表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三人のクズ元カノにトラウマを植え付けられたぼっち、口は悪いのに俺にだけ懐いてくる隣の一匹狼が今日も離してくれない  作者: くまたに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

第7話:緊急家族会議

「ただいまー……」


 疲弊した声で呟くように言うと、リビングの方から勢い良く走ってくる音が聞こえた。

 まるで獲物を追いかける獣のように、力強い足音だ。


「お兄ちゃんおかえりーっ!」


「──ブッ!」


 帰ると妹──波瑠が抱き着いてくるのは、小学生の頃から変わらない。

 学校では人気者として本当の性格を隠しているが、家ではベタベタくっついてくるし、甘えん坊な性格だ。

 しかし、俺も彼女はもう高校生──こんなことをして、恥ずかしいとは思わないのだろうか……?


「重いから離れて……ギブ」


「重いって? 何が」


 マズい。

 怒らせたか? 今の俺には『ご機嫌取りのアイス』を買いに、コンビニまで走る気力は残っていない。

 そんな時、「はぁ……」と呆れたようにため息をついた。耳元に生暖かい吐息がかかり、背中を擽られるような寒気が襲いかかる。


「もう、お兄ちゃん」


「…………?」


「ようやく私の愛が重いことを気づいてくれたの!?」


「愛?」


「お兄ちゃんってば、照れ屋さんなんだから♡」


 意味がわからない。

 ──つくづく思う。この光景を知り合いに見られたら、俺は余裕で死ねる。


「ささ、お兄ちゃん様。夜ご飯ができてるよ」


 俺から飛び降りると、すぐ手にある鞄を持ってくれた。

 波瑠なりの気遣いなのだろう。

 俺が元カノに遭遇したことを心配しての行動のはず。


「今日は久しぶりの部活オフだから、お兄ちゃんとイチャイチャする〜♪」


「イチャイチャしない」


「ケチー。でも好き〜」


「はいはい」


 適当に受け流していると、キッチンの方から肉の焼けるいい匂いがした。

 ──まさか。

 俺の足は期待で早くなる。

 ジューって音と甘辛いタレの香り──焼肉だ。平日に、しかもなんの前触れもなく。

 波瑠が裏で何かしたなと、思ったが、そんなことは忘れてすぐに手を洗った。


「父さんは仕事中?」


「明日取引先との大事な会議があるんだって。でも、部下が資料を作るのを忘れてたんだとか」


「相変わらずお人好しだな……」


 リビングの机で、真剣な眼差しでキーボードを叩いていたことの理由がわかった。

 父さんのことだ。部下には叱らず、「俺が終わらせる」って引き受けたのだろう。

 ──そんなんでは部下は同じ失敗を繰り返すだけなのに。


「波瑠、お皿運ぶの手伝って」


 俺も手伝おうとして立ち上がると、母さんは首を横に振った。

 親子揃ってどうなってんだ?

