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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
新天地

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第十四話 建設中の二条の御所へ

堺。

松は、息子を膝に抱いていた。

今日は、いつもと少し違う。

これからしばらく、堺を離れなければならない。

織田信長との交渉のため、今井宗久や津田宗及とともに京へ向かうことになったのだ。

松にとっては、以前のような逃げるための旅ではない。


堺を守るための旅。


だからこそ、息子をどうするかだけが気掛かりだった。

松は、別邸を貸してくれている主人に向き直る。


「この子を、しばらくお願いできますか」

「もちろんですわ」

「ご迷惑をおかけします」

「何を言うてはります。松様がお戻りになるまで、こちらでお預かりします」


松は頷いた。

そして、弥八郎の妻にも声を掛ける。


「あなたにもお願いしたいのです」

「はい。何でしょう?」

「この子の様子を、二日に一遍は、知らせてください」

「二日に一遍ですか?」

「ええ。元気にしているか、ちゃんと食べているか。それだけでもいいので」

「分かりました。必ず知らせます」


松は少し安心したように息を吐いた。

それでも、息子から手を離すのは寂しい。

小さな頬に手を添える。


「すぐ戻りますからね」

「……」


息子はまだ、母がどこへ行くのか分からない。

松はその額にそっと口づける。


「いい子にしていてくださいね」


そして立ち上がる。

振り返る。

もう一度、息子を見る。


今度は自分から離れなければならない。

けれど、


「……行ってきます」


松はそう言って、部屋を出た。





堺を出る準備は、すでに整っていた。

松は身支度を整え、外へ出る。

そこには今井宗久、津田宗及、そして弥八郎たちが待っていた。


「お待たせしました」

「いえいえ。こちらも今来たところですわ」


今井が笑う。

松は一度、後ろを振り返った。

別邸の中には、息子がいる。

今頃は、主人や弥八郎の妻に見てもらっているはずだ。


「……大丈夫でしょうか」


思わず口に出る。

津田が穏やかに答える。


「大丈夫でしょう。あの方々なら、松はんが戻るまできちんと面倒を見てくれますわ」


松は頷いた。

それでも、気になって仕方がない。


「二日に一遍、様子を知らせてもらうよう頼んであります」

「それなら安心ですな」


今井が笑う。

弥八郎も横から、


「それなら、旅の間も安心しておられますな」


と声を掛ける。

松は弥八郎を見る。


「あなたも、きちんと護衛してくださいね」

「もちろんです」

「今回は逃げる旅ではありませんから」

「承知しております」


弥八郎は周囲を見回す。


「堺を代表して京まで行くのです。途中で何かあれば、私たちが対処します」


松は小さく笑った。


「頼りにしています」


そして一行は歩き始めた。

かつて松が堺へ来たときとは、まるで違う。


あのときは、黒田から逃げるためだった。

今は、堺を守るために、京へ向かう。

松はもう一度だけ振り返った。

別邸は、少しずつ遠ざかっていく。


「……ちゃんと帰ってくるからね」


誰に聞かせるでもなく、松は呟いた。

そして今度こそ、京への道を進み始めた。




京へ向かう道は、思っていたよりも長かった。

堺を出てから幾日か。

松たちは街道を進み、宿を取りながら京を目指していた。

今井や津田は道中でも、京へ着いてからのことを話している。


「信長公が、どのようなお方か」

「実際にお会いしてみなければ分かりませんな」


松は二人の話を聞きながら、黙って歩いていた。

頭の中にあるのは、交渉のことだけではない。

息子のことだった。


別邸を出るとき、

二日に一遍は様子を知らせてほしい。

そう頼んである。

今日で、ちょうどその日だった。


「……そろそろ知らせが来る頃でしょうか」


松が呟く。

今井が笑う。


「松はん、えらい気になりますな」

「あの子の一人しかいない親ですから」

「それはそうですな」


その日の宿に着くと、松のところへ使いが来た。


「松様、お知らせを預かっております」


松はすぐに受け取る。

そこには、息子の様子が簡単に記されていた。


「本日も元気にしております。食もよく進み、よく遊んでおります」


松は文を読み終えると、ようやく肩の力を抜いた。


「……よかった」


小さく笑う。

弥八郎が少し離れたところから見ていた。


「元気だったようですな」

「ええ」

「それなら安心です」

