれましたので」

「それも、ですか?」

「はい。こういう色を出したい、と言われれば、知っている範囲で方法を考えます」


フロイスはしばらく黙って松を見る。


「……あなたは」

「はい?」

「本当に、数年でここまで?」


松は困ったように笑った。


「私はそんなに大したことはしていませんよ」

「ですが、南蛮商人たちはそうは思っておりません」


フロイスは穏やかに笑った。


「堺で作られたビードロを、すでに品物として認めております」


松は少し驚いた顔をした。

自分の知らないところで。

自分が思っている以上に。

堺のビードロは、遠くまで名前を広げていた。





フロイスは、松の言葉を聞いても、まだ納得していないようだった。


「しかし……それならば、なおさら不思議です」

「何がでしょう?」

「なぜ、これほど短い間に、そこまで品質を上げられたのでしょうか」


松は少し考えた。


そして、本当に何でもないことのように答える。


「……職人たちが、よく来るんですよ」

「職人たちが?」

「はい」


松は頷いた。


「試作品を持ってきたり、分からないことを聞きに来たりしますから」

「それで、松殿は何を?」

「聞かれたことに答えます」

「それだけですか?」

「あとは……」


松は少し考える。


「屋敷にこもっていることが多いので、職人たちが来てくれると話し相手にもなりますし」

「話し相手?」

「ええ。一緒にお茶を飲んだり、甘味を出したりして」


松は笑う。


「それで、試作品を見ながら、ああでもない、こうでもないと話しているだけですよ」


フロイスは黙った。

今井も黙っている。

松だけが、何の疑問も持っていない。


「特に何かしている、というほどのことではないと思いますけど」


その言葉に、今井は松を見た。

そして、ふと考える。


……いや。それは、かなりのことをしているんやけどな。


職人がわざわざ屋敷まで来る。

松に試作品を見せる。

知恵をもらう。

茶を飲む。

甘味まで出してもらう。

そして、また工房へ戻って作り直す。

今井には、その繰り返しが目に浮かんだ。

そしてもう一つ。

松は頭巾をかぶっている。

だからフロイスには分からないだろう。


だが今井は知っている。


まあ、この美貌だしな。


今井は心の中で、そう思った。

技術を教えてもらえる。

丁寧に話を聞いてもらえる。

自分の仕事を認めてもらえる。

そのうえ、松本人も美しい。


職人たちが足繁く通う理由など

一つではないのだろう。

今井は思わず、口元を緩めた。


「……松はん」

「はい?」

「職人さんたち、ずいぶん松はんのところがお好きなようですな」

「そうですか?」


松は、本気で分かっていない顔をした。

今井は笑った。


「ええ。ずいぶんと」


その横で、フロイスだけがまだ不思議そうに松を見ていた。





フロイスは、松の言葉をしばらく考えていた。


「……それだけ、なのですか?」

「はい?」

「職人たちが来て、松殿に尋ねる」

「松殿は、それに答える」

「そして、一緒に茶を飲む」

「ええ」


松は頷く。


「私も屋敷にこもってばかりでは退屈ですから」


フロイスは思わず笑った。


「それで、これほどのものが?」

「……さあ?」


松は首を傾げる。


「私は作り方を教えたというより、聞かれたから知っていることを話しているだけですし」


その横で、今井は黙って松を見ていた。

そして、ふと思う。


職人たちは、松に惚れている。


技術だけなら、ここまで足繁く通う必要はない。

自分の作ったものを松に見てもらいたい。

松に「良くなった」と言ってもらいたい。

そして、松と話したい。

茶を飲み、甘味を食べ、しばし炉の熱から離れる。

それがまた、次の仕事への力になっている。

今井は、松の頭巾を見る。


顔はほとんど隠れている。


それでも、


まあ、この美貌だしな。


そう思う。

だが、本人はそんなことを一切考えていない。

フロイスが尋ねる。


「では、松殿は職人たちを導いている、ということですか?」


松は慌てて首を振った。


「いえいえ。そんな大したことはしていません」

「ただ、皆さんが一生懸命なので、私も知っていることは教えてあげたいだけです」


フロイスは松を見つめる。

そして、静かに笑った。


「……なるほど」

「何か分かりましたか?」

「ええ」


フロイスは頷いた。


「なぜ、堺のビードロがこれほど良くなったのか」


松は少し期待する。


「何でしょう?」


フロイスは微笑んだ。


「松殿が、職人たちに惜しみなく時間を使っているからでしょう」


松は目を瞬いた。


「……そうでしょうか?」


今井は横で小さく笑った。


やっぱり、この人は分かっていない。


そしてフロイスは、松の頭巾の奥を見ながら続けた。


「技術だけではありません」

「職人たちは、松殿のもとへ来ることを楽しんでいるのでしょう」


松は、ますます不思議そうな顔をした。


「……そうなんですか?」


今井はとうとう吹き出した。


「松はん。そこは、ご自分で考えてみたほうがよろしいですわ」

「???」


松だけが、最後まで分かっていなかった。



フロイスは、松を見つめながら微笑んだ。


「松殿」

「はい?」

「南蛮商人たちが、なぜ堺のビードロを気に入ったのか――少し分かった気がします」


松は首を傾げる。


「そうですか?」

「ええ」


フロイスは頷いた。


「良いものを作ろうとする人がいて、それを支える人がいる」

「そして職人たちも、あなたのもとへ喜んでやって来る」


松は少し考えてから、


「……みんな、仕事が好きなんですよ」


と答えた。


今井はその言葉を聞いて、また小さく笑った。


いや、それだけやないと思いますけどな。


しかし、それは口には出さなかった。

松は頭巾の奥で、いつものように何も知らずに笑っている。

そのとき、御所の奥から再び声が掛かった。


「お待たせいたしました。そろそろお越しください」


松は姿勢を正す。


「はい」


フロイスとの話は、ここまで。


次に待っているのは、

織田信長との対面だった。

松は今井、津田とともに立ち上がった。

そして、御所の奥へと進んでいった。





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