 疲れていたので、今日のところは二人の優しさに甘えておこう。


「すまん。俺は後で食べる」


 焼肉は父さんの好物でもあったはず。

 それを後回しにするほどだ、資料が完成するのはまだまだ先のことになりそうだ。


 久々の焼肉は頬っぺたが落ちそうなくらい美味しかった。

 しかも、どの肉も油が丁度良い塩梅でのっていた。ここまでくると元カノと遭遇しただけなのにと、申し訳なさが勝ってくる。


「お兄ちゃんイチャイチャしよ〜」


「イチャイチャしない」


 ソファに腰掛けていると、隣に座ってきた波瑠は腕に抱き着いてくる。

 黒川とは違って体つきは子供っぽいので、彼女のような柔らかさはなかった。

 ──って、俺は実の妹に向かって何を考えてんだよ。


「お兄ちゃん黒川さんとはイチャイチャするクセにッ!」


「──は?」「──え?」


 途端に、父さんと母さんの視線がギュンとこちらに向いた。


「家族会議だ」


 そう言って父さんは腰を上げる。

 仕事と同じ真剣な顔だ。


「ちょ、待って。イチャイチャって言葉が誤解を生んでるだけで、別にそういうわけじゃ──」


「静かにしなさい」


「はい」


 父さんに名前を呼ばれると、反射的に背筋が伸びる。

 三度の緊急家族会議を経験してきた体が、既に覚えてしまっていた。


「座りなさい」


 逃げ場はない。

 ソファに座り直すと、向かいに父さんと母さんが並んで腰を下ろす。波瑠はその隣で、膝の上に肘をついてニコニコと笑っていた。完全に楽しんでいる。


「黒川さんというのは……どんな子だ?」


「……クラスの友達。隣の席で、まあ、色々あって仲良くなった」


「色々って?」


 父さんの目が細くなる。

 こういう時の父さんはいつもと違って真面目な顔をする。

 母さんがノリノリな様子で二人分のココアを用意して、一つは自分に、もう一つは父さんの前に置いた。

 俺が言わないと解放されないやつだ。


「父さん資料を作らないといけないんじゃ……」


「あったことを全て吐けば仕事に戻る。時間がかかりそうなら、部下に押し付けるから安心しろ」


 パワハラじゃ……

 そんなことで職を失われても困る。

 緊急家族会議中の父さんは勘が鋭い。下手な嘘をつくと、却って長引きそうだ。

 早く寝たい……。


「放課後に一緒に遊んだり、学食で飯食ったりとか……本当にそれだけだから」


「波瑠、補足はあるか」


「えーとですね──」


 波瑠が人差し指を顎に当てて首を傾げる。

 学校でよく見るあの仕草だ。


「お兄ちゃんが黒川さんのことを話す時、声のトーンが少し上がるんですよね」


「上がってない」


「上がってたよ〜」


「……」


 母さんがクスクスと笑った。

 普段は父さんの隣でおっとりと座っているだけだが、こういう時だけ妙に存在感が増す。

 いや、俺が変に意識しすぎているからだろうか。


「私は早く連れてきてほしいな。うちの子と仲良くしてくれる子なら、どんな子でも大歓迎よ」


「連れてこない。あ──」


『よかったら今度家に読みにくるか?』


 そういえば一緒に漫画を読む約束をしてたんだった。

 今からドタキャンでも──そう考えた矢先、ポケットの中のスマホが通知音と共に震えた。


『家に行くの、今週末とかどう?』


 そのメッセージと、可愛らしい犬のスタンプが送られてきた。

 断ずれぇ……


『いいよ』


 断ったら後でぐちぐち言われることがわかっているので、簡単に返して画面を閉じた。


「もしかして黒川さん?」


「うん」


「最後に一つだけ聞かせてくれ」


 父さんが静かな声で言う。

 笑顔でも険しい顔でもなく、ただまっすぐに俺を見ていた。


「その子の名前はなんだ?」


 答えるまでに、少しだけ時間がかかった。


「黒川だけど」


「苗字じゃない。下の名前だ」


「……」


 言われてみれば知らない。

 いつも黒川と呼んでいるし、それで満足していた。


「……知らない」


「そうか」


 それだけ言って、父さんは閉じていたパソコンを再び開いた。

 会議終了の合図だ。

 毎回あっけない幕切れだが、今回は胸の奥が妙にざわついていた。

 決して良い印象ではなかったが、半年間隣に座っていた。

 それなのに下の名前を知らない。

 次会った時に聞こう──そう思ったら、なぜか少しだけ緊張した。



     ◇



 風呂から上がってスマホを確認すると、黒川からメッセージが届いていた。


『そういえば今日は大丈夫やった?』


 たったそれだけの一言だったが、なぜかしばらく画面を見つめてしまった。

 心配してくれているのはわかる。

 黒川はこういう時、素直に「心配してた」とは絶対に言わないだろう。

 それでも、俺の味方は家族だけではないことという事実が、嬉しくてつい笑みが溢れる。


『大丈夫。今日は助けてくれてありがとう』


 送信すると、すぐに既読がついた。

 少し間があって返信が来る。


『水瀬くんのためとかじゃないわ。あいつの態度がムカついただけやから』


 思わず笑った。

 スマホの画面を伏せて、天井を見上げる。

 今日一日のことが頭の中でゆっくりと巻き戻っていった。

 黒川の声、黒川の怒った顔。

 そして──まだ知らない黒川の下の名前。

 次会った時に聞こう。そう決めたところで、俺は電気をつけたまま眠ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