第九話 主人詰問
松が別邸へ戻ったあと。
会合衆の主だった商人たちは、すぐには帰らなかった。
一人が足を止める。
「……ちょっと、寄っていきまへんか」
「どこへ?」
「決まってますやろ」
商人たちは顔を見合わせる。
そして、松を匿っている主人のもとへ向かった。
主人は、店先で仕事をしていた。
そこへ、見慣れた顔が何人も現れる。
「……これはこれは」
主人が慌てて頭を下げる。
「皆さん、お揃いで。何かございましたか?」
すると、一人の商人が笑った。
「いやな」
「はい」
「ちょっと聞きたいことがありましてな」
主人の笑顔が止まる。
「……聞きたいこと?」
「ええ」
商人たちは店の中へ入っていく。
主人は、その後ろ姿を見ながら、小さく息を吐いた。
(……これは、何を聞かれるんやろな)
そして一人の商人が、椅子に腰を下ろす。
「さて、」
主人を見る。
「松はんは、どこの出の人や?」
主人は、少しだけ目を泳がせた。
「……それが、私も詳しいことまでは」
「ほう?」
別の商人が、にやりと笑う。
「詳しくは知らん、と」
「ええ。私が知っているのは、昔からのご縁があるということくらいでして」
「昔から、なぁ」
商人は腕を組んだ。
「それにしても、えらい気品のある人やないの」
「……そうですな」
「立ち居振る舞いも、言葉遣いも、そこらの商人の娘とはえらい違いや」
主人は苦笑する。
「まあ……そうでしょうな」
すると別の商人が、何気ない顔で尋ねた。
「けど、あれ、人妻やろ?」
主人が一瞬、固まる。
「……」
「ひょっとして、あんたの妾か?」
「ちゃいます!」
主人は思わず身を乗り出した。
「私が、あんなお方を妾にできるわけないでしょう!」
「ははは、そない必死にならんでも」
「いや、そこははっきり否定させてもらいます!」
商人たちが笑う。
「ほんなら……」
一人が首を傾げる。
「どっかの武家の姫さんかいな?」
主人は答えに詰まる。
「……まあ」
「まあ?」
「そういうお方やと、思っていただければ」
「ふーん……」
商人たちは顔を見合わせる。
やはり普通の女ではない。
そして、一人がふと思い出したように尋ねた。
「で子持ちと?」
主人の顔から、笑みが消えた。
主人は、しばらく黙っていた。
「……はい」
「やっぱりか」
商人の一人が腕を組む。
「なんで分かったんや?」
主人は少し困った顔をして答える。
「あんたんとこの隣の主人が言うとりました」
「……子供の泣き声がする、と」
商人たちは顔を見合わせる。
「なるほどな」
「赤子がおるんやな」
「はい」
少しの沈黙。
そして、一人の商人が主人を見る。
「ようは、追っ手がおるっちゅうことやな」
主人は答えない。
誰に追われているのか。
それについては、主人も話すつもりはない。
商人たちも、それ以上は聞かなかった。
ただ、一人がぽつりと言う。
「そんなお人を、あんたは匿ってる」
「……はい」
「それだけの理由があるんやな?」
主人は苦笑した。
「あります」
「利か?」
「……」
「それとも、恩か?」
主人は少し考えてから、
「どちらも、でしょうな」
商人たちが頷く。
「なるほど」
そして別の商人が、ふと思い出したように言った。
「そういや、あんさん」
「はい?」
「十五年ほど前から、布団を仕入れて店で売り出したやろ?」
主人の顔が、わずかに強張る。
「……よく覚えておられますな」
「商売のことは覚えてますわ」
「その頃やろ?」
「……」
「いままで 呉服屋やった あんたんとこが布団を主にし始めた」
主人は答えなかった。
だが、その沈黙を見て、商人は笑った。
「ふーん」
「……」
「なるほどなぁ」
主人は小さくため息をついた。
「……昔の話ですわ」
「せやけど、その昔の話が、今につながっとるんやろ?」
主人がそう答えると、商人の一人が笑った。
「昔の話でも、商売の話は覚えております」
「……」
「十五年ほど前。あんさんが急に布団を仕入れて、店で売り始めた」
「ええ」
「それまで扱ってなかった品や」
「そうですな」
「しかも、えらい評判になった」
主人は苦笑する。
「おかげさまで、随分と助けられました」
「その時に、誰かから商売の種をもろた」
主人は答えない。
だが、否定もしない。
「……なるほどな」
商人たちは顔を見合わせる。
「それが、今の松はんか」
「おそらくな」
そして、一人が主人へ向き直る。
「つまり、あんたにとっては恩人や」
「……はい」
「それだけやない」
主人は黙っている。
「今も、松はんの商売が堺にある」
「……」
「なら、あんたにとっては利もある」
主人は小さく息を吐いた。
「まあ……そういうことになりますな」
商人は頷く。
「なら、分かりましたわ」
主人が顔を上げる。
「何がです?」
「なんで、あんたが松はんを匿ってるのか」
「……」
だが、そこで商人の顔が少し真面目になる。
「ただな、先に、少しでも相談してほしかったですわ」
主人が黙る。
「松はんを匿うこと自体を責めてるんやありません」
「……はい」
「けど、武家が関わると、面倒なことになる可能性がありますやろ」
「それは……」
「もし追っ手が松はんを見つけて、町中で荒事でも起こされたらどうします?」
主人は答えられない。
「町の者が巻き込まれるかもしれん」
「堺としても、知らん顔はできません」
そして商人は、主人をまっすぐ見る。
「あんたも会合衆の一員なんやから、その自覚は持ってほしいですわ」
主人は、しばらく俯いていた。
「……申し訳ありません」
「責めてるんやおまへん」
商人は苦笑する。
「ただ、一声あれば、よかったんちゃうか。そういう話ですわ」
主人は、しばらく黙っていた。
「……分かりました」
「次からは、先に相談させてもらいます」
商人たちは頷く。
そして、先ほどまでの厳しい空気が少し和らぐ。
「まあ、そうしてもろたらええです」
「それに」
一人の商人が笑った。
「今日、松はんと話してみて、よう分かりましたわ」
「あの人には、堺におってもらう価値がある」
主人が目を瞬く。
「……そこまでですか?」
「ええ」
「新しい商売を持ってきてくれる」
「工房も大きゅうできる」
「原料まで堺で作れるようになるかもしれん」
別の商人が続ける。
「そうなったら、松はんの商売だけの話やありません」
「堺の商売そのものが大きくなる」
そして、最初の商人が肩をすくめる。
「うちらは、あの人が堺に新たな商売を入れてくれるんやったら」
「どこの人でもええんですわ」
主人は黙って聞いている。
「帰れない理由があるんやったら……」
商人は笑った。
「居ついてもらえる理由にしたらええ」
「……なるほど」
「武家の事情まで、うちらが首を突っ込む必要はありません」
「ただ、堺で商売をしてもらう」
「それでええ」
主人は苦笑した。
「……皆さん、ずいぶん現金ですな」
すると商人は即座に答える。
「商人ですからな」
一同が笑う。
主人もつられて笑った。
だが、ふと気付く。
自分はただ、恩のある松を匿っただけだった。
それがいつの間にか
堺そのものが、松にここにいてほしいと思い始めている。
主人は小さく呟いた。
「……えらい人を預かってしもうたな」
その頃、何も知らない松は別邸で、赤子を抱いていた。




