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『興国の悪女 ~性転換転生したら黒田官兵衛の異母姉だったので、弟の尻を叩いて行く』  作者: カワカン
新天地

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第八話 会合衆面接

堺、

松が身を寄せる別邸には、朝からいつもと違う緊張があった。

今日は、会合衆の主だった商人たちと会う日だった。

松は鏡代わりの水面を見ながら、深く頭巾をかぶる。


「……これでいいわね」


今回は、特に顔を隠している。


堺では、すでに「松はん」の名が広がっている。

自分から望んだわけではないのに、作る品のこと、工房のこと、黒田とのことまで、商人たちの間で噂になっている。


だからこそ、むやみに素顔を晒すつもりはなかった。

部屋の外には弥八郎がいる。


「では、行ってきます」

「へい」


弥八郎はそれだけ答えた。


護衛である以上、松の身を守るのが役目だ。

だが、今日会うのは堺の会合衆でも主だった商人たち。


弥八郎がその場に顔を出すような話ではない。

松は一人で廊下を進み、案内された部屋へ入る。


「松殿、こちらへ」

「失礼いたします」


一礼して座る。

向かいには、会合衆の主だった商人たち。

松は頭巾を深くかぶったまま、静かに彼らを見る。

すると、その中の一人が口を開いた。


「……松はん」

「はい」

「その頭巾、取ってもろてもよろしいか?」


松の眉がわずかに動いた。


「……頭巾を、ですか?」

「ええ」


松は少し考える。

そして、ゆっくりと頭巾へ手をかけた。


今日、松は初めて、会合衆の主だった商人たちに素顔を見せる。


松が頭巾を外すと、部屋の中にわずかな沈黙が落ちた。

会合衆の男たちは、しばし松の顔を見る。


「……ほぉ」

「噂通り、美しいかたやな」


松は少し困ったように笑う。


「……あの」

「はい?」

「会合衆の会合というのは、素顔でないといけませんか?」


男たちは顔を見合わせる。


「ちゃいますよ」

「……違う?」

「ええ。ただの興味です」

「興味……」

「噂に聞く松はんが、ほんまにどんなお方なんか。皆、気になっておりましてな」


松は小さく息を吐いた。


「そういうことでしたか」

「失礼しました」

「いえ」


松は頭巾を手元に置く。

すると別の男が、


「会合の時は、頭巾をつけてもろても構いませんよ」

「よろしいのですか?」

「ええ。事情がおありなんでしゃろ?」


松は一瞬だけ目を伏せる。


「……ありがとうございます」


男たちも、それ以上は聞かなかった。

そして空気が変わる。

今度は、商人の顔になる。


「では、松はん」

「はい」

「まず、今の工房について聞かせてもらえますか?」

「工房ですか?」

「ええ。噂では、かなり大きゅうなっていると聞いております」


松は少し考えてから答える。


「大きくなった、というほどではありませんよ」

「ですが、職人も増えておりますやろ?」

「それは……注文が増えましたので」

「作っているものも、ビードロの器だけではない?」

「ええ。いろいろ試しております」

「ほう……」


男が身を乗り出す。


「それらは、どちらへ?」

「堺の商人の方々を通して、外へ出ています」

「堺の外へ?」

「はい」


男たちは顔を見合わせた。


「なるほど……」


松は首を傾げる。


「何か?」

「いえ」


男は笑う。


「噂だけでは、もっと大げさな話かと思っておりました」

「……大げさ?」

「ところが、聞けば聞くほど、噂のほうが控えめやったようですな」


松は少しだけ苦笑する。


「そんな大したものではありませんよ」


すると男が静かに言った。


「いや」

「?」

「さすが、噂だけで推されるだけありますな」


松は、その言葉に少し驚いた。


「……推されている?」

「ええ」

「私が?」

「はい」


ここで松は、ようやく今日この場へ呼ばれた理由が、単なる顔見せではないことを感じ始める。


「推されている?」


松が聞き返す。


「ええ」


会合衆の男は頷いた。


「松はんの品を扱いたい。そう思う商人が、増えております」

「ですが、私のところでは、誰にでも売っているわけではありません」

「そこも承知しております」

「……」

「だからこそ、松はんと繋がりを持ちたい商人も出てくる」


松は黙って聞いていた。

自分としては、作れるものを作り、売れるものを売っているだけ。

だが、商人たちから見れば違うらしい。


「それに、松はんのところで作った品も、堺の外へ出せる」

「ええ」

「それだけでも商売の種が増えます」


男は楽しそうに続けた。


「仕入れて売るだけやったものが、今度は堺で作って、堺から外へ売れるようになる」

「……そういうことですか」

「ええ。だから皆、松はんを推してるんですわ」


松は少し考える。


「でも、今の工房を、そう簡単に大きくできるわけではありませんよ」

「なぜです?」

「原材料です」

「原材料?」

「はい」


松は淡々と説明する。


「今、ビードロ球は交易で入ってきたものに頼っています」

「ほう」