「はい」


松は文を大切に折りたたむ。

そして懐へしまった。


翌朝、

一行は再び京を目指して進む。

やがて、

遠くに京の町が見えてきた。


松は足を止めた。


「……京」


今まで話にしか聞いていなかった都。

そこには、人が溢れている。


商人。

旅人。

織田方の武士。

そして、京へ集まってくる様々な者たち。


松はその景色を眺める。

これから、自分はこの町で織田信長と会う。

堺を守るための交渉をする。


そして、その先に、一行は、信長が造営を進めている場所へ向かった。


そこには、大勢の人間が働いていた。

木材を運ぶ者。

柱を立てる者。

石を扱う者。

まだ完成していない建物。


それでも、その規模は大きかった。

松は目の前の光景を見上げる。


「……これが」

「公方様の御所ですか」


松は静かに頷いた。


その建設現場の向こうに、これから会うことになる男がいる。

織田信長。


一行はそのまま、謁見のために御所となる造園地へと入っていった。





二条の御所の建設現場を横目に、一行は案内された場所で足を止めた。

すぐに信長へ会えるわけではないらしい。


「しばらく、こちらでお待ちください」


案内の者がそう告げて去っていく。

松は小さく息を吐いた。


「……待つんですね」

「ええ。信長公もお忙しいでしょうからな」


今井は慣れた様子で腰を下ろす。

津田も静かにその隣へ座った。

松も腰を下ろしたが、どうにも落ち着かない。

目の前では、御所の造営が続いている。

木材を運ぶ音。

職人たちの掛け声。

織田家中の者たちの行き交う姿。


そのすべてが、今の京の勢いを物語っているようだった。


「……すごいですね」

「何がです?」

「これだけのものを、これだけの人数で造っていることがです」


今井が笑う。


「松はんらしい見方ですな」

「だって、工房と同じですもの」


松は建物を眺める。

材料を集める者がいる。

加工する者がいる。

運ぶ者がいる。


そして、それをまとめる者がいる。

規模が違うだけで、仕組みそのものは商売と変わらない。

そんなことを考えていると

弥八郎が、ふと周囲へ目を向けた。

松もそれにつられて周囲を見る。

待っているのは、自分たちだけではなかった。

少し離れたところに、見慣れない衣装の者たちがいる。

日本の僧とも、商人とも違う。

異国の者たちだった。

松は目を細める。


「……あの方々は?」


今井と津田が、その方向を見る。

二人とも、さほど驚いた様子はない。


「ああ」


津田が小さく頷く。


「あの方々も、信長公にお会いになるのでしょう」


松はもう一度、異国の者たちを見る。

その中の一人が、こちらへ顔を向けた。

今井もその顔を見て、


「あー、ルイス・フロイスはんやん、」


今井が声を掛ける。


「これは宗久殿……」


呼ばれた男が振り返った。


「これは宗久殿……」


松は、そのやり取りを見つめていた。

異国の衣をまとった男。

この京で、信長に会うために待っている。

そして今井は、まるで昔から知っている相手のように声を掛けた。


「お知り合いなんですか?」


松が小声で尋ねる。

今井は笑った。


「ええ。堺におりますと、いろんな方と知り合いになりますからな」


松はもう一度、フロイスを見る。

向こうもこちらを見ている。

何を話すのか。

何を求めて、ここまで来たのか。

松にはまだ分からない。

ただ、自分たちが信長に会うために京へ来たように。


彼らもまた、信長に会うためにここへ来ている。

同じ場所で、

同じ人物を待っている。

松は、妙な縁を感じた。


「……京に来ると、いろんな人に会うものですね」


今井が笑う。


「これからもっと会いますわ」


松は苦笑した。

そして再び、二条御所の建設現場へ目を向ける。

その先にいる織田信長。

その男と会えば、堺のこれからが変わるかもしれない。


そして、この異国の男との出会いもまた、何かの始まりになるのかもしれなかった。



松は、もう一度だけ異国の男へ目を向けた。

フロイスもまた、静かにこちらを見ている。

だが、まだ言葉は交わさない。

今はただ、同じ場所で待っているだけだった。

やがて二条の御所の奥から、慌ただしい足音が聞こえてくる。


誰かが近づいてくる。

今井が松へ目を向けた。


「そろそろ、ですかな」


松は姿勢を正した。


「……はい」


京まで来た目的は、一つ。

織田信長と会うこと。

その先に、堺の未来がある。

松は静かに息を吸った。


そして、織田信長との対面を待った。





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