「工房を大きくして、職人を増やしても、ビードロ球が今以上に入ってこなければ作れる量には限界があります」


男たちは黙って聞いている。


「ですから、今の規模をさらに大きくしようとしても、原材料のところで止まってしまいます」

「……なるほど」

「私は、そこを越えられない限り、大きくするつもりはありません」


その言葉に、会合衆の面々が顔を見合わせた。

やがて一人が笑う。


「なるほどな」

「?」

「松はんは、自分の商売の限界を、ちゃんと分かってはる」

「当たり前のことでは?」

「いやいや」


男は首を振った。


「そこまで分かっている商人は、そう多くありませんで」


松は少し首を傾げる。

すると、男が続けた。


「そして我々は」

「……?」

「その限界を、松はんは越えられると確信してはるんやと思っております」


松の表情が止まった。


「私が……?」

「ええ」

「どうして、そう思われるんです?」


男は笑った。


「それは、次の話を聞いてもらえれば分かります」


松が尋ねると、男は穏やかに笑った。


「松はん。ビードロ球は、どこから入ってきております?」

「交易品としてです」

「そうですな」


男は頷く。


「ほんなら」


少し間を置いてから、


「どこかで作っている、いうことですやろ?」


松は黙った。


「作れんものを、交易品として持ってくることはできません」

「……それは、そうですが」

「ならば、作り方が分かればええ」


別の商人も続ける。


「堺で作れるようになれば、原材料の限界はなくせます」

「そうすれば、松はんの工房も大きゅうできる」

「職人も増やせる」

「品も増やせる」


松は考え込む。


「……ですが、その作り方をどうやって?」

「それを松はんにお願いしたいんですわ」

「私に?」

「ええ。交易で入ってきているものなら、商人の中には、その品を作っている土地や人を知っている者もおるでしょう」

「作り方を知ることができれば、堺でも作れる」


松は黙って男たちを見る。


「……作れたとして」

「はい」

「今までビードロ球を交易していた方々は、困りませんか?」


男は首を横に振った。


「困りません」

「むしろ」


笑みを浮かべる。


「皆、大喜びですわ」

「どうして?」

「今まで堺の外から仕入れていたものを、今度は堺から外へ売れるようになるんですから」

「……堺から外へ?」

「ええ」


男は身を乗り出す。


「松はんのところで作った品も、外へ出せますやろ?」

「はい」

「それに、堺でビードロ球まで作れるようになれば、それを他所へ売る商人も出てくる」

「原料を作る者がおる」

「それを買う工房がある」

「工房で品を作る者がおる」

「それを外へ売る者がおる」


男は満足そうに笑った。


「商売が増えるんですわ」

「……」

「だから皆、松はんを推してるんです」


松は黙って考える。

会合衆の男は、そんな松を見ながら最後に告げた。


「これは、堺がまた大きゅうなる機会なんです」

「そして我々は、その話に、手をかませてもらいたい」

「……手を?」

「ええ」


男はにこりと笑った。


「銭を出させてもらいます」


松の顔が固まった。


松は、しばらく黙っていた。


「……銭を?」

「ええ」

「そこまでして、私の工房を大きくしたいのですか?」

「工房だけやありません」


男は笑う。


「松はんの商売が大きゅうなれば、堺の商売も大きゅうなる」

「……」

「我々は、それに賭けたいんですわ」


松は頭巾を膝の上に置いたまま、考え込む。

会合衆に入るつもりなどなかった。

ただ、呼ばれたから来ただけだった。


それなのに


「……私、今日ここへ来る前は、会合衆には入らないつもりだったんですけど」


男たちが笑う。


「そうやと思っております」

「なのに……」


松は小さく息を吐いた。


「どうして、工房を大きくする話になってるんでしょうね」

「それは」


男が答える。


「松はんが、そういう商売をしてはるからですやろ」

「……そうですか」


松は頭巾をかぶり直す。


「少し、考えさせてください」

「もちろんです」

「原料のことも、調べてみます」

「それだけ聞ければ十分ですわ」


松は立ち上がる。

部屋を出ると、弥八郎が待っていた。


「終わりましたか?」

「ええ」

「どうでした?」


松は少し遠い目をする。


「……仕事が増えたわ」

「は?」

「帰りましょう」

「へい……?」




別邸へ戻る。

部屋に入ると、赤子が起きていた。

松はすぐに抱き上げる。


「ただいま」


小さな身体を胸に抱く。

今日、会合衆と話したことを思い返す。

原料。

工房。

職人。

銭。


堺から外へ出す商売。

松は赤子を抱いたまま、苦笑した。


「なんか……」


赤子の頭を撫でる。


「こっちでも、仕事大きくしないといけないみたい」


赤子は何も知らず、母の胸元へ顔を寄せる。

松は笑って、そのまま乳をあげる。


「まったく……忙しくなるわね」


堺の町では、今日も商人たちが行き交っている。

その町の中で


松の商いも、また一つ大きくなろうとしていた。



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